第10話

 冒険者がスキルを獲得する場合、正規の手順では『スキルスクロール』という魔法の巻物を介する必要がある――ゲームマスターの手中ある物がまさにそれだ。サイズはA4ほどの大きさで、素材は羊皮紙っぽい謎マテリアルと聞く。


「夜月くんは、スキルスクロールを見るのは初めてかい?」


「はい。動画なんかではありましたけど、実物はこれが初見です」


 僕は既にスキルを二つ所持している。だがそれらは冒険者登録時のスタートアップスキルとして獲得したもので、必要費用を支払った後にシステム上で追加された。ゆえにスキルスクロールの現物は見たことがなかった。


「使い方は知っている?」


「一応は。魔力を流せばいいんですよね?」


「そうそう。スクロールに手をついて『意識』すれば自ずと理解できるはずだよ」


 言って、ゲームマスターはスキルスクロールをテーブルの上に広げる。

 表面には五芒星や六芒星をはじめ、様々な幾何学模様で構成された複雑な図形が刻印されていた。創作物によく見る魔法陣といった印象で、いかにも魔法の巻物といった風情だ。


「夜月くん。協力の証として、これをキミに進呈しよう」


「え!? でも、かなり高額な物なんじゃ?」


「なあに、気にすることはないさ。何度も言うけど、これは協力の証なんだ。ぜひとも受け取って欲しい」


「マジか……!」


 スキルスクロールは超高額品だ。最低でも百万円を下ることはなく、習得できるスキルの内容によっては天井知らずに値を上げる。


 僕の所持する二つのスキルだって、あわせて五百万円ほどの代価を取られている。タンク向けのスキルは需要がなく、他ロール向けスキルに比べて安価だったにもかかわらず。

 それを気前よく差し出すなんて……流石はダンジョンの創造主。


「ていうか、僕でも習得可能なんですか?」


 スキルには『習得条件』が設定されている。大抵が、ステータスの各種パラメータが特定値に達しているか、などだ。それによって各ロールの個性がよりいっそう際立つのである。


「もちろん可能だとも。ステータスのDEF値が『E』以上、それがこのスキル――《ジャストガード》の習得条件だよ」


 僕のステータスのDEF値は『E』なので、ちょうど習得可能だ。多分、こちらのステータスに合わせて見繕ってくれたのだろう。


「《ジャストガード》は遥か格上の敵にさえ通用するスキルだ。使いこなせれば、どのような劣勢にあろうと必ずや勝機を見出すことができるだろう。ただし、発動にちょっと『難』があるのだけれどね」


「難、ですか?」


「特殊な『発動条件』を満たす必要がある。まあ、習得すればすぐに理解できるよ」


「そうですか。でも、本当にこれ大丈夫なのか……? ゲームマスターが特定の冒険者に肩入れするのってルール違反だったりしません?」


「おや? 夜月くんは、目の前にいる存在のことをイマイチ理解しきれていないようだね」


 そうだった。腑抜けた金髪のおっさんにしか見えないし、やたらフランクなので実感に乏しいけれど……この男は、紛うことなき理外の絶対者だ。


「そう、ワタシはゲームマスター。すなわち、ルールブックそのものさ」


 胸に手を当て、どや顔で宣言されてしまった。だが、彼は「それでも気が引けるなら」と付言する。


「こちらは協力の報酬として、夜月くんの冒険を観察して楽しむつもりだからね。ゆえにここは、両者両得の取引ということで受け取るといい」


「なるほど。じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」


 後ろめたさが完全に消えたわけではない。

 しかし、僕には手段を選り好みしている余裕などありはしない。


 元から抱いていた『日本一の冒険者』という夢に、『タンクの復権を果たす』というミッションが追加されたのだ。端的に言って達成難易度はルナティック。

 そんなわけで、ありがたく受け入れることにしたのである。


「さっそくスキルを習得させてもらいますね」


「遠慮せずやってくれたまえ」


 僕は少しドキドキしながら、テーブルに広げてあるスキルスクロールの中心に手のひらを置く。それから普段スキルを使うのと同じ要領で、体内にある魔力を腕伝いに流し込む。

 その途端、魔法陣がぼんやり発光する。


「ん? うわっ!?」


 間髪入れず、次々と光の粒子が立ち昇り始めた。そして渦を巻き、僕のおでこへ吸い込まれていく。

 するとほどなく、僕は劇的な変化に見舞われる――《ジャストガード》に関する情報が、濁流のごとく脳内へ流れ込んできた。

 この感覚を形容するならば、まさしく『インストール』という単語をおいて他にない。


「ちゃんと習得できたみたいだね。ほら、見てごらん」


 すべての粒子が吸い込まれるや否や、ゲームマスターはスクロールを指差した。僕はくらくらする頭を無理やり働かせて、つられるように視線を動かす。


「……あ、模様が消えてる」


「スキルを正常に習得できた場合、表面の魔法陣はきれいサッパリ消失する。だからどのスキルスクロールも使えるのは一度こっきり。当然このワタシがデザインしたわけなのだけど、どうだい? なかなか趣味の良いギミックだろう」


 ふふん、と。

 まるで一端のクリエイターみたいな口ぶりのゲームマスター。なんだか鼻についたのでサラッと流す。


「それで、《ジャストガード》の発動条件は理解できたかい?」


「ちょっと待ってください。えっと……」


 僕は《ジャストガード》の発動条件を思い浮かべる――敵の攻撃をガードした瞬間から『0.5秒』以内のタイミングでスキルを起動すること。加えて起動には明確な意思と、攻撃を跳ね除けるという『トリガーアクション』を必要とする。


「これ、相当シビアなスキルですね」


 要は攻撃を受けるのとほぼ同時に、盾をはねのけるなりしなくちゃならない。

 ちょっと難がある、どころの話ではない。恐らく、達人の域を超えてようやく使いこなせるかどうか、といったレベルのスキルだ。


「ただ、それに見合うだけのポテンシャルを秘めている」


 まったくもって同意である。

 スキルの効果は、『受けた攻撃の衝撃すべてを対象に反射する』といったものだ。しかもその際、受けるはずだったダメージは完全に無効化される。


 発動に成功すれば、敵は確実に致命的な隙を晒す。うまく使えば、攻防の主導権を完全に掌握することすらも可能となるだろう。


「かなり強烈なスキルですね。発動さえすれば、ですけど」


「まあね。でもそこはアレだよ、友情・努力・勝利の精神でなんとか頑張ってみてよ」 


 少年マンガじゃあるまいし、ちょっと適当すぎない? 

 いや、暗に『少年マンガのような情熱を持って修行しろよ』的な意味が込められているのかも。


「あとは……」


「え、まだあるんですか?」


 驚いたことに、ゲームマスターはさらなる恩恵を授けてくれるつもりらしい。


「もちろんさ。夜月くんは日本一の冒険者を目指すのだろう? ならば、今よりうんと成長する必要がある――だからその機会を提供しようと思ってね。まあ、成長できるかどうかはキミ次第にはなるけれど」


 あれ、なにやら嫌な予感がぷんぷんしてきたぜ。


「具体的には、新人冒険者を対象にした『イベント』を近々開催するとしよう。そうだな……新人だけが入場できる専用ダンジョンでも用意しようかな。夜月くんがあっと驚くようなギミックを用意しておくよ。いやあ、実に面白くなりそうじゃないか」


 なんというやぶ蛇……過去に開催されたイベントでは、実に多くの冒険者がニアデスしている。リスクを回避したいなら不参加の一択だ。


「イベント参加は強制ですか?」


「無理強いなんてしないよ。けれど夜月くんが拒否するなら、どうしても参加したくなるようにワタシが動くまでさ」


 それを強制と言うのでは?


「……ちゃんと参加しますから、絶対に余計なことしないでください」


 自ら進んで藪をつつく必要もあるまい。それに冒険者として成長できる機会があると言うのならば、むしろ望むところだ。僕だって、伊達や酔狂で日本一を目指しているわけじゃないのだから。


 ***


 ゲームマスターに『イベント参加』を確約させられた後、また少し会話してから店を出て別れた。その後、僕が向かった場所は当然ながらダンジョン。

 明日も学校があるので遅くまでは無理だけど、まだ小一時間ほど猶予が残されていた。


「やっぱりパーティ組めなかったなあ」


 ダンジョンの2階層――暗褐色の洞窟を進みながら一人ぼやく。

 広大な通路は相も変わらず、松明風の照明装置のおかげでわりと明るい。一方、僕のパーティ事情に関する見通しはとても暗い。


 一応、本日も声はかけたのだ。例のごとく最上階層で、新人冒険者らしき集団にどうにかパーティへ加えていただけないかと。もちろん結果はお察しで、おまけの罵声も沢山いただいた。


「マジで、早い内に何とかパーティを組まねば」


 夢を叶えるためには、より深い階層へ進む必要がある。タンクの復権に関しても然り。けれど攻撃力に乏しいタンクでは、進むごとに強さを増していくモンスターを相手取ることは難しい……いや、そもそもソロでダンジョンに挑むこと自体が間違いなのだけど。


 何にせよ、このままでは上層を徘徊するのが精一杯。当然ながらステータスは成長しないし、状況も依然デッドロックしたまま。

 まったく、高い目標に対してなんたる体たらく……と、普段なら自己嫌悪に陥ってしまうところだ。


「でも、今の僕はひと味違うぜ」


 今回はいつもと違い、うきうき気分で2階層へとやって来た。

 ご機嫌な理由は言うまでもなく、ゲームマスターより授かった新たなスキル。この階層に出現するモンスターは貧弱なゴブリンのみなので、《ジャストガード》の効果を試すにはお誂え向きなのである。


「お、出たな。しかもお誂え向きに一体だけ」


 軽快な足取りで徘徊する僕の前に、さっそく一体の棍棒持ちゴブリンが立ちはだかる。

 待望のエンカウント。いきなり実戦練習の機会に恵まれ、思わず舌なめずりしてしまう。


「よし、かかってこい!」


『グギャッ!』


 先攻は相手に譲る。

 棍棒を振り上げながらドタドタ駆け寄ってくるゴブリン。対する僕は佩剣を抜き、盾を構えて《ジャストガード》の発動体勢を整える。


 発動条件は、敵の攻撃をガード(受けた)した瞬間から『0.5秒』以内にスキルを起動すること。加えて発動には明確な意思と、攻撃を跳ね除けるという『トリガーアクション』を必要とする。


 大抵のスキルは容易く使用できるが、稀に行使に難があるタイプのスキルも存在する。《ジャストガード》はその最たる例の一つ。

 間違いなく、並の冒険者じゃあ使いこなせまい……つまり並にも届かない僕の場合、発動までに多大なる努力を要求されることは確実である。

 ところが、次の瞬間。


「よっ、しゃあ!」


『グゲッ!?』


 敵の棍棒の衝突にあわせて盾を撥ねのけると、意外にも《ジャストガード》が発動する――空気を割るような轟音が鳴りひびき、白光を宿す盾の表層から爆炎の如く衝撃波が奔出。その逆襲を浴びたゴブリンは弾かれたように体を仰け反らせ、大きく体勢を崩す


 対して、こちらはダメージどころか打撃を受けた振動すら感じていない。敵の攻撃はみごとに無効化されおり、戦闘の主導権を完全に掌握していた。


「はッ!」


 絶望的な隙を晒すゴブリン目掛け、反撃の刺突を放つ。

 狙い過たず、剣は深々と胸部を穿つ。

 致命の一撃。


『グギャアアッ!?』


 青血を零しながら崩折れるゴブリン。

 僕は流れるような動作で急所に追撃を加える。ややあって敵は息絶え、粒子化してかき消えていった。


「《ジャストガード》……発動したな」


 驚いたことに一発目から成功した。

 これは、己が秘めた才能の為せる技か……あるいはただのフロックか。


 それにしても、想像以上に強烈なスキルだった。反発する衝撃によって敵は体勢を崩すが、こちらはまったくのノーダメージ。発動に成功すれば間違いなく優位に立てる。


「《ジャストガード》を自在に発動できたら、僕もパーティメンバーとして認められるかも」


 有用なスキルを使いこなす優秀なタンクであれば、パーティ結成も夢じゃないはず。途端に光明を見出したような気分になった。


「よし。鍛錬あるのみ」


 僕は発動に難があるスキルを体得するべく、次の練習相手(ゴブリン)を求めて再び2階層の徘徊を始める。

 だが、結果から言ってしまうと……以降はいくら頑張ってもスキルを発動することができなかった。戦闘を繰り返すこと十数回、たったの一度も。


 やはり一朝一夕で身につくようなものではないらしい。必然的に、成功した一発目はただのまぐれ当たりと確定するのだった。再現性がなさすぎて実戦で使うのは難しそうだ。

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