第9話

「それでね、ワタシはこう思うわけだ。『アタッカー至上主義』によるアタッカーオンリーのパーティ編成はただの思考停止に過ぎず、さらには日本の冒険者全体の実績が低迷した元凶であるとね。それも数字にすると一目瞭然で――」


 僕とゲームマスターが喫茶店の一席に腰を落ち着けてから、かれこれ二時間ほどが経つ……。

 最初は良かったのだ。在りし日の両親の話を聞けて、僕は非常にご満悦だった。

 ところが、その後が良くない。


 何を思ったかゲームマスターは、近ごろの『パーティ編成のトレンド』について文句を垂れ始めた。延々と。


 両親の話は別として、なんで僕にそんな話をするのか謎である……おまけに長すぎて、「何でも注文するといい」といわれ頼んだコーヒーはとっくに空。おかわりさせろ。

 ちなみに、店内にいる客は僕ら二人のみ。他の客は、このお喋り男の来訪を察知するなり泡を食って逃げだした。災いが飛び火することを恐れたに違いない。


「夜月くん、ワタシの話をちゃんと聞いているかい?」


「……ええ。要するに、今や定番となった『アタッカーパーティ』が気に食わないって話でしょ」


「気に食わないわけじゃあないけどね。いや、似たようなものか」


 ゲームマスターが何を不満に思っているのか。

 端的に言えば、近年は定番化してしまった極めて偏ったパーティ編成、所謂『アタッカーパーティ』に関して――ひいては、その根幹をなす『アタッカー至上主義』についてである。


「率直に言って、『アタッカー』だけでパーティを組むなんてあまりにも非効率だ。戦闘は単調になり、まったく面白みもない。夜月くんもそう思うだろう? ワタシは断固として今のトレンドには反対だね」


「まあ、そうですね。個人的には同意です」


 冒険者は通常、ダンジョン探索に挑む際には複数人でパーティを組む。

 人数は『レイドパーティ』などの例外を抜きにして、最小二人〜最大八人。この人数制限は、目の前のゲームマスターによってシステム的に縛られている。


 そしてパーティを編成する際は、各メンバーが得意とする戦闘スタイルによって役割(ロール)を分担する、という形が基本だった。

 役割(ロール)は大まかに分けて、『タンク・アタッカー・ヒーラー』の三つ。


 第一に、タンクは防御を担当する。

 最前線に立ち、敵を己に引きつけることで味方に行動の自由を齎す。戦況をコントロールすることで、パーティメンバーは高火力の攻撃を効率よく繰り出すことが可能となるのだ。

 その役割上、タンクのステータスは『防御力特化』が望ましい。また盾を装備するのが一般的なことから、『盾持ち』や『盾職』とも呼ばれる――もっとも重要なのは、僕が志望する役割(ロール)であるという点だ。


 第二に、アタッカーは攻撃を担当する。

 タンクが引きつけた敵に対して、効率的に攻撃を加えていくパーティのダメージディーラー。

 近接・遠隔とパターンはあれどもやることは変わらず、総じて攻撃的な役割を担うことから『攻撃職』とも呼ばれる。


 第三に、ヒーラーは回復、及び補佐を担当する。

 ダメージを受けた味方を回復する癒し手だ。他にも状態異常の解除など、文字通りパーティの生命線を担う。その性質から『支援職』と呼ばれることも多い。


 基本的には、この三役をバランス良く配したパーティが理想的とされていた。

 ところが昨今のトレンドでは、アタッカーオンリーでパーティを編成することが絶対視されている――つまるところ『アタッカー至上主義』の正体とは、このような結論に至る思想そのものといえる。


 これに影響される形で、冒険者のステータスは自己完結可能な『バランス型』が絶対正義とされ始めた。


「そもそもの原因は『タンクの凋落』、要は気合いの入ったタンクがいなくなっちゃったせいだよね」


 ため息交じりに頬杖をつくゲームマスター。

 いま彼が口にしたのは、『アタッカー至上主義』が蔓延した根本的な理由――いささか精神論により過ぎではあるが、わりと的を射た解釈だ。


「仕方ないですよ。だってタンクやるのって怖いし、めちゃくちゃ大変ですし」


 僕の感想はこれに尽きる。

 半世紀前のダンジョン誕生よりしばらく、タンクは戦術の要とされ重宝されてきた。

 最前線で敵のヘイトを一身に集め、戦況をコントロールしながらパーティ全体の生存率を高めることに大きく貢献していたのだ。


 しかしながら、ダンジョンの探索が進むに連れモンスターの脅威度はあがっていく。敵はより強く、より強大になっていった。

 すると必然、最前線に立ち続けるには『揺るぎない勇気』や『優れた判断力』を始め、数多くの資質を要求されることとなる。


 だから、無理もないことだった――戦線を維持できなくなるタンクが現れ始めるのは、避けようのない流れだったのだ。


 強大なモンスターの攻撃は、時にミサイル兵器の威力すらも凌駕する。タンクはそれに対し、盾を構えて正面から立ち向かう……ハッキリ言って正気の沙汰じゃない。

 冒険者の『死(ニアデス)』は擬似的とはいえ、いかんせん痛みは紛れもなく本物だ。恐怖心を抱かない方が難しいわけで。


 そのような事情から、『タンクが怖気づいて守るべきパーティを危険に晒す』という本末転倒の事態が多発したのだった。


「それに加えて、『岩政氏』の逃亡がダメ押しだったよね」


「……その岩政氏は、逃亡したわけじゃありません」


「おや? やはり夜月くんも真相を知る一人だったか」


「当然です。父と僕、親子二代の師匠にあたる人なので」


 ヘマを積み重ねるタンク、年々強まる風当たり。

 そんな時流の中、ショッキングな事件が発生した。また該当の事件こそが『タンクの凋落』を決定づけたとされている。


 事件の概要はこう――とある有名パーティのタンクが、凶悪なモンスターとの戦闘中に恐れをなして逃走した。しかも後味悪く、残されたメンバーは全滅してしまう。


 まあ、真実は大きく異なるのだけど。

 逃走したとされるタンクの名は『岩政将次郎』といい、何を隠そう僕と父に盾の扱い方を仕込んだ師匠なのだ。ゆえに当然、張本人から詳細を聞きだしている。


 真相をかいつまんで説明すると、次のようになる――パーティメンバーが「深層に挑戦しよう」と言いだし、タンクを務める師匠は「実力不足だ」と反対した。すると意見の相違から口論になり、おまけにあることないこと詰られ、最終的にダンジョンの内部でパーティを離脱する決断を迫られた。


「まったく、酷い話もあったものだね。岩政氏は優れたタンクだったのに」


 ゲームマスターのいう通りだ。タンクが抜けた途端にパーティが全滅したことで、図らずも師匠の実力の高さが証明されている。


 だがあろうことか、岩政将次郎のパーティ脱退は『タンクの逃亡』という虚報に塗り替えられ、瞬くまに拡散されて誰もが知るところとなる。流出源が全滅した仲間たちであったことは言うまでもない。さらに、元が注目度の高いパーティだったことも災いした。


 こうしてタンクの名誉は失墜し、急速に凋落する。

 折り悪しく、似たような事件が少なくない頻度で発生していたことも拍車をかけた。


 パーティ全体のミスをタンク一人に押し付けるなど、タンクに対しては何を言ってもやっても問題ない、という風潮が生まれたのもこのとき。

 その結果、タンクを務める冒険者は次々と引退していった。あるいは引退を余儀なくされた。


 以降、僕の父が活動していた年代を最後に、ぱったりと盾持ちの冒険者は姿を消す。あわせて戦術上の理由からヒーラーも大きく数を減らし、日本ダンジョン界において『アタッカー至上主義』は一強体制を固めた。


 そして、現在。

 タンクの扱いは最低最悪のどん底。


 盾を持つ冒険者は無条件で『害悪プレイヤー』のレッテルを貼られ、集団いじめよろしく激しく非難される。中には進んで暴力を振るう者だっている――このような、特定の冒険者に対する横暴がまかり通る土壌がすっかり形成されてしまっている。


 それゆえ、盾を装備してダンジョンへ挑む僕は散々コケにされてきたのだ……にしても、過剰と言わざるを得ない。確かにタンクはヘマを積み重ねてきたが、代償にしてはやりすぎだ。


「正直、タンクを晒し者にする現状には目も当てられないよ。他者を攻撃して自分の優位性を見いだそうとする、人間の悪いところの一つだね」


 ゲームマスターの苦言に対し、人間の僕は苦笑いを浮かべることしかできない。

 ともあれ、かつて守護の要として脚光を浴びていたタンクは、今や長きに渡って如法暗夜の闇のなか。


「だが――明けない夜はない!」


「うわっ!?」


 ゲームマスターは大声をだすとともに突如立ちあがり、びっくりして仰け反る僕を指差す。続けて満面の笑みで宣言した。


「キミが、タンクを復権させるのだ!」


「………………あの、とりあえず座ってもらってもいいですか?」


 いちいち僕を驚かせるのはご遠慮願いたい。

 そんなこちらの心境にはいっさい配慮せず、ゲームマスターは立ったまま身振り手振りを交えて会話を続行する。 


「ワタシの一番の楽しみは、個性豊かな冒険者たちが己の長所を発揮しあうパーティ戦闘を観察すること。まあ、本来の趣味は冒険者たちの観察だけどね。そのためにダンジョンを作ったと言っても過言ではないよ」


 目の前の自由人いわく、趣味は『冒険者たちがダンジョンで繰り広げる悲喜こもごものストーリーを観察すること』なのだそうだ。とりわけ、命懸けゆえに工夫を凝らして行われるモンスターとの戦闘が大好物だったと……いや、どうやって観察してるんだ?


「観察方法については機密事項だ。さておき、『アタッカー至上主義』こそがワタシを苛む退屈の元凶であることは明白。メンバーがアタッカーオンリーで、しかも全員が似たような戦闘スキルを所持しているようなパーティの戦闘なんて、単調すぎて見る気もおきないよ」


 アタッカーパーティの戦術思想は単純明快、ただひたすらに各個撃破あるのみだ。

 基本はメンバーそれぞれが任意の敵を相手取り、撃破した順に加勢して回る。個人の戦法はヒット・アンド・アウェイで、数によって多少展開は変わる。

 

 また攻撃も回復も全て己が担当。パーティを組むメリットである『人数差』を活かす局面は存在するものの、他の戦術の介在余地はほぼナシ。加えて、モンスターのヘイト(敵視)管理やスキル面の問題によりヒーラーの席もなし。


「特にさ、格上の相手にすこぶる弱いのが問題なんだよ」


 ゲームマスターの指摘は実に正しい。

 アタッカーはそもそも耐久面に劣る。ゆえに格上を相手にすると『事故』を起こしやすく、不意の一撃から数的不利に陥ってまたたく間に全滅、なんて事例も珍しくないのだ。


 そのため、昨今では格上のモンスターに挑む冒険者はめっきり減っている――しかもこの問題が、また別の問題へと発展している。


 それをシンプルに表すと、『ダンジョン攻略の停滞』となる。要は大多数の冒険者がリスクを恐れるあまり、適正未満の階層に入り浸っているのだ。

 当然、日本の冒険者全体が獲得する『DP』の総量も減少傾向にある。より下層に出現する凶悪なモンスターほど『DP』のドロップ効率が高いためだ。


 これに付随して、冒険者全体の『ステータス成長率』も低迷状態にあるらしい。

 ステータスは、モンスターを討伐した際に得られる『経験値』というリソースの蓄積によって上昇する――ただし、討伐するモンスターの『強さ』によって獲得効率が異なる。


 大雑把に言えば、自身より弱いモンスターを討伐しても経験値は得られず、同格で少し、格上で大量、といった具合だ。

 従って、格上に挑戦しない傾向が強い昨今では冒険者のステータスはほぼ頭打ち。

 これらの問題は、間違いなく『アタッカー至上主義』によって引き起こされた弊害である。


「断言しよう。死力を尽くしてモンスターと戦い、ダンジョンの攻略を進めることこそ冒険者の本懐である――つまりワタシは、人間の命の輝きが見たいのだよ! だから環境を変えるべくタンクには復権してもらう必要がある。そこでキミだ!」


 ゲームマスターの嗜好は極めてどうでもいいけれど……早い話、タンクの僕が活躍して革命を起こせと言っているのである。

 ダンジョン探索もままならぬソロの身にとっては非常に難易度の高いミッションだ。


「夜月くん。キミは『日本一の冒険者』を目指しているのではないかい?」


「なぜそれを……」


「懐かしいね。英雄くんは、事あるごとに『日本一の冒険者になる』と自身の夢を口にしていたよ。夜月くんが彼の意思を継いで冒険者になったと言うのなら、簡単に察しはつくさ」


 ゲームマスターが腰をおろしながら述べた予想は大正解。

 僕の目標は『ダンジョン最高到達階層の日本記録更新』――すなわち、夢は『日本一の冒険者』になること。

 しかし実のところ、それは父が生前によく語っていた夢なのだ。元々は師匠の汚名を雪ぐために言い出したことらしいのだけど。それを僕が、勝手に引き継がせてもらったのである。


「ちょうどいいじゃないか。夜月くんが日本一になれば、必然的にタンクの復権は叶うだろうからね。ついでみたいなものさ」


「ついでにしてはヘビーすぎる気もしますが……」


「大丈夫。ワタシが協力すると言ったろう? ちょっとステータスを見せてくれるかな」


「はあ」


 正直なところ、『協力』とやらが悪い方に作用しないか疑心暗鬼ではある。が、とりあえず要望に従ってスマホをテーブルの上に置く。もちろんステータスアプリを起動して、僕の情報を画面に表示した状態だ。


「ふむ。この感じなら、《ジャストガード》なんてちょうど良さそうかな」


 ステータスを確認したゲームマスターは、とあるスキルの名称を口にする。次いで、ふところから筒状に丸めた羊皮紙らしき物を取りだす。いつの間に用意したのだろうか……。


「それは?」


「これは、スキルスクロールさ。そして、協力の証でもある」


 僕の問に対して、不敵な笑みを添えた答えが返ってくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る