9. ライオンのモッヒ

 これまで紹介しょうかいした仲間なかのは、トットとクマハチ。およげないオットセイのトットは何でもずけずけうタイプ。ハチになりたい白クマのクマハチはふだんは大人しいですが、時にはすごくがんこです。


 次はライオンのモッヒです。

 来たばかりの頃は「レオ」と呼ばれていて、いつも野球帽やきゅうぼうをかぶっていてました。

 レオは「ぼうしが好きなんだぜ」と言って、朝からばんまで、ぼうしをかぶったままです。けれど、ある時、なにか考えこんでいる日がつづいたと思ったら、とつ然、ぼうしをぬぎました。

 そしたら、ヘアがモヒカンだったのです。それも、しおれた感じのモヒカン。


「どしたの、そのたてがみ?」

 クマハチの口から、そんな言葉ことばがすべりました。

「おまえはそれでもライオンか」

 とトットが言いました。

 トットが少し皮肉屋ひにくやなのは、レオも知っています。

 レオはいつもはそんなことなんか気にしないのに、その時はちがいました。

「ひどいよぉ。ぼくはうす毛だけど、れっきとしたライオンだぜ」

 と泣きだしました。

 レオが泣いたなんて初めてだったので、みんな、おどろきました。レオは地面じめんに顔をつけて、わんわんと泣きました。

 それは洞穴(どうくつ)から吹いてくる風のように悲しそうで、みんなも、悲しくなってしまいました。


 トットはまたわるいくせが出てしまったと気づき、「ごめんな。この口を石けんであらうから、ごめん」と何度なんどもあやまりました。でも、レオは「そういうことじゃないんだ」と言って泣くばかりです。

 どうしようもなくなったみんなは、またべらちゃんのところに行きました。

 べらはコンピュータに向かって、小説しょうせつを書いていました。小説家しょうせつかになりたいというのが子どものころからのゆめです。それで、コンテストに応募おうぼし続けているのですが、入賞にゅうしょうしたというはなしいたことがありません。


 トットが自分の失言しつげんについてあやまりました。

「ぼくは時間じかんを取りもどしたい。あそこにもどったら、あんなことは二どと言わない」

 とべそをかいています。

「What's done is done」

 とべらが言いました。

「そういうの、日本ではふく水、ぼんかえらず、って言うのよ。ママが言ってた」

意味いみ、わかんない」

 とトットです。

「トレイの上にのせたカップからこぼれた水は、もとにもどらないという意味いみよ」

「じゃ、べつの水をいれたらだめですか。カップはこわれなかったようだから、ぼくがミネラルウォーターをってきて、そのカップにいれるというのはだめですか」

 とクマハチです。

「いや、これはたとえなのでね」

 とべらがこまりました。


「トットくん、およぎの練習れんしゅうをつき合うよ」

 とクマハチが言いました。べらちゃんとレオをふたりだけにしたほうがよいとかんがえたのです。

「おまえ、およげるのか」

「今はクマハチだけど、もとはシロクマだったから、およぎは得意とくいなんだよ」

「そうか。おしえてくれ」

 べらちゃん、あとはよろしく。ふたりはレオをべらのところにおいて、部屋へやを出ていきました。


 ふたりが出ていくと、急に時計とけいの音が聞こえるくらい、部屋へやがしずかになりました。レオはべらとふたりで向いあったことがなかったので、少しれてもじもじしました。

「レオくん、これまでもいろんなことを言われても気にしない大きな心のライオンだったのに、どうしちゃったのかな」

「これ」

 レオはしゃくりあげながら、ポケットから写真しゃしんを出して見せました。

「りっぱなライオンねぇ」

「父さんなんだ。ライオン・キング」

 とレオがむねをはりました。

 まさに、百獣ひゃくじゅうの王としての貫録かんろくがただよっています。べらがわぁーといきを吸いすいこみました。

「すごいお父さんねぇ」

 レオの顔が少しやわらぎました。

「お父さんのこと、すごくリスペクトしているのね」

 レオがはなをすすりながら、うなずきました。かたがゆれています。

「ぼくは・・・・・・」

 レオの次の言葉ことばがなかなか出てきません。

 べらはレオが落ちおちつくまでの時間じかんをあたえるために、気にしないふりをして、コンピュータに向かいました。


 レオがようやく話しはなしはじめました。

「ぼくはライオン名門めいもんファミリーの長男ちょうなんなんだ。でも、からだも小さいし、ヘアもこんなに残念ざんねんだから、小さな時からコンプレックスのかたまりで、うつわが小さいんだ。ファミリーのリーダーとして、みんなを引っぱってなんかいけない。だから、弟たちにあとをゆずって、家出いえでしてきたんだ」

 そうなのよね。べらがうんうんとうなずいて、ふり向きました。

「それは人間にんげん世界せかいでも、ある話よ」

「人間の世界でも、あるの?」

「でもね、日本には徳川家康とくがわいえやすという江戸時代えどじだいの有名な将軍しょうぐんがいて、長男があとをつぐように命令めいれいしたのよ。たとえ、弟のほうがりっぱでも、何でも」

「どうして」

「そのほうが、あらそいがきないからよ。だから、とくがわは15だい、265年もつづいたのよ」

「265年もかぁ。すごいなぁ」

 とレオは感心かんしんしました。


「ぼく、この間、家族かぞくのゆめを見たんだ。みんながとても会いたがっていたんだ。ぼくもみんなに会いたい」

「じゃ、わたしがれていってあげるわ。今はお金がないからむりだけど、貯金ちょきんがたまったらね」

「でも、ぼくはかえりたいけど、帰れないんだ」

「どうして?」

「だって、ぼくは何もなしとげていない。帰るからには、ぼくはおとことして、これをやったんだというものを持って、帰りたいんだ。だから、いろいろと考えていたんだ。これから、どう進めばいいのかって」

「ああ、それを聞いてわかった気がするわ。最近さいきん、考えこんでいたようだったもの。レオくん、それはすばらしいわ」

「べらちゃん、ありがとう」


「それで、これからどう進むのか、わかったの?」

「ぼくは考えたんだ。ぼくは生まれつきのモヒカンで、そのことがコンプレックスのもとだった。でも、これをいかして、ラッパーになろうと決めんだ」

「ラッパーって、何かをつつむ人のこと?」

「ちがうよぉ。ラッパーって、ラップをうたうシンガ―だよ」

「ああ、あれね。何を言っているのかさっぱりわからないけど、若い人には人気にんきよね」

「ぼくのこのヘアは、ラッパーになるためにあるんだって、気がついたんだ」

「ああ、そうね。そういうヘアのシンガー、いるわね。すごくよい考えだけど、レオくんはうたえるの? 歌うのを聞いたことがないけれど」

「れんしゅうして、そのうちに歌ってみせるよ」

たのしみにしているわ」

 べらがそう言ってから、くびをかたむけました。


「でもね、そのことと、トットくんに言われていたことと、どんな関係かんけいがあるのかな」

「それは」

 レオのはながまたひくひくしています。

「なにかゼッタイに言われたくないこと、言われちゃったんじゃない?わたしには、わかるの」

「べらちゃん、わかるの?」

「わかるわ」

「ぼくはこんなヘアだから、ぼうしをぬいだらライオンに見えないだろうなと、心の中ではびくびくしていたんだ。ゆうきをだしてぼうしをぬいだら、そのとたんに、おまえはそれでもライオンかって言われてしまったから、ショックだったんだ。でも、トットがわるいんじゃない。トットは正直しょうじきなんだ。だから、よけいかなしかった。世の中のみんなも、そう思うんだろうなと思ったら、かなしさでいっぱいになってしまったんだ。そしたら、つらかったことばかりを思い出して、とまらなくなってしまったんだ」

「そういうことよね」

 べらはうでみをして、天井てんじょうを見上げました。


「あるのよねぇ、相手あいてにとってそんな意味いみではなかったかもしれないけど、言われると心にぐさりときささって。すごくきずつくことが」

「べらちゃんにも、あった?」

「あるある、大あり。思い出すと、きたくなることがあるわ」

「それって、何?」

「ごめんなさい。つらすぎて、まだ言えないの」

「そうなんだ」

「でも、言える時がきたら、さいしょに、レオくんに言うから」

「ぼくに、一番先いちばんさきに、言ってくれるの?」

 べらから特別とくべつあつかいされて、レオはうれしくなりました。

「べらちゃん、やくそくだよ、きっと」

「べらはやくそくををまもるオンナだい」

 とべらがどんとむねをたたきました。


「じゃ、やくそく記念きねんに、べらちゃんにこのぼうしをプレゼントするよ」

「いいの?今まで一番大事いちばんだいじにしていたじゃない?」

「大事だから、あげたいんだ。それに、ぼくはこれからは、ラッパーのモヒカンとして、生きていくんだから」

「ラッパーとして成功せいこうして、アフリカの家族かぞくのみんなに会いに行こうね」

 というわけで、その日から、レオの名前なまえが「モッヒ」になったのでした。

 イエーイ。

 

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