第12話

 あっという間に時が過ぎ、いよいよこの日がやってきた。

 具体的には五月上旬、ゴールデンウィーク(GW)開始の今日、満を持して新人育成支援イベント〝登竜門〟が開催された――すなわち『骸骨迷宮』の公開日である。


 僕がネットで仕入れた情報によると、本日の明け方未明ごろ、通常ダンジョンの入り口の横に『第二の大階段』が設置されたそうだ。まるで魔法のように忽然と、誰にも気が付かれぬうちに現れたという。間違いなくゲームマスターの仕業だ。


 言うまでもなく、繋がる先は骸骨迷宮。

 事前情報に違わず、入場できるのは『キャリア三ヶ月以内の新人冒険者』に限られる。それ以外の者は透明な謎の膜に阻まれて進めないらしい。


 そんなわけで、僕は早朝から『JPタウン』へ足を向けた。

 今年のGWはダンジョン攻略一色になりそうだぜ。もちろん間に挟まる平日も、学校を休んでイベントに挑戦する予定だ。


 余談だが、我が校は『学生冒険者支援制度』を導入している。冒険者活動で出席日数が不足した際には、進級・卒業に向けてポートしてくれるのだ。そもそも僕が学費の高い私立高校を志望したのは当制度が最大の理由である。 


 さておき、現地の様子なのだが……さすがユニークスキルの絡むイベント初日というだけあり、既に『ゲートハンガー』に向かう段階から普段とは様子が異なっていた。

 早朝にもかかわらずモノレール駅は混雑し、ハンガー内に至っては異様な熱気が渦巻いている――『ゲート』を通過し、『JPタウン』へ足を踏み入れるとさらに熱気は増す。


「うわあ……」


 タウンに入場すると同時に肉体はアバターに転換され、合わせて服装も切り替わる。

 黒の戦闘服の上下にコンバットブーツ。腰からはショートソードをぶら下げ、背面に円盾を固定してある――そんな冒険者ルックの僕は、目の前の光景を眺めながら唖然とつぶやく。


「ちょっと混みすぎだろ……」


 いつも以上に混雑するゲート広場。加えて、そこからダンジョン方面へ向かって歩く大勢の冒険者の姿が目に入る。通勤ラッシュさながらの光景だ。

 その上、明らかに新人とは思えない身なりの者が多分にまざっている。

 

「いいか? イベントは何が起こるか予測がつかん。常に注意を怠るなよ。ユニークスキルは絶対にお前たちが獲得してこい!」


「はい!」


「あのクソゲームマスターのことだ、恐らく即死級のギミックを仕掛けているはず。油断していると簡単に死ぬぞ」


「了解です」


 僕も仕方なく人混みに加わり足を進めていると、そこかしこから熱い激励の声が聞こえてきた。

 なるほど。内容から察するに、大半は新人を激励にきた先輩冒険者といったところか。そりゃそうだ、新人だけではこの行列はつくれまい。


 それにしても……なんというか、非常にパッションを感じるぜ。

 と、のんきに周囲の様子をうかがっていた、そのときである。

 

「うおっ!?」


 突如、背中に強い衝撃を受け、僕はつんのめるように前へ倒れた。

 いきなりのこと過ぎてろくに受け身も取れず、無様に地面をすべる。


「痛ってえ……」


 膝立ちになり、痛みに耐えながら後方確認。すると、嫌な雰囲気を漂わせる冒険者の一団が僕を見下ろしていた。 

 身なりから判断して、イベントダンジョンに挑む新人と見送りにきた中堅の混合グループのようだ。その視線は一様に冷たい。


「いきなり何するんですかッ!」


「いや、なんで蹴られたかわかってねーの?」


 犯人だろうと決め込んで抗議してみれば、相手は悪びれもせずに自白しやがった。同時に、その態度から攻撃に至った理由を悟る。むしろ考えるまでもない。


「お前さ。装備からして新人みたいだけど、その背中の盾なんの冗談だ? まさか、タンクごときがイベントに参加するとか言うなよ」


 とりわけガラの悪い男が、難癖をつけながらこちらへと進み出てくる。

 そんなことだろうと思ったぜ。どうやら彼らは『盾職のイベント参加』がお気に召さないらしい。


「もちろん僕はイベントに参加します。ていうか、あなた達には関係ないですよね?」


 こんな理不尽に負けてなるものか。

 僕は立ち上がり、ガラの悪い男を睨みつけながら問答を続けた。


「関係ないだと? 今回は『新人成長支援イベント』なんだぜ? どう考えてもタンクは邪魔だ。それに、ユニークスキル獲得のチャンスかもしれねえ。身の程をわきまえろ」


「何と言われようとも僕の意志は変わりません。そもそも、新人冒険者なら誰にでも参加の権利はあるはずだと思いますけど」


「お前、正気か? おい、タンクにイベント参加の権利があると思うやつは手を挙げてくれ」


 ガラの悪い男はふり返り、仲間たちに声をかける。

 言うまでもなく手を挙げる者は皆無。代わりあからさまな嘲笑があがった。


「ほらな? これが民意ってやつだ。わかったら黙って失せな」


 男は肩をすくめて、人を馬鹿にしたようにへらへら笑いだす。 

 その様子がめちゃくちゃムカついた。だから、伝家の宝刀を抜いて一発かますことにした。


「僕から、もう一度聞かせてもらいます。タンクにもイベント参加の権利があると思う人、挙手してください」


「まさか手を挙げてもらえるとでも思ってんのか?」


 思っちゃいないさ。だが、僕はひとり堂々と手を挙げつつ声を張る。


「僕の挙手は百人分! だから僕の勝ち!」


「…………」


 相手はぐうの音も出ないようで、勝負はこちらの完勝と言っても過言じゃない。

 あれ、僕またなにかやっちゃいました?

 と、一方的に勝ち誇った次の瞬間。


「おちょくってんのか、このガキッ!」


「ぐえっ!?」


 僕は頬に右フックをもらい、その勢いで側にいた別の冒険者集団へと突っ込む。

 野郎ッ、おもくそぶん殴りやがった!


「ぐわ!? いきなりなんのつもりだ小僧!」


「ちょ、待て――ぐほっ!?」


 僕はさらに、突っ込んだ先の冒険者にまでぶん殴られる。衝突したスキンヘッドの強面冒険者が瞬時に激昂し、反射的に拳を繰り出してきたのだ。


 クソが、どいつもこいつも手が早すぎる!

 かくいう僕も一瞬で頭に血がのぼって拳をにぎる――が、相手の風貌を見て即座に対応を変えた。すかさず口を動かし、天啓のごとく閃いた悪巧みを実行する。


「アイツが悪いんですっ! アナタにちょっかいを出すよう命令されました!」


 最初に手を出してきたガラの悪い男を指差しながら、僕はスキンヘッドのおっさんに告げ口をするように言う。


「なんだ? 命令だと?」


「そうです! アナタのツルッパゲをからかってこいと命令されたんです!」


「あァ!? 俺はハゲじゃねえッ、スキンヘッドだ!」


 熟練冒険者の多くは、やたらと喧嘩っ早い性格をしている。

 ステータスという超常の力に触れる時間が長い者ほど、傲慢にも似た『万能感』を抱きやすくなるらしい。その場合、他者に対しても攻撃的になるそうだ。


 本日はそこへ、イベント開催日特有の異様な熱気がスパイスとして加わる。

 そうなれば必然、事は思惑どおりに進んでいく。


「おい貴様ッ、俺のことを随分ナメてるらしいな!」


 スキンヘッドのおっさんは頭に青筋を浮かべ、ガラの悪い男が率いる一団へ怒鳴り込んでいった。おまけに仲間たちも後に続き、双方の集団が睨みあう事態に。


「ガキに踊らされるなんて、いい年こいたおっさんのやることじゃねえぜ」


「何だと!? 誰がおっさんだコラァ!」


 血の気の多い両者は、売り言葉に買い言葉でますますヒートアップ。

 そこで僕はもうひと手間加えるべく、密かにガラの悪い男が率いる集団の裏手へと回る。次いで、後ろからヤツの仲間の一人を勢いよく突き飛ばした。


「うわっ!?」


「うがっ!?」


「あがっ!?」


 僕に突き飛ばされた男が、狙い違わずガラの悪い男の背後に追突する。続いてガラの悪い男はその勢いで押し出され、スキンヘッドの顔面に頭突きをお見舞する羽目になった。

 きたねえピタゴラスイッチの完成だぜ。こうなれば後は、火薬の弾けるが如く。


「貴様ッ、やりやがったな! オラァ!」


「ガッ!? このハゲぇ!」


 スキンヘッドのおっさんがブチ切れて拳を繰りだせば、ガラの悪い男も即座に応戦する。


「リーダーをやらせんな! 行けッ!」


「ナメるなガキどもがぁああああッ――」


 火事と喧嘩は江戸の華、ではないが、『JPタウン』では冒険者の喧嘩などわりと日常茶飯事。

 しかも、なまじステータスによって身体能力が向上しているものだから、人が吹き飛んだりして中々に派手だ。そういった意味じゃあたしかに華があるな。


「お、ケンカか? やれやれー!」


「おら行けー、気合入れてけー!」


 それゆえ、すぐに野次馬が集まってきて一斉に動画を取りつつ煽りはじめる。

 なので僕は、この人混みに紛れて姿をくらますとしよう。すべて目論見どおり、どころかこれ以上ない展開である。胸のすく思いだぜ。


「じゃあな、マヌケども」


 容赦なくぶん殴ってくれた両者に小声で別れを告げ、駆け足で場を離れる。向かう先は当然『21番ゲート』。

 だが、そんな僕の背を追走してくる者がいた。


「待てやっ、クソガキィイイイ――」


「げえっ!?」


 猛烈な怒気を感じて見返る。すると、例のガラの悪い男が鬼の形相で迫ってきていた。

 抜け出してきやがったのか……つーかマズイぞ、捕まったら絶対にただじゃすまされない。


「通ります! すみませんっ、通してください!」


「うわ!?」


「きゃっ!?」


 僕はスピードを上げ、人混みを縫うように駆ける。

 予期せぬ追走劇のスタート。


「くそっ、イベントダンジョンに向かうだけが何だってこんなことに!」


 不満をたれつつ走り続ける。しばらくして、当初の予定どおり『21番ゲート』を通過した。そこで一旦後ろを振り返る。


「止まれこの野郎――ッ!」


 ダメだ、しつこく追ってきていやがる……非常によろしくない展開だ。

 奴は新人には見えないので、必然的にステータスは向こうが上だと推測される。よってこの追いかけっこはかなり分が悪くなる。今は何とか人混みを利用することでうまく逃れられているが、このままじゃいずれ捕まってしまう。


「いや、落ち着け……で、どうすりゃいい?」


 大通りを駆け抜けながら思考を巡らせる。けれど良案が浮かぶはずもなく、いよいよもって僕の焦りはピークに達する。

 しかし、幾本目かの路地の前を通りかかったとき。


「少年、こっちだ! こっちに来い!」


 どこからかともなく、僕を導くような声が聞こえてきた。

 咄嗟に首をふって周囲を確認する――とある四十路がらみの男性冒険者の姿が目に留まる。

 今まさに通り過ぎようとしていた路地の入り口の端に立ち、こちらへ向けて忙しなく手招きをしている。


 一瞬、なにかの罠じゃないかと勘ぐる。が、次の瞬間には誘いに乗ることを決めていた。手招き男の顔になんとなく見覚えがあったからだ。


「そこの扉から中に入れ!」


「助かります!」


 路地に飛び込めば、間髪入れず指示が飛んでくる。それに従い、僕は隣接する建物に備え付けられた木製の扉を開き、そのまま中へと転がりこむ。


「ここは、倉庫か……?」


 息を切らしながらも室内の様子を確認する。

 ガラス窓から差し込む陽光のおかげで、壁際の木棚に収まる武具の類がハッキリ視認できた。空きスペースには木箱などが乱雑に積み重ねてある。 


「それはさておき、信用してよかったのか……?」


 今更ながら不安がこみ上げてくる。いくら見覚えがあったとはいえ、わりと迂闊な判断だった気がしないでもない。果たして、僕の選択は吉と出るか凶とでるか。


「……来たな」


 ガチャリ、とドアノブをひねる音が響く。

 再び木製の扉が開かれたのは、僕の呼吸が落ち着くのとほぼ同じタイミングだった。

 即座に意識を切り替え、何が起きても対応できるよう覚悟を決める――直後、先ほど手招きをしていた中年の男性冒険者が姿を現す。


「久しぶりだな、少年。元気そうでなによりだ」


「あ、アナタは!?」


 …………誰?

 片手を上げ、親しげに声をかけてくる男性冒険者。対する僕は、見覚えこそあるものの未だにピンときていなかった。


「えっと……お久しぶり、です?」


 とりあえず挨拶を返しながら相手の容姿を改めて確認する。

 小綺麗にまとめた黒の短髪に、穏やかそうな顔つき。歳は四十代前半くらいだろう。プロテクター付きの戦闘服を着用しており、その表面には無数の細かい傷が刻まれている。多分、熟練冒険者だ。


「さては少年、俺が誰だかわかってないな?」 


「いや、その……」


 見抜かれていた。非常に気まずい。


「わからないか? 先日、ゲームマスターと出くわした時に隣にいた者だよ」


「あ、アナタは!?」


 言われてようやく思い出す――そうだ、間違いない。初めてゲームマスターと出くわした時、隣で助言をくれたナイスガイな冒険者ではないか。

 なるほど。どうりで見覚えがあったわけだ。

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