心霊体質な俺が王子様系の毒舌イケメン女とアレコレする話

命かけご飯

第1話 俺と、すべてのはじまり

 深夜二時と十三分。もう街灯の光しか頼りがない夜道を俺は歩く。

 じめじめと生温い梅雨の夜は、休みの日は家に籠りっきりであるクーラーに慣れた現代っ子の体にはウィークポイントだ。

 日中なら賑やかなはずの俺の街はみんなもう既に寝静まっていて、ちょっぴり田舎の住宅街はもうまっくら。俺はなんだか世界中でたった一人になったような気分になりながら鼻歌を歌う。今日は友人と待ち合わせをしている。もう数分歩いていくと目的の場所だ。

 見えてきた目印の電柱にひっそりと佇む、ながくて華奢な影。


「はぁ、ようやくきたか……」

「すまん。ちょっと遅れた」

「遅すぎ。十五分の遅刻だよ、ソウヤ」


 女性にしてはハスキーな、芯の通った声が聞こえる。

 影の正体、呆れた様子で溜息をつく彼女の名前は日住蛍夏ひずみけいか。俺の通う大学の悪友である。美しく整えられたボーイッシュな金髪ショートカット。アーモンドの形をした瞳と、すらりとのびた長い手足。身長なんて俺より高い。

 誰がどう見ても爽やかなイケメンというか、王子様というか、悔しいがつまり美人である。


「まったく、こんな深夜に女の子を一人で待たせるなんて君はどういう神経をしているんだい?」

「まじでごめん、ちょっと寝てた」

「このアホ、バカ」

「ご、ごめんて……」

「カス、ハゲ、粗○ン、マゾ、ウ○コ、包○、童貞」

「ごめんごめんっ! ほんと悪かったって! てか見たこともないのに勝手なことを言うなっ!」


 どうやらだいぶご立腹のようだ。よく見たら蛍夏けいかは瞳にうっすら涙を浮かべていた。どうやら待ち合わせの約束をすっぽかされたと勘違いしたらしい。あと俺は別に粗○ンではない。断じて。まぁ特別大きいわけではないが……


「ふんっ、まぁ少し言い過ぎたかもね。でもボクが怒るのも無理はないと思うけど?」

「……それはそうだな」


 そう、彼女が言う通り怒るのは無理もない。涙目になるのも頷ける。

 その理由はこの場所にあった。

 閑静な住宅街から少し外れた場所。手入れもされていない汚い家が目に付く。梅雨特有の生温い外気も相まって妙に不気味に映るその場所は――

 数十年前にバラバラ殺人事件があった曰くつきの廃墟、心霊スポットだからである。


 なにを隠そう俺達は――不法侵入もとい、肝試しをしにきたのだ。


 * * *


「暗っ! ガチでお化けとかでそうだな!」

「ちょっとソウヤ、うるさい……声でかいんだからもう少し自重してくれないかな? 動画も回してるんだしさ……」


 懐中電灯であたりを照らす。どこも埃っぽくて手入れされていないのが見て取れる。廃墟の中にはいっていった俺たちは辺りを散策していた。

 俺達の目的はただ一つ、心霊現象を撮影することである。俺達が所属するオカルト研究同好会の活動の一環だ。なお、会員は俺と蛍夏けいかの二人だけである。


「まったくソウヤは今しているのが不法侵入っていう犯罪行為って自覚がないの? 通報されたらボク達お縄なんだよ?」

「ごめんて……」


 俺は彼女に素直に謝る。そう、俺達がしているのは犯罪だ。いくら心霊スポットであっても、廃墟であっても許可のない不法侵入には変わりない。さらに面白おかしく殺人物件をあらすなんて不謹慎にもほどがある。

 しかし、俺達にはそれを自覚してもなおこの肝試しを完遂しなければならない理由があった。

 足を踏み出すとギシギシと嫌な音がなる。それに紛れて蛍夏がぼそりと呟く。


「今警察に捕まるわけにはいかないんだ……どうしても……」


 有り体に言えば俺達には金がない。まったくだ。奨学金に縋りつく正真正銘の苦学生である。

 蛍夏は身なりこそ綺麗にして気をつかっているし、一見、王子様のような見た目ではあるが実家は貧乏な母子家庭で高校生の妹もいる。蛍夏は頭が良く、母はなんとか金を工面し、奨学金も利用し大学に行かせたがどうも妹のほうは正直言ってキツイらしい。必死にバイトをしても生活費と借金に消えていくだけだ。

 そのせいもあってどうも自分が大学に進学したせいで妹が進学できないという罪悪感に苛まれているらしい。


 そこで俺達が目を付けたのはたまたまテレビで応募していた心霊コンテストだった。大手テレビ会社が企画したそのイベントは視聴者から心霊写真や動画を募集し、大賞に選ばれると賞金がでる。その額、なんと五○○万円!

 妹の学費に充てるため、一攫千金に夢見た蛍夏は同じ同好会員である俺を引き連れて心霊スポットにやってきた次第である。

 とはいえ、俺にも思うところがある。


「メリットがないよなぁ、俺に」

「は? メリット?」


 事情が事情なだけに賞金は全て蛍夏のものだ。俺かてそこそこの貧乏だが蛍夏のようなちゃんとした金が欲しい理由はない。なんなら別に今の生活で満足してるし金がほしいわけでもない。


「おう、コンテストの賞金は全部蛍夏にやる約束だろ? なら俺のメリットってなんだろなって」

「ま、まあそれはそうだが……」


 蛍夏は困った顔をする。根は真面目な彼女のことだ。なんらかのメリットを考えて俺に手伝わせる理由を提示するに違いない。蛍夏は少し震えた声で答える。


「じゃ、じゃあキ……キス……とかどうだ……?」

「は? キスだと?」


 キス? なんだキスって。魚か? 馬鹿なのかこいつ。

 賞金の五○○万円の代わりに得られるもんが魚で良いわきゃないだろうが。馬鹿が。冗談は華奢な腰回りのわりにでかいケツだけにしてほしい。ひっぱたいてやろうか。


「バカお前、キスで足りるわけないだろお前」

「なっ……! ばっ! キ、キス以上だとっ……! 君はどこまで貪欲なんだ……」

「は? 五○○万だぞ。五○○万」

「わ、わかった……くっ、しかたない……胸は……? 胸ならどうだ?」

「胸肉? そんなんで満たされるわきゃないだろ(腹が)」

「なんだとっ! なんて卑劣な……」

「五〇〇万」

「わ、わかった! なんでも願いをきいてやる……お前のやりたいこと……全部っ! で、でも一日だけっ!」


 なんだかよく分からないがなんでも食わしてくれるらしい。言ってみるもんだぜ。伊勢海老、松坂牛どれにしようかしら。蛍夏のやつすげー顔真っ赤で涙目だがそんなに俺に飯をおごらされるのが悔しかったのだろうか。


「よっしゃ、決まりだな」

「……ソウヤ、覚えとけよ……このバカ、変態、粗○ン、くそくそくそ童貞……〜っ!」


 なんだか悔しそうな蛍夏を横目に不気味な廊下を進んでいく。懐中電灯で周りを確認しながら歩いていく。一階はリビングのようだ。部屋を見回すとキッチンやテーブルなどがあった。小汚い埃のかぶった熊のぬいぐるみもある。ここの家庭には子供もいたのだろう。

 そのまま進んで行くと階段があった。そういや、ここで起きた殺人事件は二階で起きたと聞いたな。


「おい、登ってみるか?」

「も、もちろんだよ。ここからが本番だからね……」


 彼女も事件のことはあらかじめ調べてきてはいるらしい。ネットの情報だけなので分からないことも多いが、判明していることは三つ。


 この家の二階でバラバラ殺人があった。犯人の動機が不明である、そして、遺体の頭部だけが見つかっていない、ということだ。

 階段の先は闇が深い。今までとは雰囲気がまるで違う。嫌な緊張感が走り、冷や汗がじわりと滲む。

 本能が警鐘を鳴らす。この先はヤバい。

 後ろからついてきている蛍夏も流石に不安そうな表情をして、固唾を飲んだ。

 ゆっくり、階段に足を踏み出す。

 ぎしり、ぎしり、ぎしり。

 古い木製の階段が耳障りな呻き声をあげる。一歩踏み出す度に埃が舞い、懐中電灯の灯りに照らされて物静かに、妖しくきらつく。それがなんだか不安を煽られているようで気味が悪い。

 階段を登りきると、目の前を懐中電灯で照らしてみる。金属でできたドアノブが灯りに反射し、鈍く光る。どうやらこの先に部屋があるようだ。

 そしてこの先が例の殺人現場であろう。霊感なんてなくても分かる。この嫌な雰囲気、緊張感の元凶がこの先にあることくらい。

 額に冷たい汗粒がつたう。ドアノブに手をかける。蛍夏と視線をあわす。言葉を交わさなくとも伝わる。俺達は同時にうなづいた。

 ギィィ……

 ドアノブをゆっくりと捻る。金属が鈍く擦れる音は小さな悲鳴のように聞こえた。俺達は恐る恐る懐中電灯で部屋を照らす。鬼が出るか蛇が出るか。しかし、そこには俺達の予想だにしていない景色があった。


 そこは――空室だった。


 なにもない。家具も、人も。ましてや化け物さえ。何も無い、ただ空虚な正方形の空室。しかし、それが気持ち悪かった。違和感。一階と比べて生活感がなさすぎる。

 よく見るとある異常に気付く。ゴミどころか埃ひとつない。そんなことが、ありえるか……? 普通に掃除した部屋でさえ埃くらいはあるだろう。しかし、この部屋には気持ち悪い程に、不自然に、この何もないただの空室で、俺の心臓は異常を警告する。動悸が激しくなる。

 ここはおかしい、とにかく早く逃げないと……!


「おい、蛍夏! はやくここから――」


 俺は蛍夏の方へ振り向く。しかし俺は彼女を見て言葉を失った。

 彼女は、笑顔だった。見たことないくらいの満面の笑み。しかしその笑顔はまるで能面のように不自然に硬直していた。どう見ても異常だ。


「け……蛍夏けいか?」


 俺は恐る恐る彼女の様子を伺う。どう見ても、大丈夫ではないけど、希望も期待もないけど、気を確かめる。

 彼女は笑顔のままこちらに振り向く。


「アアあアぁアアあぁアァあアアァぁアぁ!!!」


 唐突に、蛍夏は笑顔のまま狂ったように叫びだした。恐怖でビリビリと皮膚が泡立つ。

 俺は、逃げ出した。考えるより先に本能で、全速力で部屋から飛び出した。やばいやばいやばい。そのまま階段を滑り落ちるように降りて家まで走り続けた。

 息が、切れる。ひゅうひゅうと喉が鳴る。見慣れた家を見ると、どっと張りつめた糸が切れたように脚から崩れおちた。

 そして、脳によぎる。彼女を置いてきてしまった、蛍夏はどうなったのだろうか。その不安が頭から離れることはなく、その日は一睡もできなかった。

 いつの間にか空が明るくなり、窓から太陽の光が差す。数時間も経つとなんとか心も落ち着きだしていた。

 そういや今日は朝から大学の授業がある。行きたくないし行く気もしない。だけれど家に籠っても仕方ない。部屋に籠っている方が良くないことを考え込んでしまいそうだった。少しでも気が紛れるかもしれない。とりあえず出席だけはしよう。重い体を動かし、登校の支度をする。服は着替えず昨日のを着たままだったし、朝食は食欲がなかったので食べずにそのまま家を出た。


* * *


 大学に着くともう既に教室の席は結構埋まっていた。あと五分程度で授業が始まるのだから当然だった。空いているのは教授にあてられやすい前の方の席だけだ。

 俺は溜息をついて、一応周りを見渡す。他の席を探していただけじゃない。もしかしたら、蛍夏もどっかに座っているのではないかと思ったのだ。しかし、蛍夏の目立つ金髪の頭はどこを探しても見当たらなかった。


「……そりゃそうか」


 一気に罪悪感が押し寄せる。俺が、見捨てた。俺が置いていった。彼女がここにいないのは俺のせいだ。ごめん、許してくれ……蛍夏。こんなに罪悪感で苦しくなるなら、いっそ俺が死ねば――


「っぎりぎり間に合ったーっ! 遅刻、遅刻っと……」


 勢いよく教室の扉が開く。聞きなれたハスキーな女性声。ふと声のする方を見ると正真正銘、蛍夏だった。俺達は目が合い数秒、時間が停止する。


「けっけけけけ蛍夏!?!? お、おまえ無事だったのか!」


 嬉しさ、驚き、そして安堵。一気に色んな感情が襲い、教室で大声で叫んでしまった。


「あーっ! ちょっとソウヤ! 昨日僕を置いていったでしょ!」

「えっ、ちょっ、それは……」

「本当になに考えてるんだ君はぁ~!!」


 どうやらだいぶご立腹らしい。とにかく異常もなさそうで、無事でよかった!

 でもどうしたら、何から説明すればいいんだ! 蛍夏も俺も、怒りや安堵が混ざり合い爆発する。二人共訳が分からなくなってる。教室のみんながいることすら忘れて感情をぶつけ合う。一旦落ち着こう、なんて、そんな俺の心情など気にも留めず顔を真っ赤にして彼女は叫ぶ。


「ソウヤなんて、ソウヤなんて~~~!!」


 来る! いつもの罵倒……!


「天才、剛毛、巨○ン、サド、おしっこ、露○、非童貞~~!!!!!」

「罵倒が反転してるぅぅー-!!!!」


 異常ありだった。これには蛍夏も自身の口から出た言葉に驚きを隠せず、目を丸くする。これ以上何か失言する前に俺は彼女の口を手で覆い、腕を引っ張って教室をでる。

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