4. サンフランシスコへ

 船が着いた場所は、フェリービルディングというところです。

 フェリービルディングの前が、マーケット・ストリートという通りです。

 そこには古いストリートカー(路線電車ろせんでんしゃ)が走っています。いろんな国で使われていたアンティークの電車で、サンフランシスコ名物めいぶつです。

 そのストリートカーはダウンタウンの真ん中を走ります。

 

 マリンはそのマーケット・ストリートで、37個のニオイを感じました。空気の中には、人、食べ物、車、香水こうすいなどいろんなにおいがただよっています。

 神経しんけい集中しゅうちゅうさせて、たくさんのにおいの中から、あの子のにおいを見つけました。

 あの子のラベンダーのにおいです。やった! マリンは喜びました。

 あの子は生きている!

 このにおいを追いかけていけば、会える。

 

 マリンはラベンダーのにおいをひろいながら、ダウンタウンを走り、カストロという通りを抜けました。カストロ通りでは、はだかのおあにさんが歩いていました。人間にんげんにも、ふくない人がいるのだと思いました。

 途中できりが出てきて、においが消えてしまい、ゴールデンゲート公園こうえんというところに来てうろうろしているうちに暗くなってきたので、カエルの声がするリリー・ポンドという池のそばでることにしました。

 すると「ぐわっ」、はきそうになりました。ものすごくくさいので、この新種しんしゅのにおいはなにかと調しらべてみると、近くにホームレスのおじさんが、ダンボールをかぶってていました。人間には、スカンクよりもくさい人がいることを知りました。マリンはいそいでげ出して、白いおしろのような温室おんしつの前の広い花畑の中で、ねることにしました。

 

 朝になって、またあの子のにおいを見つけ、それを追いかけてフォーレストヒルというところにまできました。フォーレストは森、ヒルは丘という意味いみです。

 フォーレストヒルというところはみどりが多く、きれいないえがならんでいますが、あちこちに坂があり、いりくんでいます。

 ここには、あの子のにおいが、ありました。

 そうです。あの子が住んでいるのはここです。

 そのにおいがするのは、童話どうわみたいなかわらの屋根、かべがみどり色のかわいい家からでした。

 前庭まえにわにむらさき色のラベンダーがうえられていて、それであの子からはそのよいかおりがするのだとわかりました。

 マリンはその家の前に立ちました。

 ぼくは、とうとう、ここまで来れたんだ!

 人生、初くらいのうれしさです。

 マリンはむねがつまって、泣きそうになりました。


 マリンはドアベルを押しました。

「ごめんくだちゃい」

 マリンは深呼吸しんこきゅうをしました。くさいシャワーが出てしまうと困るからです。まず出てきたのは小さな毛のうすいライオンでした。

 えっ。

 続いて、オットセイが顔を見せました。

 ええっ。

 この子は、ふしぎな生きものたちと住んでいるみたいです。

 なぜ?

 マリンは自分が動物どうぶつなのを忘れてそう思いました。

なんのようじだ。おまえはれだ」

 とライオンが言いました。

「ぼくはマリンといいまちゅ。ここに、若い人間の女の子がいまちゅか」

 マリンはしゃべる時、スカンクの子供の特徴とくちょうで、「す」を「ちゅ」と言います。それを聞いて、オットセイがくすっと笑いました。

「いるけど。べらちゃーん、お客さんだよ」

 あの子は「べら」という名前なんだ、とその時わかりました。あの子にぴったりのかわいい名前です。


「はーい」

 中から、女の子が出てきました。

 あっ、あの会いたかった子が、目の前にやってきたのです。

 どきん、どきん。

「はい。わたしがべらよ」

 マリンはうれしすぎて、ことばが出てきません。

「どうかしましたか」

 べらがマリンの顔をのぞきこみました。

「あのう」

 マリンの声がふるえてしまいました。


「どうして、来ないんでちゅか」

「えっ」

 べらはきょとんとしました。さっぱり意味がわかりません。

「どうしてマリンヘッドランズに、来ないんでちゅか」

「えっ」

「前は来ていたのに、どうしてもう来ないんでちゅか」

 その時、マリンはもうがまんがでなきなくて、くさいシャワーが出そうになりました。

「失礼しまちゅ」

 マリンはにげました。

 シャワーをがまんして走って行くと、ゴールデンゲートハイツという公園こうえんが見えたので、そこまで走って行って1発、2発やりました。

 あまりのくささに、公園にいた犬達が、オーナーをおいて、きゃんきゃんといって、にげていきました。

 マリンはにおいをかがないように、その公園からにげて、今度はもっと高い所にあるグランドビュー公園というところに行きました。

 長い階段かいだんをのぼると、てっぺんはせまく、人はだれもいません。そこには、パノラマビューが広がりっていました。360度、サンフランシスコが見えます。 丘には強い風が吹いていて、ばされそうです。

 ここならだいじょうぶ。においも飛んでいくから。

 マリンは真ん中にひとつある古ぼけた緑色のベンチのあしにしがみついて、何発もやりました。

 その日、フォーレストヒルの人たちから、変なにおいがするというクレームがPGアンドEというガスの会社にいくつもきました。それで、会社から調査ちょうさの人がやってきて、ガスもれを探しました。でも、どの家のガス管も、もれていませんでした。


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