第16話

「行くぜ」


『カカッ、カカカ』


 こちらの言葉に応じるかのように歯を打ち鳴らす盾持ちスケルトン。決闘さながらの雰囲気が漂いだし、戦意のボルテージは右肩上がり。


「せやァッ!」


 決戦の口火を切るのは、僕の放つ横薙ぎの斬撃。

 素早く間合いを詰め、鋭く剣を走らせる。だが、敵も当然のように対応してくる。左腕に装備した盾を匠に操って難なく防ぎやがる――それのみか、抜け目なく反撃に転じてみせた。


『カカッ』


「食らうかよ!」


 敵の振るう報復の白刃が襲いくるも、負けじとこちらも盾で弾き返す。甲高い金属音が響き、左腕に痺れるような感覚が残る。けれどそれも一瞬のことで、ダメージとして蓄積することなく忽ち霧散した。


「おりゃあッ!」


 僕は怯まず反撃にでる。渾身の力を込めた袈裟斬りはガードされるも、手首を返して矢継ぎ早に連撃を繰り出した。しかしながら、返ってきたのは鉄を打つ硬い手応えのみ。


 そこでまた攻守逆転。

 連撃を凌がれ、攻勢に切れ目が生じる。敵はその間隙をついて剣を振りかぶった。ゆえに、こちらも慌てず盾を合わせて防ぐ。続けざまに放たれた追撃も同様だ。


「くっ、この!」


『カカカッ』


 一進一退の攻防が続く。目まぐるしく攻守を入れ替えながら互いに剣をぶつけ合う。幾度も剣戟音を響かせ、その度にオレンジの火花を撒き散らした。


 ミスをすればニアデスすることは必定。ひりつくような殺意の応酬により、僕の神経は一太刀ごとに薄く削がれていく――その反面、この状況を楽しむ自分が存在することに気がついた。


 これではまるで戦闘狂じゃないか。

 己の新たな一面を知り、つい口角が上がってしまう。

 けれど楽しい時間というのは、往々にして長くは続かないものだ――響く剣戟音が三十をこえた頃合いで、不意に勝負の均衡が崩れる。


 契機は、敵の放つ上段からの大ぶりの一撃。

 不用意なそのモーションを視認した僕は『ここが勝負どころ』と瞬時に判断し、覚悟を決めて一歩前へ踏み込む。同時に全力で盾を振りあげて、最高速へ達する直前の剣を弾き返す。

 見事に逆襲が決まり、敵の上体が盛大にかたむく――この両眼は、その致命的な隙を見逃さない。


『カッ』


 決着の刻は、驚くほどにあっけなく訪れた。

 僕が右手の白刃を夢中で横に走らせると、弧を描く斬撃はスルリと敵の背骨を通りぬける。 

 

「僕の勝ちだ――」


 ガラリ、と。

 最初に崩れ落ちたのは、盾持ちスケルトンの上半身。やや遅れて、下半身も後を追うように崩壊した。


 これですべての敵を戦闘不能に追い込んだ。とはいえ、地面に転がる長剣持ちと盾持ちの二体にとどめを刺す必要があったので、僕は順番に頭骨を踏み砕いて回る。

 程なくしてスケルトンパーティは黒い粒子となって消え去り、自分史上もっとも過酷な戦いは終結を迎えた。 


「少し、休憩が必要だな……」


 剣を横に一振りして鞘に収め、思わず呟いた。

 流石に息が上がり、気力体力ともに消耗している。むやみに先に進んで連戦するのだけは絶対に避けたい。


 でも階段まで戻るのも面倒だな……と悩みつつ辺りを見回せば、少し先の通路端に転がる巨岩が目に留まった。

 よく見れば、岩と壁面の間に身を隠せないこともない。あそこならモンスターに発見される可能性は低そうだ。他の冒険者の目にも留まるまい。


「なんか落ち着くなあ」


 さっそく岩の影に身を潜り込ませ、バックパックを背もたれにして腰をおろした。スペースは一畳にも満たないけれど、狭い場所が好きな僕にとってはかなり居心地のいい空間だ。

 聞いた話によると、狭いところが好きな男はマザコンの気質があるらしい。僕は亡くなった実母と、義母の秋穂さんが大好きなので当てはまっている。


「……それにしても、たった一戦で随分と消耗させられたな」


 バックパックから取りだしたカロリーバーをかじりつつぼやく。

 ソロ攻略は、5階層で既に限界ギリギリライン。たとえ自身がアタッカーだったとしても同じくらい苦戦していただろう。


 つまるところ、この先はいよいよ『パーティ攻略必須』の環境というわけだ。

 しかし、タンクの僕がパーティを探すとなれば前準備がいる。


 具体的に言うと、伊原さんから授かった助言に従い、パーティ加入交渉を有利に運ぶための『切り札』を入手しなくてはならない――要するに、タンクでも一考の価値あり、と思わせるだけのメリットを提示する必要があるのだ。


 一応、肝心の切り札に関しては目星がついている。

 当初は伊原さんの助言を参考に幾つかのパターンを想定していた。例えば隠し部屋の場所だとか、隠されたスイッチの在り処だとか、はたまた該当モンスターの討伐などなど。


 ところが、先行する者たちによってイベントダンジョンの全貌が明かされるとともに、僕の求める切り札についても特定が進んでいった。なんならネットに情報が載っているくらいだ。


 今は詳細を省くが、5階層を攻略したら切り札の捜索に時間を割くつもりでいる。

 後は、それを手に入れるだけの『運』が僕にあるかどうか。


 それ次第で『幽骨の試練』とやらに挑めるか否かが決まる――つまり、運がなければパーティを組めず、最下層にすら到達しないまま終わる。

 最悪は、ソロアタックを敢行してニアデスといった結末も覚悟している。


「……なんにしても、5階層の攻略が第一か」


 なんだかんだ考えていたせいか、スマホを見ると二十分ほどが経過していた。

 僕はカロリーバーの空き箱を潰してバックパックに押し込む。ついでにペットボトルの水を飲み干して休憩終了。


「よし、あと一踏ん張りだ。慎重に行くぞ」


 立ち上がり、5階層の攻略を再開する。

 以降は周囲の地形を利用して、可能な限りモンスターを避けて進む。いちいち戦ってなどいられない。時折マップアプリを確認し、他の冒険者の気配がない道を選ぶことも忘れない。


 ところが、骸骨迷宮はそう甘くなかった。

 僕がいくらコソコソ進もうとしても、絶対に避けられないような地点を中心にスケルトンパーティが配置されていたのである。


 そのため歩き出して早々、またもスケルトンパーティとエンカウントしてしまう。先ほどと同様に、盾持ち・長剣持ち・弓持ちの三体パーティ。


 鉢合うや否や、迷うことなく戦闘状態に突入した。

 今度は思い切ってこちらから仕掛ける。すると戦闘は、先程とは異なる展開を見せる――有効な戦法をとった影響か、僕は主導権を握り続けることに成功した。


 開幕早々に弓持ちスケルトンの撃破に成功し、次いで長剣持ち、最後に盾持ちの個体と順に仕留める。敵の防御に手を焼く場面はあったものの、僕は危なげなく勝利を収めた。


 金属製の武器は確かに脅威だが、使い手がスケルトンではたかが知れている。技量は低く、身体能力も劣る。

 まあ、だからといって油断できる相手じゃないことも確かだ。なので、僕は引き続きエンカウントを避けつつ攻略を再開した。


 だがしかし。

 やはり、ある程度の間隔はあくものの連戦は免れない。

 敵は例のごとくバランスのいいパーティ編成で現れる。おかげで中々に気の抜けない戦いが続き、二時間が経過した頃にはげんなりした顔でダンジョンを歩く羽目になった。


 けれど、悪いことばかりが起こったわけじゃない――幾度目かの戦闘に勝利した時のことだ。

 スケルトンパーティを討伐後、骸はお決まりのように粒子と化して消え去った。ところがその跡には、見慣れぬ一本の『青い牙』らしき物が残されていたのである。


「これは、ドロップアイテム……!」


 討伐されたモンスターは通常、何の痕跡も残さず消えていく。だが稀に、何かしらの物品を残して逝くことがある――それらの有体物を総称して『ドロップアイテム』と呼ぶ。


 しかも驚くべきことに、この『青い牙』はただのドロップアイテムの枠に収まらない――これはおそらく、イベントギミックに大きく影響を及ぶす類のもの。言うなれば、『イベントアイテム』というカテゴリに属する重要な物品である。


 なんでも最下層には、この青い牙を投じるための『杯型の炬火台』が設置されているようなのだ。加えて、この怪しいアイテムのドロップ報告がいくつか確認されている――あからさますぎて、これでイベントギミックと無関係だというのは無理がある。


 外見も先駆者たちが齎した情報と一致しているので、まず間違いない。何より心強いのは、伊原さんから授かった助言の一つとも合致すること。


「やった、運が向いてきたぜ!」


 喜びのあまり、握りしめた拳を何度も小刻みに上下する。

 これで後のパーティ加入交渉を有利に進められるはずだ――そう。このアイテムこそ、僕が求めていた『切り札』に他ならない。


 本イベントの目玉である『幽骨の試練』は目下のところ、最下層の炬火台に〝一定数の青い牙を投じた時点で発生する〟と予想されており、しかもドロップする数は有限と考えられている。

 つまり試練の開始タイミングに直接的に関与するわけだ。するとこのアイテムの貴重さが理解できるだろう。だからこそ、パーティ加入交渉の切り札となり得る。


「もしかして、けっこう簡単にパーティ組めちゃったりして……よし。さっさと5階層を攻略しちまおう」


 イベントアイテムのドロップは5階層以降のフロアでのみ確認されていて、本来は第一フェイズの後半に捜索する予定だった。ところがそれを待たずして入手できたのは僥倖である。

 僕のテンションは一気に最高潮へ。先ほどまでの疲労が嘘のように消えさり、足取りも軽く攻略を再開した。


 言うまでもなくエンカウントは最小限に抑え、他の冒険者とも遭遇しないようなルートを選択して進む。

 そして、戦闘と休憩を繰り返しつつさらに三時間が過ぎ――


「あれは、『転移装置』だ……!」


 僕はドーム状の広い空間にたどり着く。その中心には、見覚えのある水晶と機械の融合体のような装置が存在する。イベントダンジョンということもあり、中層階にもかかわらず特例的に転移装置を利用できるのだ。


 どうやら周囲はセーフゾーンになっているらしく、多くの冒険者の姿を確認できる。またガヤガヤとした人の気配がゴールの実感を強めるのに一役買っていた。


「ようやく到着だ」


 広間の端で足を止め、こみ上げてくる喜びと達成感を噛みしめる。

 僕は約十六時間にも及ぶ道程を踏破し、ついに5階層最奥への到達を果たした。ソロでたどり着けたことを思えば感激も一入だ。


「…………さて、帰るか」


 ずっと余韻に浸っていたい気分ではあるけれど、僕にいま必要なのは休養だ。何せ『第二フェイズ』が後に控えているのだから。 


「これでよし、と」


 転移装置のタッチパネルに触れて機能をアクティベートする。盾を外してバックパックで目立たぬようにしていたおかげか、他者の視線を集めはしたものの文句をつけられることはなかった。

 続けて僕は機能を作動させ、『初めてのテレポート体験』に瞠目するといった一幕を挟み、イベントダンジョンから無事に帰還するのだった。

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