現代ダンジョンの聖騎士~不遇の盾職(タンク)が日本一の冒険者を目指す物語~

木ノ花

第1話

「僕とパーティを組んでもらえませんか?」


「いや、きみ『盾職(タンク)』でしょ。絶対に無理だから」

 

 ダンジョン――それは、地下深くに向けて無数の階層が連なる異次元の迷宮。

 内部には種々雑多の凶悪なモンスターが生息しており、富と名声を求めてダンジョンを冒険する者たち、すなわち『冒険者』の天敵として行く手を遮る。


 そんなダンジョンの誕生は、今よりさかのぼること約半世紀ほど前。以来、至極スムーズに現代社会と融和を果たした、というのはあまりにも有名な話。


 並行して数多の冒険者が誕生した。

 ダンジョン内部では、銃を始めとする近代兵器のほとんどが無効化されてしまう。ゆえに冒険者は剣を、槍を、斧を、弓を、杖を、盾を……思い思いの武器を手に取り、己の足跡をダンジョン史に刻み込んできた。


 その歴史の中で、ダンジョンに関連する様々なトレンドなども生まれている。

 特に冒険者の『装備品』と『戦闘スタイル』に関しての流行は注目度が高く、時代に合わせて目まぐるしく変化、もしくは進化していった。


 そして、現在。

 現代ダンジョントレンドにおいて、盾を装備する冒険者は軽蔑すべき対象として虐げられている。冷遇するのは勿論のこと、『害悪冒険者』などと口汚く罵るような行いすらもまかり通っていた。


 原因は、盾装備の冒険者たちが積み重ねてきた『失態の歴史』そのもの。個人的な感情を抜きにすれば概ね納得の惨状ではある。


 だから。

 盾を装備した新人冒険者が、ダンジョンを共に探索する仲間を見つけることは非常に難しい――そう、今の僕のように。


「すみません、よかったらパーティに加えてもらえませんか?」


「盾装備のアンタを? バカなの? いいわけないじゃん」


 ダンジョンの最上階層。

 そこには『転移広間』と呼ばれる大空間のみが存在し、いつも多くの冒険者がたむろしている。


 広間は石壁で構築された安全な空間であり、壁には朱色に燃える松明がふんだんに設置されていて非常に明るい。また実質的なダンジョンのスタート地点という事情も相まって、出発前のチェックなどを行う場所になっているのである。


 そして周囲の冒険者へと視線をむければ、そのほとんどがトレンド感のある小洒落た装備品で身を固めていることがわかる。大半がトレンド武器の長剣を所持し、弓や杖など別種の武器を愛用している者はほんの一握りしか確認できない。


 他方、僕は黒の戦闘服の上下に、鉄板入りのコンバットブーツといった地味な出で立ち。加えて左腕に円盾を装備し、腰の剣帯にはショートソードが収まっている。

 はっきり言って……初心者丸出しの装い。その上、盾を装備する者が他に存在しないものだから酷く浮いていた。


「よければパーティを組みませんか?」


「本気で言ってる? 盾持ちとパーティ組むとか冗談キツイって」


 僕はそんな中――そんな状況なのに、『飛び入り参加可能なパーティを探す』という最終手段に打って出ていた。


 最終手段というからには当然の話、可能な限り手を尽くした後である。

 例えば、ネットや各種媒体に公開されている『パーティ募集』に応募しまくったり。その数、三桁以上。 並行して同回数ほどは自ら勧誘もしてみたけれど、すべてにおいて『盾装備』と申告した段階ですげなくお断りされた。


 他にも考えうる限りのことを試したけれど、見事全滅。

 しかし、それでもなお『現地でならもしかしたら』などと淡い期待を抱き、実際にやって来てみたわけなのだけれど……。


「あの、パーティに空きはありませんか?」


「その盾を捨ててきたら考えてやる。さもなくば消え失せろ」


 現実は非情である。

 すでに十組以上のパーティに声をかけて回っているが、反応はすべて辛辣。場の空気と向けられる視線の冷たさに凍えてしまいそうだ。


「困った……」


 本当に困った。僕は高校二年生に進級したこの春に、念願の『冒険者登録』を果たしたばかりの新人だ。

 具体的には一週間前の話で、おまけにダンジョンへ訪れるのも本日が初めてのことだった。にもかかわらず、このままではソロでのダンジョンアタックを余儀なくされてしまう。


 危険と悪意の蔓延るダンジョンに単独で挑むなど、無謀を通り越して愚行そのもの。熟練者だってソロは避ける。

 僕が盾を捨てれば話は早いのだろうけれど、個人的な理由から絶対にその選択だけはない。


「でも、今日は『絶対にダンジョンを探索する』って決めて来たしなあ……仕方ない。とりあえず2階層を探索してみるか」


 ダンジョンは地下深く続いている。ゆえに階層を言い表す際には頭に『地下』と付けるのが妥当なのだが、一般に省いて口にされる。


 それはさておき、ひとつ下の2階層に出没するモンスターは『ダンジョン最弱』として有名だ。脅威度はかなり低く、リスク的にも許容できる範疇である。

 そんなわけで、僕の初めてのダンジョンアタックは結局ソロで敢行されることになった。


 ***


 ダンジョンの2階層を含む上層は、俗に『洞窟階層』と呼ばれる。

 壁や天井が暗褐色のゴツゴツした岩盤で形成されており、文字通り洞窟のような構造をしているからだ。

 内部は広大で、至るところで幾重にも連なる立派な鍾乳石や石筍などを目にすることができる。なかなか壮観な景色である。


 またその通路の壁には、煌々と燃える松明が等間隔で設置されている。多少の薄暗さは残るものの、おかげで見通しは悪くない。


 そして、実際に2階層を探索すること十数分。

 僕は生まれて初めて、モンスターとのエンカウントを果たす――これより行われるのは命賭けの戦い。


 ダンジョン踏破を目的とする冒険者の僕と、それを阻む凶悪なモンスター集団が鉢合わせしたのだ。なれば、双方とも他に選択肢を持たない。これから始まる攻防の末、どちらか一方が死ぬ。


 いや、厳密にいうと……冒険者である僕は本当に死んだりはしないんだけどね。

 いずれにせよ、僕らはダンジョン特有の灯りがゆれる広めの通路で、互いに距離をとったままに睨み合う。


 相対する敵は『ゴブリン』。緑色の肌をした、小さな鬼(貧弱)のような外見の超有名モンスター。ボロ布を腰に巻き付け、右手は無骨な木製の棍棒を握っている。それが三体。


 続いて僕は、改めて自身の装備品に意識を向ける。

 左腕には、芯材に軽くて頑丈な『特殊合金』を使用した円盾が装備されている。サイズは覆うていどで、取り回しの良さに重点をおいた初心者向けの品である。

 右手で握るのは、ショートソードに分類される両刃の西洋剣。こちらも軽量性と耐久性に優れた特殊合金製、かつ初心者向け。


 ついでに言っておくと、着用している戦闘服とコンバットブーツも初心者向けの物だ。

 総じて、所謂『ビギナー冒険者セット』と呼ばれる装備構成――ただし、盾を除く。盾が現代ダンジョントレンドから外れていることは周知の事実で、装備している冒険者は極めて稀である。


 しかしながら、装備品の質に関してはいささかの不安もなし。逆に視線の先にいる敵を相手取るには過ぎた性能だ。ゴブリンと言えば新人冒険者の小手調べに最適なモンスターなわけで。

 だから現状はむしろ、己の精神状態のほうがよっぽどの不安視される。


「ふう、ふっ、ふぅ……」


 ジリジリと近づく開戦を前に、僕の体は極度の緊張状態におちいっていた。吐き出す息すら震える始末。

 けれど、これはごく自然な反応といえよう。どれほど覚悟を決めていようとも、誰だって初戦は情けないほど緊張すると聞いている。その上、ソロという現実が緊張により拍車をかけているのだから。


 ……ともあれ、このまま固まっているわけにはいかない。精神をしっかりコントロールして戦闘に臨む必要がある。


「集中しろ……訓練通りにやれば大丈夫だ」


 緊張はしているものの恐怖はない。この場に至るまでに、僕は当然ながらそれなりの訓練を積んできている。熟練の冒険者に師事して、盾と剣を扱う『戦闘行動の基本』を習得した。


「それに、大体の戦闘プランも練ってある」


 昨今では冒険者の投稿動画が大ブームで、モンスターとの戦闘動画などネットにいくらでも転がっている。僕はその動画を元にイメージトレーニングを重ねており、頭の中でゴブリンを殺した回数は軽く三桁を超えていた。

 すなわち、我こそはイマジナリーゴブリンスレイヤーなり。


「後は実戦あるのみ……戦闘開始だ!」


 対峙する三体のゴブリンへ、改めて意識を集約していく。

 彼我の距離は目測で二十歩ほど。

 僕は左腕の盾を構え、右手のショートソードを一段と強く握りしめる。

 ひと呼吸分の間を置き、集団の先頭で棍棒を構えるゴブリン目掛けて駆けだした。


「――《シールドバッシュ》!」


 初撃。

 僕は盾を体にしっかりと密着させ、勢いそのまま先頭のゴブリンに突貫。そして激突の間際、《シールドバッシュ》という『スキル』を発動する。


 スキルとは、冒険者の体(アバター)に宿る魔力を消費して発動する特殊能力だ。他にも、明確な発動意思と特定動作などを必要とするが(多々例外あり)、発動してしまえば大概が常識では考えられない驚異的な効果を発揮する。


 発動方法と効果は、スキルを習得した時点で自ずと理解できる。

 いま使用したスキルの場合は、盾を相手に叩きつける、突き当てる、などの攻撃の威力が増大するのだ。


『グゲェッ!?』


 盾の輪郭がほのかに白く輝く――その『発動エフェクト』に合わせて《シールドバッシュ》が炸裂。実際に盾撃を受けたゴブリンは汚い悲鳴を上げ、ウソみたいな勢いで吹き飛んでいった。

 知識にはあったものの、想像以上の結果にやや面食らう。身長175センチの僕と比べ、ゴブリンは頭二つ分ほど小柄な体格をしているが、ただの突撃じゃこうはいかない。

 

 長年、スキルという超常の力に憧れていた僕である。記念すべき『初のスキル実戦使用』の余韻に浸っていたくもなる――が、今は命のやり取りをしている最中。

 集中を切らさず、継続して体を動かす。


『ギャギャッ!』


 ゲスボイスと共に棍棒の横薙ぎが勢いよく身に迫る。

 残るゴブリン内、もっとも近くにいた個体の繰りだした前掛かり気味の一撃。


「――甘いぜ!」


 僕は冷静に攻撃を盾で受けた。ガァン、と硬質な衝突音が耳に響き、腕にじんわり弱い痺れが広がる。しかしダメージはなし。


 次の瞬間、盾とは逆方向に右手の剣を突きだす。フリーだった三体目のゴブリンが攻撃を仕掛けるべくこちらに迫っていたので、それを牽制した。相手が足を止めるや、僕はバックステップを踏んで一度間合いをあける――と思いきや、着地にあわせて大きく前方へ踏み込む。


「《シールドバッシュ》!」


 再びスキル名を叫びながら盾を突き出す。

 この発声には意味がある。スキル名を口にすると、発動の際に必要となる『明確な意思』の代用になるのだ。


『グゴッ――』


 狙い通り、輪郭に白光を宿す盾が直撃。

 標的となったのは、牽制を受けて足を止めていた三体目のゴブリン。左腕に衝撃を感じると同時に相手は吹き飛び、濁点の多い悲鳴をふりまいて地面に転がった。

 初撃ほどの威力はなかったが、しばらくは悶絶必至のクリティカル。


 これで二体はダウン状態――ならば必然的に、ターゲットは残す一体へ向かう。

 僕は細かくステップを踏んで距離を詰め、先ほどの棍棒のお返しとばかりに剣を振るう。盾で相手の視界を塞ぎつつ死角から横薙ぎを放つ。


『グギャアアッ!?』


 間髪入れず生々しい斬撃の感触が腕に伝わってくる。が、その手応えだけでは不足と判断し、二度、三度と力を込めて追撃を加える。


『グギャッ、ゴガ、ゲゲッ……』


 剣を振るうたびにモンスター特有の『青い血』が飛び散る。

 赤色じゃなくてよかった、飛散するそれを目にしても尻込みしなくてすむ。情をかけるような相手でないことは一目瞭然だ。


 それならば――僕は素早く剣を操り、今度は腰の捻りに乗せてまっすぐ突き出す。

 途端、ズブリとした手応え。直後、絶叫が鼓膜を震わせた。同時に、剣を引き戻しがてら盾で相手の体をぐっと押し込む。


 相手は倒れ込み、呻きを上げながら地べたに這いつくばった。

 そこからはただの作業だった。

 地面に転がる三体のゴブリンへ、順番にとどめを刺して回る。


 緑色の肌をした胴体を踏みつけ、むき出しの胸に数回ずつ剣を突き立てる。揃ってバタバタと痙攣めいた反応を見せるゴブリン――しかしすぐにぐったりと動かなくなり、やがて完全に生命反応らしきものを示さなくなった。


「……これで、終わりか?」


 命がけの戦いだのなんだのとえらく緊張していたわりに、終わってみれば圧倒的な勝利。

 訓練のおかげか、思いのほか上手くいった。上手くいき過ぎまである。


「ていうか、ゴブリンが弱すぎる」


 ダンジョン2階層に出没するゴブリンはモンスター最弱。どうやら、その不名誉な評判に偽りはなかったらしい。


「お、消えるな」


 僕はゴブリンの死骸へ目を向ける。 

 緑の体表からまばらに黒い粒子が立ち昇り始めた。それは見る間に量を増していき――やがてバフっと弾けるように派手に拡散し、遺体そのものが綺麗サッパリ霧散してしまう。もちろん棍棒や衣服、飛び散った青血も含めてだ。


「おお……」


 こんな風に、モンスターはちょっとしたスペクタクルな演出を伴った最期を迎える。

 動画で見たことはあったけれど、やっとリアルで拝むことができた……なかなかに感慨深い。


 僕はしばらくの間、勝利の余韻に浸った。

 しかし、それもほんのつかの間のこと。


 何せ僕の冒険者活動は、『やむを得ずソロ』という前途多難を予感させる幕開けとなってしまったのだ。

 今後のことを思うとため息しかでない。

 果たしてこの先、僕はパーティを組むことが叶うのだろうか……。




――――――――

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