第2話

 ダンジョン――それは、地下深くに向けて無数の階層が連なる異次元の迷宮。

 驚くべきことに、各階層は洞窟や草原をはじめ、森林や渓谷などの多様な地形環境で構築されている。

 また広さもまちまち。確認できている中で最大の階層は、なんと東京都をゆうに超えるほどの面積を有している。

 さらに内部には種々雑多の凶悪なモンスターまでもが跋扈し、絶えず冒険者の往く手を阻む。


 他にも、ダンジョンについて語るべきことは非常に多い。

 例えば、『とある存在』によって異次元空間の内部に創造されたこと。約半世紀ほど前の誕生以来、至極スムーズに現代社会と融和を果たしたことなど。


 そして、その本質をより端的に表現するのならシンプルにこう記される――『仮想生体現実』と。

 とはいえ、さすがに説明不足感が否めなくもないので少し補足しよう。 


 繰り返しになるが、ダンジョンはとある存在によって異次元空間の内部に創造された。

 実際は、異次元空間内部に巨大な『街』が存在しており、そこからダンジョンへとアクセスできる仕組みになっている。


 それに加えて、冒険者登録をおこなった人間が異次元空間内に入場した場合、その肉体は『アバター』というダンジョンでの活動に適した肉体へと自動的に転換される。無論、着用している衣服などの諸々を含めて。


 すでにこれだけでも、『仮想生体現実』と言うに値するだろう。

 だがさらに二つほど、そのイメージをより強固にする要因が存在している――それは、『ステータス』と『ニアデス(擬似死)』というシステム。


 ダンジョンでの活動は、凶悪なモンスターとの戦闘を抜きに語れない。けれど脆弱な人間の肉体のまま相手するなど自殺行為に等しい。そこで、身体能力などを強化する『ステータス』というシステムが導入されたのだ。


 またダンジョンではわりと簡単に死亡する。ところが、現代社会の倫理観はそれを許容しない。よって導入されたのが『ニアデス』という疑似死亡システムである。

 ダンジョンをふくむ異次元空間の内でアバターが死亡した場合、現実の肉体へ意識を移され無事復活するのだ。


 ダンジョンには、かくの如きゲームのような摂理が適用されている。

 それこそが『仮想生体現実』たる所以。


 さりとて、現実じゃないからと侮るなかれ。

 なにせ人体に備わる五感は、常に正常以上に機能を発揮しているのだ。モンスターに痛めつけられれば文字通り『死の苦しみ』を味わうハメになる。

 さらには冒険者としての権利までも失い、二度とダンジョンへ足を踏み入れることができなくなる。


 ところで、いったいどのような存在がダンジョンを創造したと思われるだろうか?

 人類の科学力を遥かに凌ぐ『超高度テクノロジー』の産物であることは明白――となれば、人類以外の何者かが創造した、という結論が自ずと導かれる。


 果たして、それはほとんど正解。

 すべては、『異人』と呼ばれる地球外知的生命体の仕業である。


 この『異人』と呼ばれるストレンジャーの一行は、人類には欠片も理解できない超高度テクノロジーを有する存在だ。

 地球に来訪した時期は、今からさかのぼること半世紀ほど前。突如、人類では観測すら不能な異次元領域を超越して現れた。おまけに地球言語での意思疎通すらも容易く実現させ、人類と交流をもった。


 幸いにも『異人』は来訪以降、人類と友好的な関係を構築し、地球に定住するようになる。

 さらに『特別ユニークな性質を持つ一個体』がダンジョンを創造し、公開運営に至ったのである。


 実際のところは、人類の発見した新素粒子が〝異人来訪〟の契機となっていたことが判明したり、あまりにも感性の違う『異人』とのコミュニケーションに頭を悩ませる人類の有識者一同の苦労譚や、うっかり〝人類対異人〟の全面戦争へ陥りかけるも寸前で関係を修復して世界を救ったエキセントリックな科学者の功績など、特筆すべき事態は多々あった。


 しかし、それらの余談はすべてさておく。

 本題は、『異人の地球定住』及び『ダンジョンの創造』についてである。


 当然ながら、理由もなく双方の異常事態が勃発したわけではない。実は『異人』の行動方針に関して、ある意外な要素が絶大な影響をあたえていた――その要素とはなにを隠そう、人類が育んだエンターテイメント作品の数々。


 音楽、映画、スポーツ、ゲーム、小説……細かいジャンル問わず、地球産エンターテイメントはとにかく『異人』の一行を魅了した。地球定住の決定打でもある。 

 とりわけ件の特別ユニークな性質を持つ一個体に至っては、日本国産の『ダンジョン系RPGゲーム』から強いインスピレーションを受けてダンジョンを創造した、とまで公言している。


 ちなみに『ダンジョン創造および公開に関するお知らせ』が行われた際は大変な騒ぎになった。創造主たる『異人』が既存するすべての映像チャンネルを不法にジャックし、一方的かつ全世界規模で宣伝したせいだ。


 創造主は同時に、自身が『ゲームマスター』を務めるとも公言した。以来、その特殊な性質を持つ一個体はゲームマスターと呼称されるようになる。加えて、ダンジョンに挑む者を『冒険者』と呼ぶよう定めたのもこの時。おまけに関連施設が次々と建設されていった。


 正直なところ、やりたい放題の『異人』たち。

 一方で人類は驚愕の展開を連続して迎えたわけだが、果たしてどのような反応を示していたのかというと、実はおよそ好意的なものが多かった――ただし、それは世論誘導が行われた上での話である。


 人類は当初、超高度テクノロジーを有する『異人』から技術支援、ならびに提供を受けていた。人類の理解可能な水準に限る、という制限つきではあった。それでも実際に、地球全体で共有すべき環境問題のいくつかを解決に導く。


 そしてその際、世界中の要人らに対する利益供与も影で行われていた。関係機関や企業に対する技術支援を口実に、秘密裏に多大な利益をもたらしたのだ。


 友好の証に偽装した抜け目のない秘密工作。

 利益を得た要人らの誘導によって『異人』に対するネガティブな意見はことごとく封殺され、世論は歓迎ムード一色に整えられた。技術支援が『異人』サイドからの発案であったことは言うまでもない。


 極めつけとして、ゲームマスターはダンジョン公開に合わせてダメ押しの一手を打つ――それは、『DP(ダンジョン活動ポイント)』の導入である。

 文字通り、ダンジョン探索なりの活動に対する報酬として付与されるポイントだ。一見すると他愛ないお遊びのような発想に思える。


 だが、『DP』の真価を明かされた人類は度肝を抜かれた。

 ダンジョン公開以降はポイントを疑似通貨として扱い、なんと『異人』の有する超高度テクノロジーの一端を任意で購入できると発表されたのだ。さらに今後は民間でも購入可能になると言う。無論、技術支援は中止されたうえでの話である。


 思いもよらぬ衝撃の公表。

 購入可能なテクノロジーについても既出と同等の条件を設けられたが、それでもなお人類にとって極めて貴重であることに変わりはない。 

 つまるところ、ダンジョンに絶大な付加価値を持たせ、どうあっても注力せざるを得ない状況が作り出されたのだ。


 それゆえ、またしても世界各国の要人らは積極的に世論を誘導した。

 その結果、『異人』の来訪に始まりダンジョンの公開に至るまで、すべての事態が熱狂的なまでの歓迎をもって現代社会に迎え入れられる運びとなったのである。


 言わずもがな、全ては『異人』たちの、ひいてはゲームマスターの思惑通りの展開。

 それに伴い、世界情勢も目まぐるしく変化していった。

 特に顕著な変化としては、『冒険者』という職業の確立である。


 世界各国は、それぞれ『DP』の収集に乗りだした。ゲームマスターからのテクノロジー購入は、そのまま国力に直結する。遅れを取れば国家間のパワーバランスを崩す恐れがあり、国防の観点からより早く、より多くの『DP』獲得が急務となったのだ。


 そこである国が、『民間から広く人員を募集し、一般の冒険者が獲得したDPを自国通貨で買いあげる』という制度を新たに導入したのである。


 世にいう『冒険者制度』の誕生の時。

 するとたちまち、新制度は上々の成果を収める。当然それを見た各国も後を追い、続々と同制度を導入していくのだった。

 

 その後、冒険者制度の導入は世界的スタンダードとなり、やがてゲームマスターが主導する『DPの取り扱いに関する規定』なども盛り込まれていった。


 そのような過程をたどった現在、日本国において冒険者は一つの職業として認知されるだけに留まらず、『憧れの職業ランキング・トップ常連』という地位を確固たるものにしている。世界各国が『DP』を求めるあまり、過剰に冒険者を優遇し続けたことも存分に影響した。


 さて。ダンジョンの本質から始まり、果ては冒険者という職業についてまで長々と言及してきたわけだが、実はこれらの事柄を混ぜ合わせるとたった『二つ』の事象に集約される。


 端的にまとめよう――かくて世界は、現代社会とゲームのような法則に支配されたダンジョンが融和した、ちょっとファンタジーな新時代へ突入した。そして、そんな近未来を舞台に『盾を持ったとある少年』の冒険が始まりを告げたのであった。

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