箱庭

 ドスンッ!

激しい音とともに俺はしりもちをついた。何かに躓いたようで、玄関先で転んでしまったのである。もういい年齢の大人がみっともない・・・。

「今何時だ?」

玄関に置いてある時計を見ると、時刻は2:30を刻もうとしていた。

「こんな夜中に、俺は玄関で何しているんだ?寝ぼけてたのか?」

独り言でも言っていないとやっていられない恥ずかしさに駆り立てられ、俺はぶつぶつとつぶやいていた。


 ガチャッ

その時、お袋の部屋のドアが開いた。怪訝そうな顔をしながらこちらを眺めている。

「あんた。どうしたの?」

そりゃこんな時間に出かけようとしていたら不審がられるのも無理はない。俺は、寝ぼけてて、と軽く返答して自室に戻った。


 「どこに行ってたの?」

自室に戻ると少女が訪ねてくる。あ~起こしちゃったか・・・。何でもないよ、と軽く返して俺もベッドにもぐりこんだ。


 翌朝、7時前に目が覚めた俺は、久々に親父とお袋と一緒に朝食をとった。珍しく早起きをした俺を見て親父とお袋はちょっと喜んでいた。そんな二人の姿を見て、俺はちょっとこそばゆかった。大の大人が、自分で目が覚めただけでそんなにほめるなよ・・・。


 それから親父とお袋の出勤を見守って、俺は自室に戻った。カレンダーはもう9月を示していた。どうりで暑いわけだ・・・・。さて、そろそろシルカを散歩に連れて行かないと。部屋を見渡すと、ベッドと壁の間に挟まれるようにして寝ていた。気持ちよさそうに寝ているシルカを起こすのはちょっと気が引けた。しかし、朝晩とも散歩に連れて行かないと期限が悪くなるので、俺はその少女の首に首輪を回した。


 「だめだよ。この世界では。ここだけが君の世界なんだよ。」

目を覚ました少女は、俺に向き直ってそんな意味深なセリフをはいた。何べんもきいている、この世界ってなんだ?今まで俺がいた世界が”この世界”じゃないのか?そんな哲学的なことを考えながら、俺は子犬を抱きかかえて階段をおりて玄関に向かった。靴を履いて、水なんかが入ったバッグを持って、これから散歩に行こうと玄関を開けようとした瞬間、俺は耐えられないような頭痛に襲われた。


 「だから言っているでしょ?ここだけが君の世界だって。」

俺に抱きかかえられていた子犬の少女は、俺の顔を覗き込むようにして話しかけてきた。この世界って何のことを言っているんだ?俺には皆目見当もつかない。しかもここまで頭が痛いとなると、何も考えることができない。ちょっと落ち着くまでまとう・・・そう思って俺は玄関に座り込んだ。頭痛が治まるように、この何か得体のしれない恐怖が治まるようにそれだけを考えていた。

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