2. カラフルな服の女の子

 ある春の日、そのスラッカーヒルに、カラフルなふくをきた元気な人間の女の子がやってきました。

 ちぢれた長い茶色のヘアをあたまの上でしばっています。

 マリンヘッドランズにはトレイルがいつくもあり、人々はよくハイキングに来ますが、たいていはグルーブで、若い人間の女の子がひとりで来るというのはめずらしいです。

 

 その子は1ヵ月に2、3回やってきます。

 サンフランシスコのダウンタウンからマリンヘッドランズまでは、しゅうに2度だけ市バスが出るので、それにってやって来るのです。

 その子は山小屋みたいな案内所のあたりでバスをおりて、青いバックパックをせおって、歩き始めます。

 2時間くらいかかってスラッカーヒルに到着とうちゃくして、そこでランチを広げます。丸まったごはんを食べている時もあれば、四角いべんとう箱のごはんの上に黒いものがのっている時もあります。ごはんと卵と海のにおいがします。その子はお米が大好きなようです。


「いただきまーす」

 という時のその子は、とてもかわいいです。

「あの子、今がさいこうにハッピーな瞬間しゅんかんなんだろうな」

 とマリンもつられてほほえんでしまいました。

 その子は食べる前には、ふんふんふんとハミングしたり、首でリズムを取ったりします。ヘイヘイヘイなんて、肩をゆすったりもします。


 あちこちながめを楽しみながら、おいしそうに大きな口をあけてランチを食べます。食べおわると、「ごちそうさま」と言いながら、いつも、もう少し食べたいなという顔をします。

 人間って、気もちがかおに出る生きものなんだとマリンは思いました。スカンク界では表情ひょうじょうを変えてはいけないと教えられてきました。

 それから、その子は何かを書いたりするときもありますが、たいていはお昼寝ひるねです。

 ハイキング、ランチ、お昼寝、それがパターンです。

 この子、ストレスなさそう、とマリンは思いました。


 でも一度だけ、その子が泣いているのを見たことがあったので、心配しんぱいしました。でも、すぐに立ち直りました。あのなみだは何だったのかなと思っています。

 それから、その子はダンスをしたり、さか立ちをしたりします。あそこは坂で、バランスを失ったらきけんなので、見ていてはらはらしました。

 あの子って、なんか、おもしろい。

 マリンはその子に会えるのが、楽しみでなりません。


 いつの間にか、マリンはその子が来てくれるウィークエンドを楽しみに、生活するようになっていました。

 あと何日で、あの子と会えるかなぁ。

 来るといいなぁ。必ず、来ますように。


 あの子がバスからおりると、マリンにはすぐにわかります。ラベンダーのかおりがするからです。

 今はあそこらへんを歩いている。今はあそこだ。もうすぐに丘につく。会える。会える、うれしいな。

 そんな時、マリンのむねはどきどきします。心ぞうの場所がはっきりわかるほどのどきんどきんです。マリンはまだ恋は知らないのですが、恋って、こんな感じかなと思ったりしました。


 いつものようにあの子がお昼寝ひるねをしていた午後ごご、急に雨がふり出しました。ここではめったに雨はふりませんが、その日はふったのです。

 でも、あの子はおつかれのようで、くうくうとねむっています。

 これはたいへん。

「かぜをひいてしまうよぉ」

 マリンは心配しんぱいでなりません。近づいて身体をゆすりましたが、おきません。

 それで、おなかの上を走ってみました。3回も。

 すると、あの子はようやく気がついたようで、起きあがって、きょとんと空をながめました。

「おお、ま・ず・い」

 そう言ったかと思うと立ちあがってにもつをまとめて、青いバックパックをせおって、坂を走って下っていきました。


 マリンの心の中は、気がついてよかったというほっとした気もちと、ああ、行っちゃった、というかなしい気もちがミックスされてふくざつでした。

 マリンはいつまでもその子のにおいを追いかけました。

 そのうちににおいがすっかり消えてしまい、マリンは今までにないほどのさみしさを感じました。

 もう会えないような気がして、泣きたくなりました。


 また来てね。

 ぜったいに来てくれますように。

 マリンはまいばん祈りました。

 でも、2ヵ月たっても、3月ヵ月たっても、あの子はやってきません。

 木々の葉が色を変え、ハイキングシーズンもおわりに近づいてきました。

 あんなに楽しい日々だったのに。よいことは長くはつづかないのかなあ。


 マリンは世界のはてに来たみたいに悲しくなりました。

 今までは美しく見えたけしきにも、さみしさがあふれています。

 同じ景色なのに、その子がいないと思うと、こんなにもちがって見えるのだと思いました。

 もしここにあの子がいたら、この景色はきらきらしていたんだろうか。

 ものは目で見るのではなくて、心で見るのかぁ。

 マリンは詩人、いや詩スカンクになりました。

 そして、何を見ても、すくになみだぐむようになりました。

 でも、ストレスをためてはスプレーが出てしまうので、何度も深呼吸しんこきゅうをしました。

 またあの子に会える日があるのだろうか。

 会いたいなあ。


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