21. 海を見ながら

 べらはラスベガスから帰ったら、モッヒとふたりでお出かけしようと決めていました。ふたりだけで出かけるとみんながうらやましがるかなと心配していたのですが、それはなかったです。というか、あまりにあっさりしすぎているくらい。

 

 みんな、モッヒが悩んでいるのを知っていて、心配しんぱいしているのかもしれません。

「ハバナイスデイ」

 いい日をね、なんて言うと、みんなはすぐ家の中にはいってしまいました。

 コンテストに向けて、毎日、はりきっているのです。

 ひとつの目的もくてきに向かっている時ってすごい、とべらは思いました。


「べらちゃんとデート、楽しいな」

 歩きながらモッヒが言いました。

「うん、楽しいね」

 今年の冬はあたたかくて、空は真っ青にはりつめていて、さむい所に住んでいる人にはわるい気がするくらいです。べらはカリフォルニアに来るまでは東部にいたので、冬の大変たいへんさを知っています。

 

 メトロ駅まで歩く途中の家々に庭には、ピンクの花が咲いて、まだ1月なのに、春が近い感じです。

「春になったら、うれしいな」

 べらがけんけんをしました。

「春になったら、何がうれしいんだい」

「うれしいことはいろいろあるけど、おばやが冬眠とうみんからもどってくるのが、うれしいわ」


 ふたりの行先はオーシャンビーチです。

 オーシャンビーチでおやつを食べて、お話をし、それからゴールデンゲート・パークをお散歩さんぽし、モッヒがってみたいと言ったら、ストーレイクでボートをこぐ、というのがべらの計画けいかくです。


「べらちゃん、あれ」

 モッヒが線路せんろこうがわのプラットホームを見ています。そこには、下着姿したぎすがたの3人の男性だんせいと2人の女性じょせいがいました。メトロに乗って、ダウンタウンに行くようです。

「いったい、にんげんに、何がおきたんだ。みんな、ふくをきていない」

  

 あっ、そうだったわ。べらにはその意味がわかりました。

 1月のこの日は「ノーパンツの日」でした。パンツとはズボンのことで、ズボンをはかない日です。でも、下着したぎはつけていますよ。ねんのため。

なんだ、これ」

 事情じじょうを知らないホームの人たちはみんな、くすくすと笑っています。


「べらちゃん、どうして、にんげんがズボンをはかないの?」

 とモッヒがわからないという顔をしています。

 無理むりはありませんよね。

 べらが「ノーパンツディ」の説明せつめいをしました。

 これは、「みんなを楽しくおどろかせて、くらい冬をはだかでぶっばせ」という世界的なイベントです。サンフランシスコはあたたかいからよいですが、さむいところでは大変でしょうね。

「べらちやん、写真しゃしんをとって。みんなに見せたいから。マリンが見たら、おどろくだろうな」


 べらが写真をとりながら気づいたことは、みんな、あまりスタイルを気にしていないということです。パンツからお肉がはみでた人もいますし、おなかが出ている人もいます。かくしたほうがいいんじゃない、という人もいました。

 でも、そんなことは気にせず、冬の1日を楽しくやろうよ、ここはサンフランシスコだもんね。

 Only in San Francisco

 なんでも可能かのう、なんでもできちゃうサンフランシスコ、という感じです。


 オーシャンビーチに着きました。べらが一番いちばんきな場所ばしょです。

 だれもいない砂浜すなはまにすわって、しばらく、だまって海を見ていました。この海のむこうはアフリカなんだろうかとモッヒは考えていました。


「わたしにはノベンバーという大好きな人がいたの」

 とべらが海を見たまま、言いました。


「ノベンバーって、11月?」

「そう。11月生まれなのよ。でも、ノベンバーは、3年前に亡くなってしまったの。彼はその時、お仕事でスウェーデンに行っていて、わたしがオーロラを見たいと言ったので、ノルウェーのオスロ空港くうこうで待ち合わせをしたのよ。でも、彼はそこに来る途中とちゅうのフリーウェイで、交通事故こうつうじつにあってしまったの。トラックがゆきすべって、ぶつかってきたのよ」

 そうなんだ、とモッヒがうなずきました。


「ノベンバーは大学のせんぱいで、バイト先で知り合ったのよ。わたしは自分で学費がくひ生活費せいかつひも自分でかせがなくてはならなかったから、バイトを3つくらいかけもちしていたの。勉強べんきょうも、仕事もあって、大忙おおいそがしだったわ」

 その夜中のバイトで、ノベンバーと知り合ったのです。それはレストランがまったあとのお掃除そうじでした。

 その頃のノベンバーは先のことを心配して、いもつ暗い顔をしていました。だから、べらは何かしてなぐさめてあげよたいと思ったのです。でも何もできないので、得意とくい逆立さすだちをして見せたら、ノベンバーが笑ったのでした。


 べらは立ち上がって、砂の上で、くるりと回転かいてんしてみせました。そして、砂に座って、

「もうあのスマイルは見られないってこと」

 と手に砂をつかんで、ぱらばらと下に落としました。


「前に、モッヒくんと、言われると心にぐさりと突きささって。すごくきずつくことがあるって話したわよね」

「おぼえている。思い出すと、泣きたくなるって言ってた」

「ノベンバーのお姉さんがね、彼が死んだのはわたしのせいだって言ったの。わたしがオーロラが見たいなんて言わなかったら、死ななかったって。わたしと出会わなかったら、彼は生きていたって。そのことを思い出すとつらすぎて、今までだれにも言っていないの」

 べらがくちびるをかみしめて、なみだがこぼれないように上をむいたので、モッヒが背中せなかをなでました。

「ぼくに話してくれてありがとう。約束やくそくをおぼえていてくれてありがとう」


「モッヒくんがアフリカにもどることについては、自分がしたいとようにするといいと思うわ。希望きぼうはふうせんよ」

「ふうせん?」

「そう。ヘリウムガスをいれすぎてわれてしまったら、またあたらしいふうせんをふくらませればいいのよ。いつかはふくらんで、空にとんでいける、とだれかが言っていた・・・・・・」

「うん。ぼくがアフリカにいってうまくいかなかったら、また別のことを考えればいいということだよね」

「そうよ」

「わかったよ、べらちゃん」


 べらとモッヒがうちに帰ってきた時、みんなが集まってきて、どんな日だったのかとききました。

 モッヒがノーパンツの人のことを言うと、

「みんながパンツをはかないのでちゅか」

 とマリンがあわてて家からげ出しました。

 そういう話を聞く用意よういがなかったのであまりにびっくりして、ひさしぶりにくさいシャワーを出しそうになったからです。


 でも、子供のゴーちゃんがいるので、しげき的な話はよやめようね、とべらが目でサインを出しました。

「気にすることないよ」

 とゴーちゃんです。

「ぼくはいつだって、ノーパンだい」

 えっ、

 べらのほうがおどろきました。



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