第14話
イベントダンジョンの攻略を開始してから、約三時間が経過した。
僕は現在、3階層を攻略中。
周囲の地形は特に変わらず、青の岩窟といった景観が続いている――そんな中をスマホ片手に歩く。何をしているのかと言うと、マッピングの実地訓練である。
冒険者の持つスマホは特注製だ。ダンジョン内部では電波こそ届かないものの、ステータスアプリなどを含む『各種専用アプリ』は万全に機能している。
その内の一つに、マッピングアプリが存在する。名前が示すように、己の足跡が記録される。しかも勝手に周囲の地形を読み取り、地図を自動生成するという超高性能ぶり。ゲームマスターが制作しただけのことはある。
僕は、そんな素敵アプリの存在をつい先程思い出した。
そこで『まあせっかくの成長支援イベントだし、マッピングの訓練でもしながら先に進もうかな』と思い至ったわけだ。
しかし、いざやってみると……やっぱりソロだと色々きびしいな。
ちょいちょいスマホを確認しながらの進行は、どうしても周囲の警戒がおろそかになってしまい、ともすればモンスターの不意打ちを受けかねない。これがパーティならば、役割分担して問題にすらならないのだろうけど。
と、僕はまたぞろ己の現況に不満を抱えながら歩いていた。
すると、かた、かた、かた、と。
ダンジョンに反響する複数の足音を耳が捉える。
スマホに向けていた顔を跳ね上げ、前方の青みがかった薄闇を見据える――ややあって、青炎に照る白骨のモンスターが姿を現した。
「距離はおよそ四十メートル。で、今度は複数か」
新たに現れた敵は、棍棒持ちスケルトンの四体パーティ。
まったく、モンスターですらパーティを組んでいるというのに僕ときたら……さておき、少し警戒レベルを上げる必要がありそうだ。
ここ至るまでスケルトンとは散々やりあってきたけど、一度の戦闘で相手取るのは最大でも二体が上限だった。けれど、3階層に入るやいきなり倍増。いくら雑魚とはいえ数の力は侮れない。
僕は意識を切り替えながら臨戦態勢に入る。
スマホを押し込んだバックパックを放り投げ、右手で佩剣を抜き放つ。刀身と鞘が擦れ、無機質な高音が鳴り響く――それが戦闘開始の合図となった。
『カカカッ!』
スケルトンどもはこぞって歯を打ち鳴らしながら突撃してきた。恐らく、あのタッピング音は喊声代わりなのだろう。
一方、僕は盾を構えて迎え撃つ――数瞬の後、先陣を切るスケルトンが互いの武器の間合へと踏み込んだ。
途端、敵の振るった棍棒が「ひゅんっ」と音を立てて襲いくる。
僕の眼は、その軌道をハッキリと捉えていた。
打撃を受け止めるべく、微塵も怯まず盾を合わせる。間を置かず、ガアンッ、という派手な衝突音が鼓膜を叩く。同時にしびれるような弱い痛みが左腕に走った。
それから、すれ違うように後方へ駆け抜けていく敵を横目で見送る。
「――チッ」
思わず舌打ちしてしまう。後手を踏んでペースを乱してしまい、防ぐばかりで反撃に転じることができなかった。純粋に戦闘経験の少なさが招いた失態だ。
しかし、挽回の機会がすぐ目前まで迫ってきている。
敵の攻勢は途切れず、二番手のスケルトンが跳躍しつつ棍棒を振り下ろしてくる。助走をつけたことで何倍にも威力が高められた一撃。
その時、またしても僕の両眼は攻撃の始点を正確に捉えた。ゆえに素早くその軌道に盾を割り込ませ、さらにインパクトの瞬間に傾きを加えて衝撃を横へ受け流す。
すると狙い通り、敵は着地時に勢い余ってたたらを踏んだ。
「おらっ!」
間髪入れず、体勢を崩したスケルトンの頭部を左腕の盾で強打した。盾越しに頭骨を叩き割る感触が伝わってくる。
今度は上手く反撃することができた。けれど当然、敵は喜ぶ暇など与えてはくれない。三番手のスケルトンが既に、棍棒を振り上げながら間合いへ飛び込んできていた。
『カッ!』
「ふッ――」
僕は正面に向き直るや否や、片足を前に踏み込んで剣を逆袈裟に振るう。
次の瞬間、跳ね上げた剣と振り下ろされる棍棒が交差する――刹那の均衡を経て、敵の棍棒はあらぬ方向へすっ飛んでいった。しかも柄を握っていた腕ごと。
これぞまさに打つ手なし、ってやつだ。
くだらないことを考えながらも、僕はすかさず追撃の前蹴りをぶち込む。軽妙な音を立て、上体の骨の大半が砕け散った。
直後、四番手のスケルトンが迫ってきていたので応戦する。
やはり棍棒を振りかぶりつつ突進してきたので、盾を合わせて防ぐ。反撃として繰り出した横薙ぎ一閃は、やたら形の整った頭骨を軽々と打ち砕く。
雑魚モンスターと呼ばれるに相応しい耐久である。カルシウム不足も甚だしい。
「これで、後はお前だけだ」
数分にも満たない濃密な攻防の末。
残す敵は、最初に反撃を加えそこなったスケルトンのみ。
こうなれば、もはや相手は詰みも同然。事実、剣の一振りであっけなく背骨を両断されて崩れ落ちた。
その後、僕は地面に転がるスケルトンどもの頭部を踏み砕いてとどめを刺す。
少しすると決着を告げる黒い粒子が立ち昇り、辺りに散らばっていた白骸は綺麗さっぱり消え失せた。
「改善点は多々あるけど……なんでか、敵の動きがめちゃくちゃ見えていたな。ステータスの影響か?」
戦闘終了後、剣を鞘に収めつつ首を傾げる。
なぜだか本日は、敵の動きがよく見えている――見え過ぎている、と言った方が正しいくらいに。動体視力に自信はある方だけど、明らかに度を越している。
「でも、ステータスに変化はないんだよな」
離れた位置に転がっていたバックパックを拾い上げ、スマホを取り出す。続けてステータスアプリを確認してみるも、これといった変化は見られなかった。
さもありなん、僕がイベントダンジョンで討伐したモンスターはスケルトンのみ。格下の敵に他ならず、ステータスを向上させる経験値を得ることはない。
「まあ、別にいいか」
体調に変化などあれば話は別だけど、『よく見える』だけで不調というわけでもない。むしろ戦闘時には有利に働くので、この疑問はいったん棚上げする。
僕はそこで思考に一区切りつけて、再び3階層の探索を開始した。
スマホを片手に持ち、マッピングの訓練も継続する。不意打ちされないよう周囲に一段と気を配りながら足を進める。
「……ん?」
探索を再開して、約十分が経過した時のことだ。
僕は二股の分かれ道に差し掛かった。そこで、異変を察知して足を止める。
「来るぞ、ビビんなよ――」
「バカ言うなっての――」
左の通路の方から人の声が聞こえてきたのである。確実に同業者だ。
僕は壁に身を寄せて、こっそり通路の先を覗き込む。すると思った通り、男性冒険者の一行がスケルトンと戦闘を繰り広げていた。
「そっちから抜けてきてんぞ!」
「うっせえ、お前が相手しろ!」
「落ち着けって。数が多くても所詮はスケルトンだ」
見たところ同年代の三人パーティのようだ。一様にプロテクター付きの戦闘服を着用していて、ご多分に漏れず全員がトレンド武器の長剣を振り回している。もはやトレンドじゃなくて『テンプレ装備』といった印象だ。
他方、相手は棍棒持ちスケルトンの四体パーティ。先ほど僕がやりあった連中とほとんど変わりない。
続けて戦況はというと、典型的な『アタッカーパーティ』らしく各々敵を相手取っていたが、フリーになっている個体の対処について少し混乱が生じている様子である。
「オラァッ!」
しかし、やはりスケルトンでは大して脅威にならないらしい。長剣が振り抜かれるたびに各個撃破されていき、見る間に数を減らしていった。
とりわけ目を見張ったのは、敵二体と対峙する青年の剣技。いったん距離を取ったかと思いきや、鋭い踏み込みとともに剣を一閃。強烈な斬撃は正面に立ちはだかる個体の頭骨を打ち砕き、さらに返す刀で残す一体もあっさり撃破した。
その様子を見届けた後、僕は顔を引っ込める。
素晴らしい技量だった。ステータス頼りではなく、しっかり鍛錬を積んでいるであろうことがうかがえた。
「……それはさておき、『右』の通路を行くとするか」
ダンジョンはある種の無法地帯だ。ゆえに、見知らぬ冒険者に不用意に近づくことは推奨されない。おまけに僕は盾持ち。まず間違いなく歓迎されず、最悪は斬りかかられる恐れすらある。
とは言うものの、5階層より先はパーティを組む必要があるわけで、いずれは他の冒険者との接触を余儀なくされるわけなのだけど。
何にせよ、今は時期尚早。
僕は伊原さんから、パーティ加入交渉を有利に進めるための『秘策』を授かっている。まずはその準備を整え、然る後に雰囲気のよさそうなパーティと交渉を行う予定だ。
そんなわけで。
当面は人目を避けることが決定していたので、僕は人気のない逆の道へと足を踏み出す。
経路選択は適当で問題ない。分岐や行き止まりにぶつかりはするだろうけど、最終的に下層と通じる階段がある『フロア最奥』へたどり着けばいいのだから。
ところが、その後も立て続けに他の冒険者とニアミスすることとなる。いつも人気のない階層ばかり探索している僕にとってはちょっと新鮮な体験だ。
しかし、そのおかげでいちいち足止めを食らう。度々スケルトンとエンカウントしたことも相まって、進行速度は目に見えて遅くなる。
そして結局のところ、4階層と通じる階段を発見するまでに三時間近くを要した。
***
ダンジョンの階層間をつなぐ階段は『セーフゾーン』となっている。モンスターは侵入できないらしい。加えて大抵が折り返し構造になっており、必ず広い踊り場が存在することから休憩場所として利用されることが多い。
僕もそれに倣い、4階層に足を踏み入れる前に休憩を取ることにした。
ステータスによって強化されている影響であまり疲れてはいない。ただ、ちょうど人も少なかったので一息入れることにしたのである。
空いていた踊り場の隅に腰をおろし、バックパックから取り出した水とカロリーバーをもぐもぐやる。
少ないとはいえ他の冒険者の目があるので、トラブルの元である盾はバックパックで目立たないようにしておいた。おかげでゆっくり休むことができた。
休憩時間は三十分ほど。
その後、僕は4階層の攻略を開始する。
周囲の地形に変化はなく、相変わらず青い洞窟といった景観が続く。そんな中、僕は人気のない道を選択して足を進める。
もちろんマッピングも継続中。しかし早々にスマホをポケットに仕舞う羽目になった。
攻略を開始して十数分、僕は曲がり角に差し掛かる。通路は大きく右にカーブしており、非常に見通しが悪い。その上、通路脇に林立する石筍群が目隠しの役割を果たしている。
待ち伏せをするにはもってこいの場所だ。
当然、警戒して足を止めた――すると案の定、かつかつかつ、と。通路の死角から、一体のスケルトンが姿を現したのである。
「用心しておいて正解だったな……それにしても、ずいぶん物騒な得物を持ってるじゃないか」
僕は弾かれたように戦闘態勢に入る。次いで、思わず眉間にしわを寄せた。
現れた敵は一体。見た目も、これまで戦ってきたスケルトンと変わりない。
だがしかし、ある一点だけが決定的に異なる――その手には、炬火の青炎を受けて冷たく底光りする『金属製の剣』が握られていたのだ。
「いよいよ本番って感じだな……」
冷たい汗が頬を伝うのを感じる。
動画などを介して、金属製の武器を扱うモンスターが存在する、ということは当然承知していた。それゆえ、真剣を受ける訓練も一通り積んできている。
けれど……いざ対峙してみれば、漂う『殺意』の濃さが尋常じゃない。
はっきり言って、緊張するな、と言うのは無茶な注文だ。下手を打てば即ニアデスかと思うと、とても平静ではいられない。
一方、モンスターが人間のメンタルなどに配慮するはずがなく。
スケルトンはこちらの出足の鈍さを好機と見たか、激しく歯をタッピングしながら駆け寄ってきていた。
『カカ、カカッ』
初期位置が近かったこともあり、あっという間に彼我の距離は埋まる。さらに敵はその勢いを保持したまま、武器の届く間合へ踏み込んできた――と思うが早いか、躊躇なく上段から剣を振り下ろす。
風を切って迫る白刃。これに対し、僕は反射的に構えていた盾を合わせて受ける。
耳を塞ぎたくなるような衝突音が響き渡り、オレンジの火花が飛び散る。直後、むりやり軌道を変えられた剣は視界の左端を通り抜け、したたかに地を叩いた。
「くっ!?」
僕は真正面から受け止めず、盾を傾けて斬撃を受け流していた。が、それにもかかわらず腕に伝搬する衝撃はこれまでの比じゃない。
とはいえ、敵はあくまでスケルトン。恐れていたほどに強烈ではなく、剣技も拙い。つまり反撃の余地は十分にある――事実、敵は剣を受け流された影響で体勢を大きく崩していた。
そこで僕は、すかさずスキルを発動。
「《シールドバッシュ》!」
白光に輪郭を縁取られた盾を叩きつける。途端、敵の上半身は軽快な音を立ててバラバラに砕け散った。一拍置いて、追いかけるように下半身も崩れ落ちる。
ややあって、スケルトンは剣もろとも黒い粒子と化して消え去った。
「真剣相手はやっぱ緊張するな……」
ぜえぜえ、と。
僕は息を乱しながら今の戦闘を反芻し、思わず身震いした。
これまでとは段違いのプレッシャーだった。またも両眼が斬撃を鮮明に映していたから的確に対処できたものの、普段の己では緊張のあまり下手を打っていたかもしれない。
「……あるいは、慣れる必要があるのかも」
この先、今まで以上の強敵が現れることは確実。もちろんイベントダンジョンに限った話ではない。だから、より戦闘経験を積む必要がある。
というかユニークスキルの印象が強すぎて忘れがちだけど、そもそも今回のイベントの主題は『新人冒険者を対象とした成長支援』である。
それを踏まえて考えるに、骸骨迷宮のデザインはわりと理にかなっているように思う。
ならばむしろ、4階層で十分に場数を踏んでから先に進むことこそが正道。
と、いうわけで。
僕は例のごとく人気のない道筋をたどりつつ、スケルトンとの戦闘を繰り返す。どの個体も剣を手にして、かつ一体だけで出現してくれた。命懸けではあるが良い鍛錬になる。
途中で下層と通じる階段を見つけたけど、あえてスルー。そして二時間もすれば、真剣持ちを前にしても冷静でいられるようになった。
さらに一時間が経過する。
時間との兼ね合いもあり、僕はそれなりに満足したところで次の階層へと足を向けたのだった。
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