第4話 リンゴの木
「この地球という世界は素晴らしいですね。貧富や教育、幸せなど様々な格差あれど、しっかりと今日が終わって明日が来る。
様々な命が生まれ、生命エネルギーが溢れている。だからでしょうか。この世界で命を込めて創作された物語は、いつしか本当に1つの世界として産まれる時があります」
「物語が、ですか」
「わかりにくいですかね?うーん…ああ、リンゴの木を想像してみてください。
木の幹、一番太くて大きな部分が地球だとして、そこから地球で創られた様々な物語が枝のように伸びていきます。枝にたくさんついている葉が創作物ですね。
ただ稀に、命を込めすぎてリンゴのように実のある創作物が産まれてしまうのです。そしてそれが地球から生命エネルギーを吸い、熟れ、地面に落ちてしまったとき。地面に落ちた瞬間から、新しい世界となって廻りはじめてしまうのです。
そのため、貴方たちが言う異世界とは地球から産まれ落ちた果実のようなものだと思ってもらえればいいかなと」
「なるほど」
「なので、神様を無理やり決めるのであれば、地球か…そのリンゴが付いていた枝を創造した者でしょうか?
しかし、それでは神はリンゴに気づかないままただリンゴが腐り世界が終わってしまうだけ。そのため、管理者という存在も共に産まれ落ち、リンゴが腐らないように、傷がつかないようにずっと管理をしているのです。私たちが消えてしまえば、リンゴは腐り世界も終わってしまう。一応神様とも似てはいますが、私たちは創造はできません。鮮度を保つために修繕はできるのですが…」
「ああ。だから神様ではない、となるんですね」
「おっしゃる通りです。ただ、お恥ずかしい話ですが…完全に管理をできているかと言われると、そうでもないんです」
「?」
「にゃう」
「はい。今回、マシロさんやクロガネさん、その他数名がこちらの世界に間違えて産まれてしまいました。リンゴの一部に、傷が生じてしまったのです。その傷に気づいた時には時すでに遅しでして…そのあとすぐにこちらの探しに来たのですが、その間に野鳥に襲われていたそうです。マシロさんとクロガネさんは他の皆を守るために野鳥を引きつけながらなんとか逃げ切り、その後公園で途方に暮れていたところに灰祢さんが通りかかった、と彼らが」
第三の管理者さんは、マシロとクロガネに視線を向ける。
「にゃん」
「に~」
「そうなの…?よく頑張ったね、2人とも。無事でよかった」
そっと2匹の背をなでると、彼らは得意げに胸を張ってフンと鼻を鳴らした。うん、可愛い。
「他の皆はもうクティノシレスタに帰っているので、あとはお2人だけなのです。そうすれば、リンゴの傷を修繕することができる」
「………はい」
無意識にぐっと、唇を噛む。
「しかし、ここで2つ問題が」
「…問題、?」
「はい。まず、1点目。リンゴの傷がですね、意外と深く…傷を修繕するためにはリンゴの生命エネルギーを使用するのですが、どうも現在クティノシレスタにある生命エネルギーでは足りないのです。また、リンゴ自体の生命エネルギーを使いすぎてしまうとリンゴの鮮度が落ち、果てには腐ってしまうためあまり多くは使用できず…傷を修繕できない状況でして」
「本末転倒ですね」
「そうなんですよ。周辺を少しずつ修繕してはいますが、根本的な問題には触らないのでどうしたもんかと」
額に手を当てながらやれやれと息を吐いた。
「そして2点目。……そこの我儘坊やたちがですね、貴方と一緒に居たいと駄々をこねるんです。貴方と離れたくない、一緒に居たいって」
「にゃう!」
「にゃっ!!」
「!マシロ、クロガネ…!」
彼女の言葉に同意するかのように2匹が鳴く。それがどうしても嬉しくて、抱き上げてぎゅうと抱きしめる。
「ふふ、仲が良いことはとってもいいことです。が、帰ってきて貰わないと私たちの世界自体が危なくなってしまう」
「に"っ」
「いえ、嫌ではないんですよ。貴方たちの為だけに、何千何万もの命を見捨てるわけにはいかない」
「それは、そう…ですね」
異世界ということは、ここで別れてしまえば一生2匹に会えない。そう考えるだけで悲しく、虚無を感じてしまう。私の幸せにもう二度と会えず、声も聴けないなんて…だからといって、何万もの命を無視できるほど自分勝手にも生きてはいない。
どうしようかとぐるぐる悩んでいると、第三の管理者さんが「しかし、」と明るい声で話し始めた。
「これが、1つの方法で解決するんです!」
「………でも、お高いんでしょう?」
まるで某テレビショッピング店員のごとく声のトーンを高くして言うので、思わず口からお決まり文句が出る。
「ふふ、ある意味お高いでしょうか?」
「やっぱり」
じとりと第三の管理者さんを見ると、笑顔のまま右手で私を指し言葉をつづけた。
「実は、灰祢さんがこちらの世界に来ていただくだけで、どちらとも解決できちゃうんです」
「にゃっ!?」
「え、私がですか?」
「はい。2点目については言わずもがななので省略しますが、1点目の生命エネルギー問題について、貴方がクティノシレスタに来ていただく際、貴方が今まで吸収した生命エネルギーを使わせていただくのです。
そうすれば、生命エネルギー問題も解決でき、貴方たち3人も別れなくて済む。いかがでしょうか?」
「それは…とてもいい案に聞こえるのですが、私の生命エネルギーを使うというのは、痛いだとか、死んじゃうとかはないですか?」
すごく美味い話に聞こえるが、美味い話には必ず落とし穴がある。人生で嫌というほど学んできたのだ。
まさか疑われるとは思わなかったのか、管理者さんは目をぱちぱちとさせる。それから考える素振りを見せ、お茶を啜りながら答えた。
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