第7話 実は面食い
小屋へ入ると、中は質素ながらも快適そうな造りになっていた。
20畳ほどの狭さではあったが、テーブルや椅子、キッチン、ベッドも備え付けてあり、棚にはビンに詰められた食材もみえる。
小屋の外見から木造であることはわかっていたが、家具も木製で統一されており、窓から入る優しい光も相まってとても居心地の良い印象を受ける。
それほど埃も溜まっていないように思うが、一応換気は必要かとドアと窓を開けて空気の入れ替えをする。
旅人用と第三の管理者さんが言っていたので定期的に人が使用して保っているのかもしれない。
「とりあえず、これからの話をしないとね」
「じゃあ、ルイとクロは座ってて!」
「ん」
手をはたきつつ2人に声をかければ、マシロは棚を見て何かに気がついたようにキッチンへ直行した。
何をするのかと思えば、どうやらお茶の準備をしてくれているようだ。まだ身長が足りてないようで少し背伸びをしてティーポットに水を注いでいる。その必死さが、なんとも可愛らしい。
ちなみにクロガネは、早々に椅子に座って大人しく待機している。猫の頃から少し不器用なところが見受けられたので、たぶん戦力外通告だ。
「火を扱うんだし、私も手伝うよ」
「んーん、大丈夫だよ!ルイがお茶淹れてるところ沢山みてたし。それに、僕の火で沸かせば安全だもん!だからルイも待ってて」
マシロがにっこり笑って指をパチンと鳴らすと、コンロから火が上がった。
その上にポットを乗せたあと、すぐに茶葉を棚から取り出す。
どうやら本当に1人で出来るようなので、ソワソワしつつも言われた通り私も大人しく椅子に座った。
「ねぇ、マシロの火を使えば安全ってどういうこと?」
「僕が出した火は僕にとっては全然熱くないんだ。触れたとしても、あったかいなぁって感じる程度だよ」
「え!そうなの?すんごい便利だね」
「へへ、そうでしょ?温度も調節できるからすぐにお湯も沸かせちゃうし!あ、でも2人にはちゃんと熱いから触んない方がいいかも」
「へ〜!じゃあ火を使う時はマシロにお願いしちゃおうかな」
「うん、沢山頼ってよ!」
小学生が火を使ってる場面を見ると大人として止めたくなってしまうが、本人に危険がないのであれば大丈夫だろう。
私の魔法も後で使ってみて、どんなことができるか確認しておかなきゃな。
水と風と無か…無って難しいけど、テンプレで行くと空間とか時間が無に当てはまりそうだよね。その辺りも確認できたらいいなぁ…なんて考えているうちにお茶が淹れられていたようだ。いつの間にか目の前にマシロが座っており、カップを配ってくれていた。
「熱いから気をつけてね」
「ありがと」
「うん、ありがとう」
淹れ方がいいのか、とても良い香りがする。そして一口飲んでみれば、凄く上品な味だった。……紅茶なんてペットボトルか有名ブランドのティーパックしか飲んだことがないおかげで、本格的なダージリンやらアッサムやらの違いがわからない。が、ほのかにフルーツの香りがしているので、そういうフルーツフレーバーティーみたいなものかな?
2人を見ればまだ口は付けておらず、クロガネに至っては必死にフーフーと息を吹きかけ冷ましていた。ああ、猫舌…
「すごく美味しいよ」
「ほんと?よかった」
そう言うと、マシロはホッとした顔でへにょと眉を下げる。心臓がギュンッと鷲掴みされる音がした。危なかった。私でなければ尊死してたよ…なんて、汗を拭いつつ改めて2人を観察する。
猫の時から顔が綺麗だなとは思っていたが、人間になってもそれは変わらないらしい。
それぞれ子供の可愛らしさは満点にありながらも、マシロは王道王子様フェイス真っ只中のお綺麗な御尊顔をしている。少し吊り目なまんまるキラキラお目目が猫を彷彿とさせるが、ずっと上がっている口角や頬の赤みから愛嬌の良さが伺える。これは王太子殿下と言われても納得してしまう顔立ちだ。
クロガネは最近流行りのダウナー系と言えるだろう。とろんと垂れた眠そうなお目目は、重めのふわふわな前髪で見え隠れしている。口は小さく常に噤まれているが、ふくふくのほっぺのおかげで無表情でも怖くない。クロガネは王子様というより、少女漫画でよく見る何にもやる気がない不良役が似合いそうだ。
何が言いたいかというと、かなり、超絶、はちゃめちゃに顔がいい。親バカと呼ぶがいい。いや、親バカ抜きにしても相当顔がいい。
そして、何を隠そう私は大の面食いだ。
顔がいい男も女も大大大好物だ。物心ついた頃から、アイドルや芸能人、隣のクラスのマドンナやイケメンなどなどのキラキラとした顔を持ってる人間を目で追ってきた。お近づきになりたいなどの邪な気持ちではなく、ただただ見てるだけで幸せになれるというお手軽な面食いとして生きてきた。
…まぁ最近は、仕事が忙しくて触手を伸ばせていなかったけど。
第三の管理者さんもかなりの美人さんだったので、もう少し眺めてお茶をしたかった気持ちがある。惜しいことをした。
いや私の癖なんざどうでも良い。要約すると、既にこの世界に来てよかったということ。神よ、感謝します。管理者さんたち、ありがとう。
2人の顔を交互に見て茶のツマミにしていると、マシロと目が合いキッラキラな笑顔で微笑まれてしまう。
「ルイ。黒髪も良かったけど、今の髪の色も素敵だね!すっごく可愛いよ。流石僕らのお姫様だ」
「んぐっ」
不意打ちである。
「ゲホッ、ゴホッ」
「ルイ!?だ、大丈夫!?」
「無理しないで」
サッと立ち上がったクロガネが背中を撫でてくれ、落ち着きを取り戻す。
鼻がツーンと痛んだあと何かが垂れる感覚がして、鼻血かと擦れば赤くはなくてホッとした。飲んだ茶だな、よかった。
ショタの微笑みで鼻血を出す女は、完全にアウトである。お茶なのでセーフセーフ。
「だい、じょうぶ…ごめん、ありがとね…ケホッ」
「ん、平気ならよかった」
「ごめん、ルイ…僕が飲んでる時に声かけちゃったからだよね?気をつけるね…」
「いや、そんなことない!本当に平気だから。ただ、可愛いとかお姫様だなんて言われたことなかったしそんなこともないから、ただただ驚いて照れちゃっただけだよ」
自分で言うのも恥ずかしすぎて頬が赤くなるのがわかる。「たはは〜なんつって」と笑えば、2人はきょとんとした顔で首を傾げた。
「え?ルイ、すっごく可愛いよ?それに地球にいた時だって、ずっとずっとルイに可愛いって言ってたじゃん!」
「ん。ルイがいつも俺たちに可愛いって言うから伝わってると思ってた」
「なんかすごいニャーニャー返事してくれてるなと思ってたけど、まさかそんなこと言ってたの!?」
「伝わってなかった」
「ガーン!」
「え、え〜っと…あ!わ、私の髪何色かなぁ〜」
あまりにも恥ずかしく気まずい話題すぎて、話を逸らそうと後ろで束ねていた髪を解いてみる。
先ほどまで黒かった私の髪の毛は、今は明るいアッシュグレーのようなオシャレで落ち着いた色味になっていた。
「あれ、青でも緑でもなかったね。これは…灰色?いやでも、少し毛先は緑っぽい気もする?」
第三の管理者さんが言っていた色の中では、灰色に近い気がする。
「うーん…たぶん、灰色、かなぁ?」
「1番強いのが無属性、でも水と風属性もそこそこ強いって色。緑より、青緑」
「混ざってるってこと?」
「ん。たぶん」
「えー!すごい、すごいよルイ!混合色って滅多にないんだから!それに、3属性っ」
きゃっきゃっとはしゃぐマシロ。クロガネは私の毛束を手に取り、真剣に観察している。
「魔力が強いほど、色が濃く鮮やかになる。けど、ルイは灰色が入ってるから、鮮やかかどうかわからない」
「へぇ!そうなんだ。じゃあ、2人の色が綺麗なのはそれだけ魔力が強いってこと?」
「ん。俺は闇で、マシロは光が強い。でも、少し違う」
「え、違うの?」
考える仕草をしたあと、クロガネは「また今度話す」と言い、また新しくポットからお茶を注いでフーフーしながら啜った。
「それより、これからのことを話すべきだし」
「あっ、そうだった!ルイ、これからどうする?」
「ああ、そういえばその話をするんだったね」
とりあえず、ぐるりと部屋を見渡す。
「すぐに村か街に行ってもいいけど、その前に私たちが使える魔法を確認しておきたいんだよね。だから、数日はここに滞在しようかなと思ってるんだけど、2人はどう?」
「ん、いいと思う」
「僕も!」
「よかった。じゃあまずは食料の確保かな?」
棚に少し食料が見えたけど、3人で数日暮らせる分の蓄えがあるのかわからない。ぱっと見はそこそこありそうだけど…と、棚に目を向ける。
「んとね、あの棚には酢漬けの野菜とか干し肉があったよ。あとはお茶にお塩でしょ、酢漬けにされてない野菜もちょっとあるかな?麻袋にジャガイモとたまねぎが入ってたよ」
「あれ、確認してくれてたんだ。ありがとね!それくらいあれば平気だよね?」
「ん。足りなかったら、この辺りで肉を狩ってもいい。素材は売れば、資金にもなる」
「えっ?楽しそう!僕は賛成〜!!ねぇ、ルイ。この辺り探索してみようよ。ついでに魔法の練習も!」
魅力的な提案だったのか、マシロは椅子を倒す勢いで立ち上がって身を乗り出した。
クロガネも満更ではないらしく、眠そうな目が輝いているように見える。
「じゃあ、少し森の探索してみよっか」
「わー!やったー!」
「あ、でも危険だったらすぐに帰ってくるからね」
「俺とマシロがいれば、問題ない」
クロガネの言葉にドヤと胸を張るマシロ。
過剰な自信は禁物だが、まぁ確かに管理者さんが送ってくれた森だし危険なことはないだろうと思い直して立ち上がる。
「マシロ、ご馳走様。洗い物は私がやるよ」
「僕も手伝うよ!あ、クロガネは座っててね!」
「ん」
悲しきかな、2回目の戦力外通告である。
2匹の子猫を拾ったら、異世界で溺愛されました。 鹿目悠 @knm_hrk
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