第3話

 僕の初めてのダンジョンアタックはソロで二階層のみを探索し、キリの良いところで終了となった。戦闘に関してもゴブリンを幾度か相手取るだけに留まった。

 そして、翌日の月曜日。

 僕は学校へ向かうため、朝早くに起床すると速やかに支度を整えて家をでた。


 正直なところ、すごく眠い。『初ダンジョンアタック』の興奮がおさまらず、昨晩は遅くまで寝付くことができなかったのだ。できることならベッドの上にずっと転がっていたい。

 しかし、サボりなんて選択肢は存在しない。僕の居候先の家主であり大恩人、おまけに育ての親でもある人に迷惑をかけてしまうからだ。


「今年の桜はもう終わりかな」


 最寄り駅であるモノレールのホームから、あくびをしつつ望む桜並木はほとんどが散りかけ。

 数分後、車両が定刻通りに到着。停止線を少し過ぎたドアから車内に乗りこめば、同じデザインのブレザーを着用する学生の姿を多く見かけるようになる。

 まあ、友達でもないので話しかけたりはしないのだけど。


 僕は鞄を持つのとは逆の手でつり革を掴み、目的の駅まで目を閉じて過ごす。といっても、たった二駅だけのこと。すぐに目を開け、同じ制服を着用する学生らの流れに紛れて下車する。

 目的地の『成明学園高等学校』には、下車駅からさらに徒歩数分を要する。都合、三十分ほどの通学路。


 昇降口で上靴のサンダルに履きかえたら、校舎二階にある『二年四組』の教室を目指す。空いていた階段側のドアから室内に入り、一言も発することなく窓際後方の自席に腰を落ち着ける。

 ここからはしばらく、スマホを眺めるフリをしながら盗み聞きをする時間だ。


 友人なんて存在しないので、朝のSHRが始まるまではクラスメイトの雑談に耳をそばだてるのが僕の日課である。ちょっと品のない行為だけど、何気に楽しくてやめられない。

 すると、さっそく会話が聞こえてくる。


「おはよー。昨日の『ダンジョン・シーク』見た? ヤバいのが投稿されてたぜ」


「あ、見た見た! モンスターに頭ふっとばされた動画だろ」


 話題はやはり、今もっとも世間の耳目を集めるダンジョン関連のもの。

 近年はダンジョンに対する関心の高さも手伝い、冒険者人気も右肩上がりだ。またそれにあわせて冒険者の投稿動画が大ブームとなっていた。

 その投稿先の大部分が、さきほど話題に上がっていた『ダンジョン・シーク』という有料会員制のアプリである。


 動画投稿サイトとSNSの機能を併せもち、ダンジョンでの戦闘の様子など血なまぐさい動画が多いことから『R15』指定となっている。それでも会員数は、全世界で驚異の十五億人超えだそうだ。


 アプリはユーザー毎にパーソナライズされ、同国内の動画投稿者のアカウントなどが優先表示されるようになっている。使用感は他の類似サイトよりもはるかに良い。

 その他にも、自国の最新ダンジョンニュースなどが掲載されていることから『冒険者必須アプリの一つ』と言われている。


 冒険者の端くれである僕も当然ながらインストール済み。イマジナリーゴブリンスレイヤーへと成長するのに大きく貢献してくれた。


 アプリ運営者は、ダンジョンを作った『有名すぎる異人』ことゲームマスターだ。

 半世紀前に外宇宙より来訪した『異人』と呼ばれるストレンジャーの一行は、人類では欠片も理解の及ばぬ超高度テクノロジーを有している、と世界的に広く知られている。


「ていうか、また『カザリン』の記事あったな」


「ああ、最新トピックスにあったな。『美しき新星』とかいって、本人の画像もセットでさ」 


「俺も見たよ。あの子、やっぱ激カワだよ。装備もマジヤバいし」


「わかる、リアルで会ってみてー。誰か紹介してくんねーかな」


 そして、ここ最近の話。

 日本のダンジョン界隈では、とある新人冒険者が特に注目を集めている。

 その名も、風宮凛(かざみやりん)――愛称、カザリン。


 僕と同い年の少女で、とんでもない美貌の持ち主だ。ひと月ほど前に冒険者デビューしたばかりにもかかわらず、『美しすぎる冒険者』という触れ込みとともにダンジョン・シークの注目トピックスに何度も登場している。


 そのうえ、冒険者としても卓越した才能を宿しているらしい。

 ネット情報によれば、デビューと同時に有名な『クラン』への加入が決定したほどの逸脱だとか。


 クランとは、複数の冒険者が集まって結成するチームのようなものだ。大小さまざまな規模のものが多数存在している。とりわけ有名クランともなれば、大抵が有名企業などからスポンサードされていたりするので、普通は加入することすら難しい。


 それこそ『プロスポーツチーム』に近い印象だろうか。

 新人冒険者の身のほどで有名クランに加入しようなど、よっぽど才能に恵まれていない限りは門前払いが当たり前。

 つまり超エリート冒険者なのだ、彼女は。僕のような雑草冒険者とはステージが違う。


「おう、カザリンの話か?」


 他人の才能を羨んでも仕方ないけど、羨ましいものは羨ましい。

 僕がそうため息をこぼしかけたとき、着々と勢力を拡大し続けていた雑談の輪にクラスでもっとも影響力を持つ男子生徒が遅参した。


「あ、荒井! おはよー」


「もしかして荒井、カザリンと知り合いなんじゃね?」


「マジ? 紹介して! むしろ合コンでもオッケー!」


「なんだよ朝っぱらから。つうか、会ったことねえし。同じクランの冒険者なら知り合いにいるけどな」


 荒井孝之(あらい・たかゆき)。

 ヒーローよろしく遅れて現れ、挨拶もそこそこに合コンを依頼された男子生徒の名前である。

 彼は同クラスに在籍する現役冒険者であり、スクールカースト最上位の生徒らで構成される陽キャグループの一員でもある。


「まあ、俺もいずれ有名クランに加入するつもりだから。そのうち顔合わせることもあるんじゃねーの。その時になったら合コンでもなんでも開いてやるよ」


「マジ? 本気で頼む!」


「うちのクラス唯一の冒険者がカッコよすぎるんだが」


「荒井がイケメンすぎるわ〜」


 尊大な口ぶりとイメージ違わず、荒井はかなりやんちゃなタイプだ。

 ワイルドな短髪を金に近い茶色に染め、おびただしい数のピアスを耳につけている。どっちも校則違反なのは言わずもがな。


 入学当初は平凡な見た目の生徒だったのに、ここ一年ですっかり様変わりしたらしい。だから彼は、それなりに優秀な生徒が集う我が校において敬遠されがちな存在だった。


 ところが、つい最近。

 荒井が冒険者という肩書をぶら下げだした途端、周囲はこぞってちやほやし始めた。

 一躍クラスの人気者に躍りでて、スクールカーストの頂きまでエレベーターで一直線。


 率直に言って、冒険者という肩書ありきの立場だと思う……念の為に言っておくと、これは決して僕の嫉妬なんかじゃない。


 近頃では、猛烈なダンジョン人気に比例する形で冒険者人気も高まっており、素行の悪い冒険者ですらアイドル的人気を得ているような状況なのだ。

 実際、我が校には他にも複数の高校生冒険者が在籍しているけれど、揃いも揃ってかなり尊大な態度をとるにもかかわらず、全員がとにかくちやほやされている。


 またそのような風潮は学内だけに留まらず、今やちょっとした社会問題と化している。

 口さがない有識者に言わせると、『DP欲しさに日本政府が繰り返し行ってきた、冒険者の数を増やすための国策プロパガンダの弊害』という話になるらしい。メデイアを通じてよく目にする論調である。


 他にも、冒険者になるため要求される高額費用などが『過剰なリスペクトを招く要因』として度々やり玉に挙げられている。


 僕個人としても、冒険者を異常に持ちあげるような風潮には賛同しかねる。

 というか、こちとら『盾職』なわけで……悲しいかな盾装備の冒険者は例外扱いで、同業者のみならず世間様からも軽蔑されていた。よって自身が冒険者であることを明かすこともない。


 ここで僕は盗み聞きをやめる。話の流れから己の冒険者活動の先行きに不安を感じてしまい、窓越しの春空を見上げつつ物思いに耽けることにした。


「みんな席につけー」


 しばらくするとチャイムが鳴り、ジャージ姿の男性教諭が着席を促しながら教室に入ってきた。アラフォー無精髭の彼はクラス担任で、そのまま教壇に立つ。 


「おはよう、SHRを始めるぞ。先ずは出席確認からなー」


 平日の朝のルーチンワーク。

 実をいうと……僕はこの時間が、一日の中でもっともキライな時間だったりする。

 というのも、朝のSHRでは必ず出席を取るのだけど、その時に呼ばれる『自分の名前』にちょっと問題があって……。


「相田憲明、荒井孝之、飯山香菜――」


 僕のクラスの担任は、出席確認の際になぜかフルネームを読みあげる。それに生徒は「はい」と返答していく。

 やがて僕の番が近づいてくると、教室のあちこちからクスクス笑いが聞こえ始める。


「次は、聖……聖夜月(ひじり・ないと)」


「はい」


 聖夜月(ひじり・ないと)――それが僕の名前だ。

 問答無用のキラキラネーム。

 しかしながら、外見はいたって平凡な高二男子。


「ナイト……騎士かっつーの」


「ふふっ、似合わなすぎ」


「そんなツラかよ。マジ笑える」


 だから僕の名前が呼ばれると毎度、男女問わずクラスメイトたちがせせら笑うわけだ。

 しかも決まって、


「センセー。聖のことは、ちゃんと『聖騎士くん』って呼んであげないと」


 などと荒井が茶化してクラスがどっと沸く。

 ここまでがいつものお約束。


 そもそも、僕の名前は『夜月(Night)』であって『騎士(Knight)』ではないのだけど。新井に至っては、名字と組み合わせて『聖騎士くん』などと小馬鹿にしてくる始末。

 担任も軽く嗜めることしかしない。名前以外はただモブ扱いされているだけなので、イジメとまでは判定されないらしい。


 本当にストレスしか溜まらない苦痛の時間だ……けれどまあ、一万歩くらい譲ればクラスメイトの気持ちもわからなくはない。モブ顔の冴えない奴が『ナイト』なんて名前なのだ、そりゃからかいたくもなるだろう。


 ただし、荒井の言う「聖騎士くん」という侮辱だけは断じて許容できない。

 僕は元々、『優木(ゆうき)』という姓を名乗っていた。


 ところが、時期は違えども両親を亡くした折に――父の『優木英雄(ゆうき・ひでお)』がとある事件に巻き込まれて他界した後、親戚である聖の家に引きとられた。そして強制的に姓を変更させられたのである。


 ゆえにこそ、余計認められない。

 早い話、僕は『聖』という姓を受け入れていないのだ。

 ちなみに聖家は、ちょっと名字が立派そうなだけの一般庶民である。


 いすれにせよ、いい加減慣れてほしいところだ……すでに高校二年に進級してから二週間ちかく経過しているのだから。

 けれど、今朝のクラスメイトたちの反応を見るに、イヤな気分にさせられるSHRはもうしばらく続きそうだ。


 ***


 放課後。

 二度目のダンジョンアタックを目的に、僕は『西立川ゲート』へ向かった。

 ちなみに西立川ゲートというのは通称で、正式には〝ダンジョン管理庁・西立川管理局内、日本国専有ダンジョン隣接領域入出ゲート〟という。


 まあ、長ったらしいから普通は『西立川ゲート』、もしくは『ゲート』と呼ぶ。

 そして『ゲート』とは、ダンジョンの存在する異次元空間と現実空間を繋ぐ唯一の装置の名称である。


 つまり、ダンジョン(異次元空間内部)に向かうには『ゲート』を通過する必要があるということ。それと言うまでもないが、ゲームマスターの有する超高度テクノロジーの産物だ。


 具体的な設置場所は、西立川に所在する旧国営公園の内部。

 四季おりおりの草花や豊かな自然環境を目当てに、かつて多くの人が訪れていた場所である。とりわけ夏に開催される花火大会は大盛況だったそうだ。


 しかしダンジョン誕生の折、駅からのアクセスの良さ、大規模な駐車場を備えている、等の観点から『ゲート』の設置場所に選定され、今やダンジョンに関連する別種の賑わいで満ちている。


 余談だが、日本国内では二十箇所の土地に『ゲート』が設置されており、東京都内に限れば二つ存在する。

 件の西立川ゲートに話を戻すと、家(居候先)から四駅、学校の最寄り駅から二駅と、僕の生活圏に隣接した立地に所在しているので、非常に利用しやすく助かっている。


 そんなわけで。

 僕は制服のままモノレールに乗り、二駅先の『西立川駅』で下車。駅に直結する歩行者デッキを歩き、旧国立公園の敷地内に入る。

 周囲はなかなかの混雑具合だった。同じ方向に歩く人、すれ違う人など。


 それから程なくして、駅からも見えていた『ダンジョン管理庁・西立川管理局』が入居する高層オフィスビルの麓にたどり着く。


 この『ダンジョン管理庁』という組織は、国内の冒険者およびダンジョン関連施設などを包括的に管理監督する行政機関である。

 とはいえ基本的には役所なので、普段はめったに立ち寄ることはない。僕なんて『冒険者登録』の際には頻繁に足を運んだものの、それ以降は一度も訪れていないほどだ。


 だから、本日もそのままスルー。

 目的地はもう少し先。


 管理庁ビルのわきを通りすぎ、春風に吹かれ柔らかく揺れる街路樹を眺めつつ歩道をしばらく進む。すると今度は、かまぼこ型の巨大な建造物が見えてきた。

 航空機を格納する巨大ハンガーにも似た外観で、元は『みんなの原っぱ』と呼ばれていた広い野原にでんと建つ施設である。


 施設名称は『ゲートハンガー』――内部に『ゲート』が設置されていることに由来する。 

 そして、この施設こそが僕の目指していた目的地。 


 正直なところ、このハンガーの近辺に来ると気分が高揚する。理由は明白で、施設はたくさんの利用者で賑わっているのだけど、その多くが同業者なのだ。どうしたって対抗心を煽られてしまう。

 もとよりダンジョンでの冒険を前に、心を踊らせない冒険者など存在しないのである。

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