19. 天使の歌声

 みんながキッチンでジュースをのみながら、コンテストのことを話し合っていた時のことです。

 リビングのほうから、ポロン、ポロンとピアノを叩く音がしたかと思ったら、水晶すいしょうのように透明とうめい歌声うたごえがきこえてきました。まるで天使てんしが歌っているようです。

 

 だれ?

 みんなきょろきょろしました。 

 キッチンにいないのはゴーちゃんだけです。ゴ―ちゃんがレコードをかけたのかしら?でも、音がリアルすぎます。


 べらがふしぎに思って、椅子いすから立ちあがって、リビングに行きました。みんな、ぞろぞろついていきました。

 歌っていたのは、やはり、ゴ―ちゃんでした。

 さっきまではただのやんちゃゴーストだったのに、今は光りかがやいてみえます。

 

「この歌は何なんでちゅか」

「アベマリアだわ」

 とべらが答えました。

「きれいでちゅ。何語でちゅか」

「シューベルトのアベ・マリアだから、ドイツ語ね」

「アベ・マリアって、なんでちゅか」

「マリアはキリストという神の子のお母さんで、アベ・マリアは、マリアさま、こんにちは、といういみよ」


 べらには音楽おんがくくわしい友だちがいて、そのことを教えてくれました。その詩に曲をつけたのひとりではなく、バッハやカッチーニなども作曲したので、たくさんの「アベ・マリア」があるのです。たいていはラテン語なのですが、シューベルトのはドイツ語なのだそうです。

 マリアさまに「こんにちは」と呼びかけている曲は、どれも特別とくべつにやさしくて、美しいのです。

 シューベルトのお母さんはマリア・エリザベートといい、彼が15才の時に亡くなってしまいました。シューベルトはお母さんの愛とはどんなものなのかよく知らないから、マリアをお母さんのように思って、呼びかけているのかもしれません。


 その音楽にくわしい人というのが、このピアノの持ち主でした。彼はお金がなかった時には、パンの耳だけ食べて、レコードを買うような人でした。そして、音楽アプリを作ってまとまったお金がはいった時、すぐに買ったのがこのピアノでした。

 その日から毎日練習れんしゅうして、ある夜、べらのために、ショパンのソナタをひいてくれました。それが「別れの曲」した。

 その時は未来みらいはかぎりなく続いていたので、曲名きょくめいのことは気にはしませんでしたが、今になってみると、なぜ「別れの曲」だったのだろうとべらはかなしく思うのです。


「じゃ、ゴーちゃんはドイツ人だったの?」

 とクマハチが言いました。

「ゴーちゃん、もう1曲、うたってくだちゃい。かんげきしちゃっいまちた」

「いいよ」


 ゴーちゃんがまた歌いだしました。

「ルアイエルブルースュグヌプセフォンドゥレ

エラテールブビヤンセクルレ

プマンボルトゥスィトユメム

ジュムフドュコンドンティユ」


 またまたおどろき。今度はシャンソンです。

「何語でちゅか」

「これって、愛の賛歌さんかだから、フランス語よ」

「じゃ、ゴ―ちゃんはフランス人なのか」

 とトットです。


「ウイッ」

 とゴ―ちゃんがフランス語で答えました。

「えっ。ゴ―ちゃん、フランス人だったの?」

 べらが、からだを前のほうに出しました。

「ノン。べらちゃんはシンプルだね。ウィくらい、だれだって知っているよ」

 それはそうだよね。

「もっと、歌える?」

 とべらです。


「からたちの花が咲いたよ、

白い、白い花だよーーー」

「わぁー、今度は、日本語」

「じゃ、ゴーちゃんって、日本人でちゅか」

「おはよこざいます。ありがとう、すし、アニメ、ジブリパーク」

 みんなの目が自分に集まったので、ふざけるゴ―ちゃんです。


「べらちゃん、ぼくも、ジブリパークにいきたいです」

 とクマハチが言いました。

「ぼくも」、「ぼくも」

 とみんなが言いました。

「コンテストにゆうしょうしたら、ひこうきのきっぷがもらえるでしょ。そしたら、みんなできましょう」

 そうだ、そうだ。コンテストをかちぬいて、ジャパンに行くんだともり上がりました。でも、まず予選よせんをとおらなければなりません。


「ゴーちゃん、どうしてそんなにいろいろな国の歌を知っているの?」

 とべらがききました。

「ピアノにさわったら、急に、うかんできたんだよ。ママがよく歌っていたから」

「ママが?歌っていた!」

 べらの目玉が上を向いたまま左右さゆういそがしく動いて、止まりました。


「ねっ、ゴーちゃん、ほかに何かうかんでこない?」

「うーん、今のところは、これだけ」

 べらが、うでぐみして、考えています。

「これで、少し、わかってきたわ。ゴーちゃんのママは音楽関係おんがくかんけいの人ね。それもクラッシック系。それに、ドイツ人か、フランス人か、日本人ね。世界中せかいじゅう何百なんびゃくもある国の中から、3つにしぼれたというのは、大きな進歩しんぽだわ。すごい、すごい」

 べらが早口で言って、指を1本、2本、3本と折りました。よしよし、いいぞというかおです。


「ゴーちゃんは英語えいごもしゃべれるぜ」

 とモッヒが言いました。

「そうだったわ、じゃ、4カ国」

「イギリスも英語だよ」

「じゃ、5カ国」

「オーストラリアもだよ」


「ああ。それじゃ、これからお仕事しごとの打ち合わせがあるから、出かけます。ゴーちゃんのことはあとでかんがえるとして、みんな、なかよく、れんしゅうしていてね。レッツゴー・ジブリパーク」

 べらがガッツポーズをして、出かけていきました。      


 ゴーちゃんは、べらちゃんの話をきいて、思うことがありました。

 べらちゃんはゴーストワールドのことをいろいろきいていたけれど、それはピアノをおいていった人のことが知りたいからなのかな。ぼくは、その人と、会ったことがあるのかな。もしかして、あのお兄ちゃんがピアノの人なのかな。

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