第5話

 ダンジョンの最上階層。

 そこには、石壁で構築された安全空間のみが存在する――体育館ほどの広さを持つ空間で、一般的に『転移広間』などと呼ばれている。

 広間の中央部には『転移装置』という特殊な設備が存在しており、それにちなんで命名されたらしい。


 そして肝心の転移装置はというと、極めてファンタジーな性質を宿すことで知られている。

 外観からして、地面から生えた水晶と機械の融合体、といった具合で相当にファンタジーしている。加えて、なんと『ダンジョンの特定階層にテレポートする』という機能を備えているのだ。


 ただし特例をのぞき、テレポートできるのは1階層を含め、11階層や21階層などの『末尾に1の付く階層』に限られる。さらに、事前に踏破している場合に限る、という条件を満たしておく必要がある。


 転移機能に関しては『ゲート』と類似しているので、正直なところやや新鮮味に欠ける。が、極めて有用な装置であることは言うまでもない。何度も同じ階層を往復せずに済むのだから。


 また、装置の利用は『優秀な冒険者の証』としても認知されている。

 単純に11階層以下への進出自体が困難なうえ、稼ぎの桁も変わってくるからだ。逆に装置を利用できない冒険者はアマチュア扱いされる。


 当然ながら、今ところ僕には縁のない設備だ。

 むしろソロでいる内は、ほぼ確実に利用機会は訪れないだろう。


 ダンジョンを進めば進むほど、出現モンスターの脅威度は上昇していく。ゆえにソロでの11階層到達など夢のまた夢。現に3階層からは、早くもパーティでの攻略が推奨されている。

 よってアマチュアを脱するためにも、ダンジョンを共に攻略する仲間の獲得が急務。パーティさえ組むことができれば、いずれ11階層に到達することだって不可能じゃない。


 もとより、『ダンジョン最高到達階層の日本記録更新』が僕の目標だ――すなわち、『日本一の冒険者』の栄光を掴み取ることが僕の夢となる。


 ソロでは決して叶いはしない。だから転移装置云々は関係なしに、一刻も早くパーティメンバーを探す必要があった。

 と、いうわけで。

  

「あの、パーティを組みませんか?」


「ソロで孤独にくたばれ、クソッタレの盾職が」


 転移広間には本日も、やはりそれなりの数の冒険者がたむろしていた――明るく安全で、実質的なダンジョンのスタート地点ということもあり、最終チェックなどを行う場となっているのだ。


 見る限り、例のごとく小洒落た装備で身を固めている者が多い。

 そこで、息をするようにパーティメンバーを求めて声をかけて回る僕である。

 けれど、本日も返答はなかなかに辛辣。


「すみません、パーティに空きがあったら加えて欲しいのですが」


「目障りなんだよ、害悪盾ヤロウ」


「きえろゴミカス」


 盾を持っているだけでこの扱い……何より場の空気がヤバい。僕が声をかけて回っていると、ぶん殴られかねないほどにまで冷え込んでいった。

 つよつよメンタルの僕でも流石にちょっとキツイ……仕方ないから仲間探しはいったん諦め、今日もソロで2階層の探索に挑むとしよう。明日も学校なので時間も限られていることだし。 


 決断したら迅速に行動する。

 僕は固定バンドを外し、背中にあった盾を左腕に装備した。

 それから穏やかならぬ視線を向けてくる冒険者たちの元を離れ、広間の最奥へ一人向かう。


 ダンジョンの攻略、それすなわち深層への侵攻である――下層への移動は『転移装置』などの例外を除き、基本は各フロアに設置された『階段』を経由して行われる。帰路もまた然り。そして階段の在り処は、たいていがフロア最奥と相場は決まっている。


 現に広間の最奥へ行きつくと、下層と通じる階段がぽっかり口を開けていた。

 側壁に掛かる松明の炎が不規則に揺れている。

 まるでバケモノが大口を開けているみたいだ――昨日この階段の前に立った時、僕はそんな印象を抱いて思わず足を止めてしまった。


 しかし既知のルートなので、本日は躊躇せず長い階段を下り始める。

 程なくして、僕は2階層に到達した。


 ゴツゴツした暗褐色の岩盤で形成された広い通路が、緩やかに蛇行しながらずっと先へ伸びている――ダンジョンの2層階は一般に『洞窟階層』と呼ばれる構造をしており、至る所で重厚な鍾乳石や石筍などを目にすることができた。


 また通路の側壁には、煌々と燃える松明が等間隔で設置されている。多少の薄暗さは残るものの、おかげで見通しは悪くない。


 余談だが、ダンジョンのあらゆる所で見かけるこの松明……ネット情報によると、松明を模した謎の照明装置なのだそうだ。ゆえに消えず、酸欠の心配も無用らしい。

 製作者は当然ゲームマスター。というか、ダンジョンに関連する不思議な物は大抵がゲームマスターのお手製だ。


 それはさておき。

 僕は色彩の乏しい岩窟を進みつつ、あらためて2階層の情報を頭のなかで整理する。


 この階層は、ダンジョン最弱のモンスターのみが出現することで有名だ。

 具体的にいうと、棍棒を持った緑肌の小鬼――すなわち『ゴブリン』だけしか出現しない。したがって攻略難度は非常に低く、新人冒険者が戦闘に慣れるのに適した階層とされている。


 ただ他にまったく旨味がないので、すぐ下の階層に移るのがセオリーだ。というのも、2階層ではほとんど『DP』が獲得できないのである。


 ゲームマスターとの取引に利用される『DP』は、今や万能デジタル通貨として高い価値を持つ。また肝心の獲得方法はというと、唯一ダンジョン活動に限られる。

 つまり冒険者とは、ダンジョン活動を経て獲得した『DP』を自国通貨に換金して収入を得る職業なのだ。


 そして、ここで言う『ダンジョン活動』とは、主にモンスターとの戦闘行為を指す――要するに、RPGよろしくモンスターを討伐するとお金が手に入るわけだ。


 ところが、2階層のゴブリンを討伐して手に入る『DP』は雀の涙以下。

 その額わずか『0.1DP』で、現在の換金レートからするとたった十円。


 考えるまでもなく、普通のアルバイトでもしている方が断然効率的だ。そもそも冒険者になる際には一千万円ほどの費用を要求されるので、延々とゴブリンを相手にするなんてリスクとリターンが釣り合わない。


 そのような理由から、2階層を探索する冒険者は極めて少ない。

 通過するだけの階層、それが多くの者の認識だ。


 僕としても、本当はさっさと下の階層に進みたいところである。しかし3階層は難易度が上がり、新人の場合は『二名以上のパーティ』での攻略が推奨されているわけで。


「パーティでの攻略か……盾持ちにとっては高いハードルだよなあ』


『――グギギッ』


 意外にも独り言に反応があった。

 いや、そうじゃない。すこし湿り気を帯びたダンジョンの空気にのり、遠くから濁声が流れてきただけだった。当然ながら人間の声でもない。


「ぐだぐだと考え事をしている場合じゃなかったな」


 いくら2階層とはいえ、ここはダンジョン――死なないという保証はどこにもない。

 僕は意識を切り替えて通路の先に目を凝らす。すると、壁面の凹凸によって生じた闇の中にモンスターの姿を視認できた。距離は三十メートルほどだろうか。

 数は四体。例によってすべて棍棒持ちのゴブリンで、便宜的にA〜Dと命名。


「よし、やるぞ」


 気負いはない。既に実戦の洗礼は体験済み。

 呼吸を整えつつ戦闘態勢に移る――左腕の盾を構え、腰の佩剣を抜き放つ。そして鞘走りの音がダンジョンの薄闇に溶けていった。

 次の瞬間、僕は敵集団の先頭に向かって突撃した。


「《シールドバッシュ》!」


 先制攻撃。

 ステータスによって強化された脚力を存分に活かし、迅速に距離を縮める。そしてタイミングを見計らってスキルを発動し、盾による攻撃を強化する。


「――ふッ!」


 激突の瞬間、僕は輪郭に白光を宿す盾をかちあげる。

 鳴りわたる殴打音、腕に伝わる衝撃、濁声をばら撒きながら吹き飛ぶゴブリンA。魔力を消費して発動するスキルは強烈な威力を発揮した。


 初撃に《シールドバッシュ》を選択する戦闘術は、かつて盾持ちの冒険者として一線で活動していた我が師より伝授されたものだ。

 次撃、見舞うは斬撃。


「せやッ!」


 吹き飛んだゴブリンAは捨て置く、どうせ暫く立てはしない。

 僕は小刻みにステップを踏み、間近にいたゴブリンBに肉薄する。間合いに入るやいなや剣を振るい、がら空きの胴体に容赦ない一撃を打ちこむ。


『ゲギャッ!?』


 鈍色の刃が標的の脇腹に深々と食らいつく。間髪入れず前蹴りを繰り出し、反動に合わせて剣を引き戻す。

 直後、崩れ落ちるゴブリンB。モンスター特有の青い血液と、汚い呻き声を撒き散らしながらのたうち回る。


 これで二体ダウン。残りは左方のゴブリンCと、どうやらもう一体は後ろに回り込んだらしい――素早く首を振り、周囲に視線を走らせ、瞬時に状況把握を済ませる。

 と、僕は左方をガードするように盾を構えた。


『ギギャッ!』


 ゴブリンCの振るう棍棒が迫ってきていた。それを抜かりなく盾で受ける。衝突音が響き、左腕に痺れるような弱い痛みを覚える。が、ダメージは極めて軽微。

 僕は怯むことなく反撃に移る。


 構えた盾を起点にして素早くゴブリンCの背後へ回り込み、勢いを乗せた刺突を放つ。

 ズブリ、緑肌の背に突き立つ剣。おそらく致命傷、でも念の為にぐいっと柄をひねっておく。

 すかさず盾を押しあて刃を引き抜けば、絶叫に合わせて盛大に青血がしぶく。


 その時、棍棒を振り上げたゴブリンDの姿を視界の端に捉える。奇声を発しつつこちらに迫って来ていた。

 僕はその進路上に、今さっき剣で貫いたばかりのお仲間を突き飛ばしてやる。


『ゲゲッ!?』


 仲間とクラッシュし、あえなく転倒するゴブリンD。

 狙い以上の成果だ、このマヌケめ――即座に駆け寄り、鉄板入りのコンバットブーツで頭部を蹴り上げる。躊躇なく足を振り抜くと骨が砕けるような音が鳴った。


 こうして、四体のゴブリンはなかよく地面に這いつくばった。

 後は止めを刺すだけ。順繰りに剣を急所に突きたて、確実に息の根を止めていく。


 その後、ゴブリンの体表からまばらに黒い粒子が立ち昇り始めた。かと思えば、それは見る間に量を増していき――やがてバフっと弾けるように派手に拡散し、亡骸や装備品ふくめて綺麗さっぱり霧散する。


「……なんか、かなりいい動きしてなかったか?」


 僕は呼吸を整えつつ本日の初戦を振り返り、思わず自画自賛した。

 先日に積んだ戦闘経験のおかげか、なかなかに洗練された動きだった――というか、なんだか今日は体がめちゃくちゃキレている。


 あれ、もしかしたら……思い当たる節があり、それを確認するためにポケットからスマホを取り出した。

 

 僕がその流れでタップしたのは、『ステータスアプリ』。

 冒険者専用スマホにプリインストールされている専用アプリの一つで、己の肉体(アバター)の能力値を確認できるアプリだ。


「やっぱりステータスが上昇している……!」


 ――――――――――――

 プレイヤー:聖夜月

 ATK(総合攻撃):F 

 DEF(総合防御):E (⬆UP)

 STR(筋力):F+ (⬆UP)

 AGI(敏捷):F

 INT(攻性技能):F

 MND(支援技能):F

 MP(魔力):F


【スキル】

《タウント》《シールドバッシュ》


 DP:2.8

 ――――――――――――


 冒険者の身体能力は『ステータス』というシステムによって大幅に強化され、それは成長もする――ダンジョンの創造主たるゲームマスターが公表した情報だ。


 RPGさながら、モンスターとの戦闘は『経験値』なる成長リソースを獲得する機会である。そして一定量の蓄積を果たすと能力値が上昇する。当然、発揮できる能力も比例して向上する。


 そうやって力をつけ、より下層へと進出していくのだ。

 ちなみに最も低い値が『F』、最も高い値が『S+』とされている。


 そこで僕のステータスなのだけど、『DEF』と『STR』の値が上昇している――昨日と今日の戦闘を経て、いつの間にか成長していたらしい。

 先ほどの戦闘でやたらと体がキレていたのは、間違いなくその影響によるものだろう。


「けっこう早く上がるものなんだな……これなら行けるか? 3階層」


 冒険者にとって『ステータスの向上』は超重要タスクといえる。そのまま自身の力量に影響し、稼ぎや功績に直結するからだ。


 それゆえ冒険者活動の基本は、モンスターとの戦闘を繰り返して能力値を成長させつつダンジョンを進む、といった行動がベースになる。

 ただしその際、自身より格下のモンスターをいくら討伐しても成長しない、という点に留意が必要だ。つまり、雑魚狩りをしてもレベルアップできないのである。


 その点を鑑みるに……先ほどの圧勝具合からして、僕はもうゴブリンをいくら狩ってもレベルアップしないだろうな。


 この肉体が『アバター』だからなのか、何となく確信している。

 もとより2階層のゴブリンは『DP』獲得効率が激マズ。ならばここは、少し冒険をしてみるべきではないだろうか?


「うん……冒険者なんだ、ちょっと冒険してみよう」


 ダンジョン2〜5階層までの正確なマップは無料公開されている。

 意識高い系の冒険者である僕は、もちろんスマホにダウンロード済み。それによると2階層はさほど広くないので、すこし歩けば下層へ続く階段にたどり着くはず。


 新人の場合、3階層の攻略は『二名以上のパーティ』で挑むことが推奨されている……けれど僕の心は、構わず先に進むことを強く望んでいる。


 決断までにさして時間はかからなかった。

 スマホに表示されたマップを頼りに、僕は下層を目指して足を動かし始める。




――――――――

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