第4話

 僕は逸る心を落ち着けながら、ポケットからスマホを取り出す。『ゲートハンガー』には入退場管理ゲートが設置されていて、スマホをタッチする必要がある。


 言っておくと、冒険者が常用しているスマホは特別製だ。

 ダンジョン(異次元空間)内部でも動作するように作られており、通常機能の他に様々な専用アプリが搭載されている。耐久性も異様なまでに高く、市販のスマホとは比べ物にならないスペックを有している。


 開発元は、例のごとくゲームマスター。

 つまり冒険者登録の際に強制購入させられるこの『冒険者専用スマートフォン』は、違わずオーパーツといえる機械なわけだ。


 それはさておき。

 ハンガー内の様子はどうかというと、けっこうな混雑ぶりだった。

 冒険者を始め、施設職員や関連企業の社員さんなど、多くの利用者で賑わっている。


 そんな中、僕はまずロッカーブースへ向かう。ダンジョンに隣接している街、すなわち異次元空間内部へと入場する準備を整えるためだ。

 といっても、空いているロッカーにスクールバッグを突っ込んで施錠するだけの話。ロッカーは暗証番号式で、暗証番号は『1224』。


「よし、これで準備完了」


 着替えたりする必要はない。異次元空間内部に入場すると自身の肉体は『アバター』に自動転換されて、その際に衣服も一変するからだ。

 僕は制服姿のまま『ゲート』に向かう。ハンガー内にある『ダンジョン管理庁・出張窓口』の横を通り、フロアの中央部へ進む。


 すると間もなく、銀の光沢を放つ二本の金属柱が見えてきた――あれこそが『ゲート』。

 人類では欠片も理解できない、『異人』が有する超高度テクノロジーの産物。あるいは、現実空間とは異なる法則が支配するファンタジーワールドへの入り口。


 昨日も思ったけど、どんな素材で造られているんだろう……?

 僕はすこし外れた位置で立ち止まり、ゆっくりと『ゲート』の外観を眺める。

 金属柱の高さは天井すれすれに達しており、対になるように距離をあけて直立している。具体的には二十メートルほどの間隔だろうか。


 素材は、何の変哲もない金属が使われているように見える……けれど、なんと人類では解析不能の謎マテリアル製らしい。

 さらに驚くべきは、金属柱の間にある平面状の空間だ――なぜか風に吹かれる水面のように絶えず揺らいでいる。


 そして。

 その平面の向こう側に、ダンジョンを含む異次元空間が存在している。正しくは、異次元空間内部に構築された街がある。


「さて、行くか」


 観察もほどほどに、僕は再び足を動かす。

 いよいよもって『ゲート』に近づく。


 視界に飛び込んできたのは、不規則に揺らぐ平面の先にある別世界の風景――そこには、レンガで舗装された広場の光景が映し出されていた。あわせて同所を利用する人々の姿も。 


 他の利用者と歩調を合わせてさらに進む。

『ゲート』を通過する時、水中を進むような抵抗感を覚えた。が、それもほんの刹那。


 次の瞬きの後には、僕は件の石畳の広場に足を踏み入れていた――自身の服装も、黒の戦闘服にコンバットブーツという出で立ちに変換されていた。腰の剣帯にはショートソードが収まっており、背中には円盾がバンドで固定されている。


 ふと穏やかな風にほほをなでられ、僕は顔をあげる。

 異次元空間内の気候は、外(現実空間)と同じく春うらら。もう結構傾いてしまっているが、太陽も出ている。なんでも、時刻経過による環境変化も含めて外とリンクしているらしい。


「……まだ慣れないな」


 冒険者として登録した者の肉体は、異次元空間内への入場時に冒険者専用の肉体である『アバター』に自動転換される。同時に『ステータス』が適用されて身体能力が向上するのだけど、僕のような新人はどうしても違和感を覚えてしまう。


 仕方ない。慣れるまでこの場に少し留まるとしよう。

 通行の邪魔にならないよう『ゲート』から離れ、僕は広場の隅っこへ。

 付近には、自分以外にも多くの冒険者の姿があった。


 何をしているのかといえば、ほとんどが待ち合わせだろう。同じように体を慣らしている新人も少なからずいるだろうが。

 もとよりここは異次元空間の玄関口に該当する場所なので、いつもなにかと騒がしいと聞く。昨日と似た混雑具合だ。


 ちなみにこの場所、一般的に『ゲート広場』という名で知られている。日本国内に点在する『二十個全てのゲート』が設置されているからだ。


 当然、各々が国内各所に接続されている。

 つまり、大阪に繋がる『ゲート』を通れば大阪に行けて、わずか数秒で東京・大阪間を移動することができるわけだ。


 けれども、実際はそう都合よくいかない。

 原則として、『自身の登録したゲートのみ通行可能』と定められている。他は通行不可。ネット情報によると、無理に通過しようとしても絶対に破れないサランラップみたいな感触に阻まれて進めないらしい。

 ゲームマスターの有する技術力にはもはや舌を巻く他ない。


「……うん。もういいかな」


 体も慣れてきたことだし、そろそろ出発するとしよう。

 具体的なダンジョンの場所だけど――まずもって、異次元空間の内部には巨大な都市が存在する。いま僕の目の前に広がっている、現代風のレンガ建築物が立ち並ぶ街がまさにそれだ。


 その名も『JP(ジャパン)タウン』。

 ダンジョンとそれを内包するタウン(異次元空間)は世界各国に存在するが、基本的にはおのおの独立している――要は各国ごとに専用のものが用意されており、ゆえに自国の名を冠するのである。


 そして肝心のダンジョンはというと、『JPタウン』の場合はその最北端に所在する。

 現地までの道筋は単純明快、まっすぐ歩けばそのうち着く。

 タウンは東西南北を分かつ十字の大通りを中心に構築されており、『ゲート広場』は最南端に位置しているのだ。


 ただし、距離にして七キロ以上は歩かねばならない。そもそも『JPタウン』は新宿区と同等の面積を有しているらしい。


 そこで活躍するのが、移動専用の『ゲート』である。

 タウン内の各所には、長距離間をショートカットするための施設が設置されている。いつでも誰でも利用できるので、ダンジョンまでの実際の所要時間は十数分にまで省略される。


 というわけで、僕は大通りを進み始めた。

 目指すは、ダンジョン最寄りに通じる『21番ゲート』――少し距離はあるが、移動時間も退屈することはない。


 タウン内の建築物は、基本的には味のあるレンガ造りの外観をしている。しかもそこを、現代風の鎧を着用した者や、腰に剣をぶら下げた者などが盛んに行き交っている。

 端的に言って、その景観は美しくもファンタジー。

 まさに一見の価値あり。 


 それにしても……今どきの冒険者は本当におしゃれだな。

 まあ、当然の話ではある。なにせ冒険者の装備品の大部分は、主に民間のファッションブランドが手掛けているのだ。


 僕の装備品にしたって、初心者向けの製品でもあるにもかかわらずまあまあ見栄えが良い。 

 むしろ昨今ではデザイン性を重視するあまり、実用性に乏しそうな装備品なんかも多々見受けられる……が、懸念は不要。


 実用性を高めるため、ダンジョンでのみ獲得可能な『特殊素材』が合成されているのだ。そのせいでお値段はバカ高いのだけど。


 ともあれ、トレンド装備に身をつつむ冒険者の存在は、『JPタウン』が備える魅力の一つである。

 無論、他にも魅力は数しれずある。 

 この大通りに軒を連ねる路面店の数々も、間違いなくその内の一つ。


 タウンの治安は自衛隊員からなる組織によって維持されており、安心して商業活動を行える環境が整っている。おかげで商店のレパートリーは実に豊富だ。


 カフェ、スイーツ店、ファーストフードチェーン、レストラン、居酒屋、バー、百貨店、ファストファッション店、世界的に有名なブランドショップ……などなど。

 その盛況ぶりたるや、世界有数の繁華街にだって引けを取らない。


 出店動機は、ゲームマスターと最先端テクノロジーのトレードを行う際に用いられる疑似通貨の獲得――すなわち、今や万能デジタル通貨として高い価値を持つ『DP』の獲得にある、というのは有名な話。

 要は民間企業が『DP』欲しさにこぞって出店した結果、後天的に備わった魅力なのである。


 おまけに賃貸物件(大家はゲームマスター)までもが存在するので、タウン内に永住することだって不可能じゃない。それゆえ、今やタウンは現代社会の一部と認識されているのだ。


 決済通貨に関しては『DP』のみと定められている。

 ネット情報によると、タウン内で働く従業員への給与なども『DP』で支払われているそうだ。

 ただし、外(現実空間)と比較して物価は高め。ある種の観光地価格というやつだ。それでも冒険者などは気にせず散財するので、出店している企業側は儲かって仕方がないらしい。


 余談だが、タウンで商業活動を行う際は『ビジネスアカウント』の取得が必須になっている。ビジネス専用アカウントなので、冒険者登録とは異なりダンジョンへの入場は不可。


 と、そんな感じで。

 つらつら『JPタウン』に関する情報を頭に思い浮かべながら、僕は軽快に足を進めていた。

 けれど、大手カフェチェーン――スターバックカフェの路面店の前を通り過ぎようとした時のことである。


「おい、そこの盾を背負った少年」


 路上沿いに設置されたテラス席。

 その一角を陣取っていた見知らぬ男性グループの一人に声をかけられ、僕は足を止めた。

 各々の手にはフラペチーノ的な飲み物が収まっている。おそらく談笑中だったのだろう。


「その格好を見るに、少年は新人冒険者だな?」


 彼らは揃ってグレーの戦闘服を着用し、テーブルには剣が幾つか立てかけてある。その点から判断するに冒険者で間違いない。年は全員二十代半ばくらいか。

 と、僕はあらかたの推測が済んだところで問い返す。


「まあ、そんな感じです……何かご用ですか?」


「やっぱりか、じゃあこれは忠告だ。背中の盾はそこのゴミ箱に捨てていきな」


 見知らぬ男性冒険者は、親指を付近のゴミ箱に向けながら言った。

 わざわざ立ち止まる必要はなかったな……返答することなく、僕は速やかにその場を立ち去る。

 すると後ろから、


「ゴミはゴミ箱に捨てろよー」


「盾なんか持ってちゃ友達できんぞー」


「『タンク』なんて今どき流行らねえからなー」


 続々と盾持ちの冒険者を侮辱する言葉が飛んでくる。

 不愉快極まりない……実を言うと、『初ダンジョン』だった昨日も似たような体験をしていた。


 現代ダンジョントレンドにおいて、盾を装備している冒険者は軽蔑対象である。ゆえに冷遇するのは当然として、先ほどのような侮辱的な行為すらもまかり通る。


 しかもたちが悪いことに、如何に不服を訴えようが誰も耳を貸してはくれない。現況を招くにたる事情があり、世間にも広く浸透してしまっているのだ……どれほど腹立たしくとも今は我慢するより他ない。


 僕はため息と一緒にイライラを吐きだし、どうにか心を落ちつかせる。

 それとほぼ同時のタイミングだった――ひとまずの目的地、『21番ゲート』が見えてきた。外観はやはり銀の光沢を放つ一対の金属柱だ。 


 心持ち歩調を速める。同じくダンジョンに向かうであろう冒険者の流れにのり、僕も『21番ゲート』を通過した。

 するとその途端、あからさまに景色が変わる。『巨大な純白の戦士像』が、突如としてレンガ造りの街並みの向こうに現れたのだった。


 あれだ――あのモニュメントの麓こそが目的地。

 ややあって、僕は目指す大通りの終着点にある広場へたどり着く。


 間近から大きな戦士像を見あげると、随所に繊細な彫刻が施されていることがわかる。

 この立派すぎる彫像は、ダンジョン誕生を記念して建造されたらしい。製作者が誰かは言うまでもない。


 そしてその真下にこそ、異次元の地下迷宮は存在している――戦士像の足元には、ダンジョンの入り口である『大階段』が大きく口を開けていた。


 ここまで来ると、流石に周囲には冒険者しかいない。大階段の利用者は、誰しもが武器防具を身に纏っている。

 僕もその一員。たっぷり二度ほど深呼吸した後、ゆっくりとダンジョンへ足を踏み入れる。

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