第13話
「何やら必死に逃げているように見えたのでな、勝手ながら助け舟を出せてもらった。追手らしき男は通りすぎて行ったから安心してくれ」
「よかった、本当に助かりました。ありがとうございます」
「気にしないでくれ。ゲームマスターの時は見捨ててしまったからな、その埋め合わせみたいなものだよ。安全が確保できるまでここに留まるといい」
なんとナイスガイな彼は、ちょっとした顔見知り程度の関係にもかかわらず匿ってくれるようだ。加えて「座ってくれ」と言いながら、わざわざ椅子代わりの木箱まで用意してくれた。
「ここは俺が所属するクランの備品倉庫で、生憎まともな椅子がないんだ。悪いがそいつで我慢してくれ」
「いえ、すごく有り難いです。失礼します」
勧められるままに木箱に腰を下ろす。走り回った直後なので、非常にありがたい気遣いだった。
「では、差し当たり自己紹介でもしておくか。俺は、伊原大輔という」
「僕は、聖夜月です」
お互い木箱に腰を下ろし、顔を突き合わせながら自己紹介。
少しだけ『優木』という旧姓を名乗るかどうか迷ったけど、余計な誤解を生まぬように現状の名字を口にした。
「それで、聖君は何をやらかして追われていたんだ?」
「あの、できれば『夜月』と呼んでいただけると嬉しいです。えっと、逃げていた理由ですが……」
呼び名の訂正だけさせてもらい、ここまでの経緯を伝える。
口を動かしながら思ったのだけど、たかがイベントダンジョンに向かうだけの話がどうしてこうなった。理不尽すぎてちょっと泣いてしまいそうだ。
「……そうか。それは災難だったな、夜月君」
「はい。いきなりぶん殴られるし、本当にいい迷惑ですよ」
「まったく、近ごろのタンクに対する風潮はむちゃくちゃだな。しかも年々エスカレートする一方とは、いよいよもって度し難い」
僕が事情を伝え終えると、眉根を寄せて同情的な反応を示すナイスガイ――改め、伊原さん。
初めて会った時からそうなのだが、彼は盾持ちに対しても友好的だ。近ごろでは珍しいタイプの冒険者である。
「伊原さんは、盾持ちを……タンクを嫌ってないんですか?」
「嫌うなんてとんでもない、むしろ尊敬しているよ。実は昔、タンクをやっていた親友に命を救われてね。おかげで今も冒険者を続けられている」
話を聞くと、伊原さんはキャリア十五年のベテラン冒険者だった。
そして過去、モンスターに殺されかけたところを親友のタンクに救われたらしい。残念なことに親友さんは代わりにニアデスしてしまったそうだが。
「そんなわけで、個人的にはタンク志望の若者を支援したいと思っている……だが俺にも立場というものがあって、表立って動くと色々うるさくてな。本当に申し訳なく思う」
「ちょっと、頭を上げてください!」
現状、タンクと親しくすることはリスクでしかない。最悪は同類とみなされ、一緒に排除される恐れすらある。だから伊原さんが頭を下げる必要なんて欠片もない。
「僕を邪険に扱うことなく、こうして匿ってくれているんです。それだけで十分ですよ」
「そう言ってもらえると助かる。しかし、このままでは親友に顔向けできん――そこでどうだろう? ほとぼりが冷めるまでの間、雑談がてら今回のイベントについて助言でもさせてもらうというのは」
「え!? いいんですか?」
「勿論だとも。俺も一応はベテランの枠に入る冒険者だから、多少は有意義な助言ができると思う」
これぞまさしく怪我の功名、といった心境だ。
僕は本イベントに臨むにあたり、当然ながら師匠に連絡してアドバイスを求めた。けれど『情報収集は冒険者の必須技能の一つ』とのメッセージをいただき、さらには『それができない者は遅かれ早かれニアデスするのがオチだ』と、にべもなく突っぱねられてしまっていた。
ところが、キャリア十五年の現役冒険者からアドバイスを貰える機会に恵まれたのである。断る理由などあるはずもない。
「では手始めに、イベント概要のおさらいをしておこう」
「はい!」
・『登竜門』の開催中、期間限定でイベントダンジョンが公開される。
・該当のイベントダンジョンは、骸骨迷宮という名称である。
・骸骨迷宮は、冒険者登録をしてから三ヶ月以内の新人冒険者のみが挑戦可能。
・骸骨迷宮を踏破し、『幽骨の試練』を乗り越えし者にはユニークスキルが授けられる。
「以上の四つが、ダンジョン・シークを介して事前公開された。そして先日、『二つ』追加情報が開示されている」
伊原さんは、指を二本立てつつ情報を追加する。
・イベント開催期間は七日間。
・骸骨迷宮の最下層は10階層。
「さて。普通はこれらの情報を踏まえて『攻略プラン』を練るわけだが、夜月君はどうだろう?」
「……正直、具体的なプランはありません。とりあえずトライして、実際の難易度を肌で感じてみるつもりでした。それで可能なら、少しでも早く最下層へ到達できるように頑張ってみようかと」
ゲームマスターとの約束は『イベント参加』までだけど、僕はこの最高のチャンスを逃す気は微塵もない。むしろ身命を賭して挑む所存である。
「ふむ、随分と急いでいるようだな」
「はい。盾持ちの僕は、ソロ攻略が確定してますから……どうしても時間がかかってしまうので」
ユニークスキルの獲得を望む場合、なんとしてもイベント開催期間内に最下層へ到達せねばならない。
何故なら『骸骨迷宮を踏破し、幽骨の試練を乗り越えし者にはユニークスキルが授けられる』と明示されているからだ――要するに、最下層において『幽骨の試練』とやらが発生するに違いないのである。
それも、少しでも早く到達するに越したことはない。試練の発生時期が不明だからだ。
しかしながら、ソロ攻略では人一倍時間がかかることは確実……有り体に言うと、僕はちょっと焦っているのだった。
「夜月君の状況は理解できた。けれど、そう焦る必要はない。質問だが、主催者のゲームマスターが最も嫌がる展開はどんなものだと思う?」
「嫌がる展開、ですか……?」
少し考えてみる。
例えば僕が主催者だったとして、一番イヤなのはイベント自体を開催できないことだ。けれど既に事は起きている。ならば、次点で……。
「イベントが、盛り上がらないこと?」
僕の答えを受けて、伊原さんは「正解」と口角を持ちあげた。
「ゲームマスターは極めてふざけた男だが、あれでいて祭りにおける勘所というものをよく心得ている。そんな奴が、イベントの目玉である『ユニークスキルの獲得者』を簡単に誕生させるとは思えない。早々にクライマックスを迎えてしまっては後が興ざめだ」
だからそう焦る必要はない――と、伊原さんは断言する。
それから顎に片手を添えてこう続ける。
「もとより、ユニークスキルの獲得者を大量に誕生させるはずもない。それこそ、通常ダンジョンの難易度バランスにも影響がでてしまう。多く見積もっても二・三人が上限だろう。だとすると、やはり何かしらのギミックを仕掛けるならば『最終日』が最有力だな」
一理ありすぎる。僕の知るゲームマスターの嗜好を加味すると、ご指摘どおりイベント最終日あたりに山場を設定している可能性は非常に高い。
「まあ偉そうに言っておいてアレだが、これまでのイベントじゃあ修羅場は決まって最終日だった。これは経験則だ」
「なるほど。なら無理に急ぐ必要はなさそうですね」
イベントの目玉は最終日に訪れる。
そんな伊原さんのアドバイスにより、僕はわずかに落ち着きを取り戻す。だが、依然『ソロ攻略』という難題は残されたまま。
「そうなると後は……僕がソロでも最下層へ到達できるかどうか、ですね」
「恐らくだが、中層までは問題ない。骸骨迷宮というネーミングからも予想できるように、出現モンスターは『スケルトン種』で統一されているようだ」
スケルトンは、ゴブリンに勝るとも劣らない雑魚モンスターである。もちろん個体差はあるが、標準的な個体なら僕にでも楽に対処可能なはず――つまり話が本当なら、骸骨迷宮の全体的な攻略難易度は『イージー』と推測される。
「もとより『キャリア三ヶ月以内』の新人を対象にしたイベントだからな。難易度は低くて当然だろう」
「確かに。それにしても、出現モンスターの情報なんてどこで仕入れたんですか? ネットにはのっていませんでしたけど」
「うちのクランの新人パーティが、明け方のイベント開始直後にさっそく骸骨迷宮へ突撃したんだよ。それで、一旦戻ってきて情報共有してくれている」
これぞクランの強みの一つ。所属冒険者の各々が鮮度の良い情報を持ち寄り、素早く全体に共有される。それらはダンジョン攻略などに活かされ、クランの業績向上に大きく貢献する。有益な情報はクラン内で独占されるのが常である。
さらに言えば、ダンジョン内部は不感地帯なので、情報収集を行うならば実際に足を運ぶ必要がある。その観点から見てもやはり人員は大きな武器だ。
実に羨ましい……僕なんて、信憑性も定かじゃないネット情報を取捨選択する毎日だというのに。あと言うまでもないことだが、盾持ちを受け入れてくれるクランなんて存在しない。
「とにかく、すでに上層は大した難易度ではないと判明している。しかし夜月くんの場合、問題はその後だろう」
「はい。いくら低難易度ダンジョンとはいえ、ソロで完全踏破できるほど甘くないはず。間違いないなく、中層以降はパーティ攻略推奨になるでしょうね。でも、タンクの僕と組んでくれる人が本当にみつからなくて……」
「本当に厄介な問題だな。でも諦めるには早いぞ、俺に少し考えがある――イベントダンジョンには大抵、特有のギミックが仕掛けられているものだ。そこで関係する情報やアイテムを予め入手しておけば、パーティ加入交渉に臨む際の『切り札』となり得る」
「なるほど。それなら僕にも可能性がありそうですね」
「そうだ。そして経験上、イベントのタイプは大きく幾つかのパターンに分けられるのだが……これまでの事例からして、今回のようなケースでは『イベントアイテム』をドロップするような傾向にある。例えばモンスターを討伐したときに――」
伊原さんは惜しげもなく、数々の貴重な情報を提供してくれる。加えて、こちらからの質問にも丁寧に回答してくれた。相手はちょっとした顔見知りの新人冒険者でしかないにもかかわらず。
僕は思う――いつか、なにか恩返しできるような冒険者に成長しなければ。
それにしても、誰かとダンジョンに関して議論することがこんなに楽しいとは思いもしなかった。何せ今まで、マトモに会話した冒険者といえば師匠と風宮凛くらいのものだったから。
他にも僕は様々なことをたずね、都度ためになるアドバイスをいただいた。
あらかた聞き終えてふとスマホを見れば、時刻はいつの間にか昼前になっていた。ずいぶんと熱心に話をしていたようだ。
その後、僕は何度もお礼を言ってから倉庫をあとにした。
***
すうっと息を吸い込むと、少し湿り気を帯びたダンジョン特有の空気が肺を満たす。
次に、僕は周囲の地形に目を向ける――壁や天井は見慣れているものとは異なり、凹凸のある世にも珍しい『青い岩盤』で形成されていた。
壁にかかる松明も同色の炎を灯しており、揺れにあわせて通路の各所に濃い影を生む。
通路自体はいつもと大差なく『十分広い』と言える規模だが、独特な配色のせいか全体的に薄暗い印象をうけた。
「ここが、骸骨迷宮か」
イベント開催より二日後の早朝。
僕は忽然と現れた『イベントダンジョン』の入り口――つまり第二の大階段を下り、満を持して骸骨迷宮の内部へと足を踏み入れていた。
一日置いたのは、伊原さんのアドバイスを踏まえての判断である。
時間経過とともにイベントの熱狂は弱まる。それにあわせて、『JPタウン』をうろつく盾持ち冒険者が理不尽にぶん殴られる危険性も低くなる――という予想通り、本日は背後から蹴り飛ばされることもなく、無事ダンジョンに到着した。
もっとも、罵声はちょこちょこ飛んできていたけど。
なんにせよ、こうしてダンジョンアタックに漕ぎ着けることができた。
また本日は、左腕に円盾を装備したいつもの冒険者ルックの他に、食料と水を大量に詰め込んだバックパックがプラスされている。
理由は、これより長時間に渡りダンジョンへ潜るからだ。
目指すは中層――すなわち5階層。
新たに出回ってきた情報によると、そこに転移装置があるらしいのだ。なので、当階層をいったんの目標地点に設定した次第である。
まとめると、僕の『イベントダンジョン攻略プラン』はざっくり以下の通りとなる。
先ずは二日以内に中層へ到達し、いったん帰還――休息を挟み、残りの三日間でなんとか最下層へ到達する。並びに『幽骨の試練』へ挑み、ユニークスキル獲得を目指す。
ちなみに中層までを第一フェイズとし、以降を第二フェイズと定めた。
なお、第一フェイズの後半には『あるアイテム』を探索するための時間を組み込んでいる。
それに加えて、第二フェイズ以降はパーティを組む必要がありそうだ。
有り難いことに、先駆者たちがイベントダンジョンに関する様々な情報をネットにアップしてくれていて、それによると6階層以降から『スケルトン種』の中でも厄介な個体が出現するようになるらしいのだ。
正直、新人冒険者が相手取るにはやや荷が重い。当然なにかしら手心が加えられていると推測されるが、根本的にソロ攻略は難しいと判断せざるを得ない。
関連して、未だ『幽骨の試練』とやらは発生していない、という情報も得ている。
それはさておき、まずは5層に到達することだけを考えよう。
「よし、出発だ」
骸骨迷宮――攻略開始。
僕はいつも以上に気合を入れて、青い灯火の揺れる2階層を進み始める。1階層は例のごとく転移装置のある大ホールだったので素通りしてきた。
「……ん?」
歩き始めてから僅か数分。
不意に、かつかつかつ、という異音が聞こえてきた。
僕は足を止め、その発生源を探る。
十分な広さを持つダンジョンの通路は、緩やかに蛇行しながら先へ伸びている。しかし、点在する岩石や鍾乳石などの『地形オブジェクト』によって視界を遮られることが多々ある。
現に今とて、およそ二十メートル前方に存在する大岩が邪魔をして、通路の一部分を目視できない状況だった――音の発生源は、まさにその大岩の裏手あたり。
十中八九、モンスターに違いない。
僕は肩にかけていたバックパックを放る。次いで腰の佩剣を勢いよく引き抜き、細い高音を鳴り響かせる。
と同時に、一体のモンスターが大岩の影から姿を現した。
『カカ、カカカッ――』
「スケルトン……リアルで見るのは初めてだな」
にらんだ通り、さっそく本日初のエンカウント。
青炎に照らされて浮かび上がるフォルムは、まさしく『スケルトン』と呼ばれるモンスターのものに相違ない。
外見は、動く人体の骸骨模型。ダンジョンよりもお化け屋敷にいた方がよっぽど似つかわしい。背丈は僕と似たりよったりで、カルシウム豊富なのか骨の白さが際立って見える。
また威嚇のつもりか、顎を開閉して上下の歯をしきりに打ち鳴らしている。これが先ほど耳にした怪音の正体のようだ。
「武器は棍棒のみか」
盾を構えて臨戦態勢を取りつつ、対峙する敵の武装を再確認。
その右手には棍棒が収まっており、他の武装はなし。体がスカスカなので隠しようもない。総評すると、とても弱そうだ。
まあ、さもありなん、か。
既にネット上には、イベントダンジョンの中層までは『難易度イージー』という情報が出回っていた。
正直、伊原さんのアドバイスの的確さには感謝するとともに驚きが隠せない。
「ともあれ油断は禁物だ」
意識を戦闘モードへ移行する。
僕はひと呼吸分の間をおいてから、棍棒を構える白骨めがけて駆け出した。
ステータスによって強化された脚力は、またたく間に標的との距離をゼロにする。その勢いを保持したまま、迷いなくスキルをブチかます。
「《シールドバッシュ》!」
盾を構えつつ敵に突進。
激突の間際、盾の輪郭に淡く白い光が宿る――スキルの発動エフェクトを視界に入れながら、僕は勢いよく盾を突き出す。
直後、スキル直撃の衝撃が波紋状に駆け抜けた。
芯を食ったような小気味いい感触が腕に伝わってくる。何より響いた殴打音が爽快だった。あまりにも快音すぎて、一瞬ホームランでも打ったのかと錯覚したほどだ。
「ふっ――」
僕は短く息を吐き、追撃を加えるべく速やかに体勢を整える。
師匠に叩き込まれた教えに従えば、次撃は右手の剣を突き出すのが定石。けれど相手が相手だ、骨の体に刺突は非効率。ゆえに横薙ぎの斬撃を放つべく、大きく右腕を引いた構えを取る。
「……あれ?」
しかし、その必要はなかった。
スケルトンは少し離れた位置に転がってままピクリともしない。というか上半身がバラバラになっており、起き上がることすら困難そうだ。それでも一応、油断せず様子をうかがう。
「あっ」
やはり戦闘不能だったらしい。少しするとスケルトンの体表から黒い粒子が立ち昇り始め、やがて骨のひと欠片も残さず綺麗サッパリ霧散する。
あっけなく僕の勝利が確定した。イベントダンジョンで迎えた初戦は、たったの一撃で勝敗が決してしまったのである。
いや、スケルトン弱すぎない?
その後。
3階層と通じる階段を発見するまで二十回ほどエンカウントしたが、僕はすべての戦闘において圧勝したのだった。
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