17. ピアノはだれのもの

「うたのれんしゅうをはじめます」

 とビデオ制作せいさくたんとうのクマハチが言いました。 


 コーラスの真ん中で歌うのは、もちろんシンガーをめざしているモッヒです。ほかのみんなはバックにいて、ハミングしたり、おどったりします。

「モッヒは、ほんとうに歌えるのか」

 とゴーちゃんがききました。

 べらもそう思ったことがありますが、本人がシンガーをめざしているので、上手じょうずにちがいないと思っていました。


 まずは発声はっせいからはじめることにしました。リビングには、大きなグランドピアノがあるので、そこにあつまりました。

「このピアノは、べらちゃんのでちゅか」

「うーん、ここのいえに来た時から、ここにあったの」

「この家は借りているのでゅか」

「この家はわたしのものよ」

「ピアノは前に住んでいた人が、おいていったということかい?」

 とモッヒです。

「そうね」

 うそはつきたくないし、でも話したくないというオーラが出ています。

「前に住んでいた人って、どんな人?」

 と、またモッヒがききました。

「うーん、それはまた後でね。・・・・・・さっ、レッスンしましょう」

 とかわされました。


「べらはちゃんは、ぼくが質問しつもんすると、こたえてくれないんだ」

 とモッヒのくちびるがきでて、はながぴくぴくしています。

「そうじゃないのよ」

 とべらが言いました。

 みんながべらを見つめました。

かなしくて、言えなかっただけ」


「かなしいことは、いわなくてだいじょうぶでちゅ。そうでちゅよね」

 マリンがみんなのほうを見ると、賛成さんせいの目はしていません。よけいなことを言うなというかおをしてにらんでいます。


「あのね」

 とべらが心をめたように言いました。

「この家も、ピアノも、前に住んでいた人のものよ。その人はもうここにはいないの。家も、ピアノもわたしにくれたの」

「そのひとは、どこに行ったんでちゅか」

「そのひとは、あそこ」

 べらちゃんが上を指さしました。


二階にかいにだれかいるのかい?」

 とトットです。

 その上よ、とべらが手をもっと上にあげました。

「ぼくがきたところ?」

 とゴーちゃんです。

 うん。べらちゃんはうなずきましたが、その話をするのはつらすぎる、という空気が伝わってきました。

「じゃ、れんしゅうをはじめましょう」

 とクマハチが言いました。

「それがいいでちゅ」

「おまえはうるせえ。でしゃばるな」

 とモッヒがマリンをどなりました。

「ことばには気をつけましょうね」

 とべらが注意ちゅういしました。


「さいきん、べらちゃんはマリンばっかりかわいがっている」

 とトットが口をとがらせました。

「ぼくもそう思うぜ」

 モッヒがうなずきました。

「そ、そんなこと、ないわよ。わたしたち、ハッピー・ファミリーでしょ」

「でも、べらちゃんはマリンが来る前は、もっとぼくたちの相手をしてくれました」

 クマハチも泣き出しそうです。

「わたし、みんなのことがだれも同じくらい大好きよ。ほら、この5本のゆびみたいに。指にはどれが大事だいじとかないでしよ。みんな同じくらい大事なのだから」

「はいっす」

 とモッヒが手をあげました。意見いけんがあるようです。

「モッヒくん、どうぞ」

「べらちゃん、ひとさし指と小指こゆびくらべたら、やっぱりひとさし指のほうが大事だいじなんじゃないかと思うんだ。ぼくのうちでは、おとうとが人さし指で、ぼくが小指みたいだったから、よくわかるんだ」


 これはちょっとたとえがまずかったかな。べらはたとえを変えることにしました。

「たとえば、お花屋はんやさんのお花なんかはみんな同じにきれいでしょ。みんなオンリーワンの大事な花だもの」

 そんな歌がありました。

「はい」

 今度はクマハチの手が上がりました。

「クマハチくん、どうぞ」

「べらちゃん、同じっこからそだった花でも、きれいなのと、そうでないのとあります。ぼくは花のことはくわしいんです。ハチが行く花と行かない花があります」


 このたとえもまずかったようです。

 いやいや、まったく。

 みんなに同じ態度たいどせっすることのむずかしさを知ったべらなのでした。


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