第2話 幸せのかたち
休日の午前6時。
何者かが寝ていた私の額や右耳をザリザリと撫で、その若干の痛みに意識が浮上する。周辺を触ってみれば、モフリとした温かいものが手に当たった。それに対して、そういえば…と思い出し右を向く。
今日も朝から一生懸命に私の髪の毛をグルーミングしている子猫たちは、私が起きたことに気づいて「にゃ!」と挨拶をしてくれる。あの日から数日経ったが、すでに彼らの日課になりつつあるようだ。ここ最近は毎朝6時に起こされている。
「…おはよう……あさから、ごくろう…さま、で…ぐぅ」
「うにゃっ!?」
「にゃん!」
しかし眠気には勝てず、二度寝をしようとする私に猫パンチを食らわせる毛玉たち。ぷにぷにの肉球が頬に当たるが、ついでにまだ切れていない伸びっぱなしの爪が刺さって痛い。頭の中では痛いと眠いを行き来するが、起きるまで頬にパンチを食らわせてくるので、結局私には起きる以外の選択肢はない。そのためここ数日は毎朝6時に起床しておりとても健康的な朝を迎えられている。この小さな毛玉たちは、私のスマホのアラームよりも優秀で大変困ったものである。
「ふぁ…うん、今日もありがとうね。おはよう」
「うにゃにゃう!」
「にゃう」
欠伸ひとつ、そしてモソモソとベッドから起き上がれば、嬉々としてキッチンに走っていく2匹。食べ物が出る場所として覚えているのか、お腹が空けばキッチンでお座りをして待っている頭のいい子たちだ。…ご飯の時間じゃなくても、そこに座って一声鳴き、上目遣いで私にアピールをすればおやつが貰えると理解している、本っ当に頭のいい子たちなのだ。
座ったままソワソワとする2匹に苦笑いをしつつ、上の戸棚から猫缶とカリカリを取り出す。何も考えずに床に餌袋を置いて仕事に行き、帰って来たら悲惨なことになっていたため、それからはしっかりと彼らの手が届かない上の戸棚に収納することにした。子猫だからと言って侮っていてはいけないようだ。
カリカリはぬるめのお湯でふやかして少し潰し、猫缶を4分の1ずつそれぞれの皿に盛りつける。残りは夜ご飯に使うので、ラップに包んで冷凍庫に入れて保存。よくわからないがネットに書いてあったので最近はその通りにしている。この保存方法だと、味が落ちないとかなんとか…やっぱり食べるならおいしい方がいいもんね。
そうこうしつつ完成したご飯をもって机に向かえば、とてとてと後ろをついてくる2匹。そんな彼らが本当に可愛くてたまらない。
「はい、マシロ。クロガネはこっちね」
「にゃっ!うにゃにゃっ」
「んに」
「うん、どうぞ」
白い方はマシロ、黒い方はクロガネと名付けた。とても悩んだが、シンプルイズザベストということで。
そのおかげで覚えやすかったのか、彼らはすぐに自分の名前を認識して私が呼べばすっ飛んでくるようになった。ご飯の時も今のように名前と一緒にお皿を差し出せば、自分がどちらかを理解してくれる。猫は賢いと聞いていたけれど、賢さが計り知れずここ数日驚かされてばかりだ。学生時代に飼っていたコーギーのハルとアキとは比べ物にならない賢さである。…いや、彼女たちはそんなおバカさが可愛いところではあったが。
また、マシロとクロガネの賢さは留まらず、お皿を前にするとこちらに向かって何かを言ってから食べ始めるのだ。最初は理解できなかったが、もしかしたらお礼や「いただきます」を言っているのかもしれない。それに気づいてからは、私も返事をするようにしている。
ここまでくると、猫が賢いというよりはこの2匹が賢すぎる可能性もある。私の周りに比べる対象がいるわけではないので憶測でしかないが、たぶん人間の3歳くらいの知能はあるんじゃなかろうか。もしくはこれは親馬鹿で猫を飼っている人たちは皆そう思ってるのかな。ゴロゴロと喉を鳴らして一心不乱にご飯を食べ続ける2匹を見ながら、そんなことを考えた。
「引っ越しの準備も進めなきゃ。今日からぼちぼち片付けていくかぁ」
公園で出会った日から、家賃安め、ペットOKかつ動物病院が近くて…と様々な条件をクリアする物件を探しまくってとうとう見つけたアパート。すぐに電話して、やっと昨日契約が完了した。また、某ネットスーパーで必要なものを片っ端から購入したため、すでに彼らの生活環境は整っている。ついでにおもちゃにも手が伸びてしまい、ついつい買いすぎてしまったのは仕方のないことだろう。12畳の狭い部屋に、所せましと猫グッズが並んでいる。
そしてあの日の次の日には最寄り駅の近くの動物病院に連れて行って検査をしてもらって、特に病気もなくノミやダニも寄生していないと花丸を貰えた。ワクチンも打ってもらい、次のワクチンは3週間後と予約を入れて帰ってきた。
2匹と出会ってからはやることが多くて忙しいけれど、一緒に住むためのタスクを1つずつクリアしていくことで久しぶりに私生活に対する充実感も得られており、現在は人生で一番充実していると思う。
両親とも既に縁が切れ、休日に遊ぶ友人もおらず、ましてや心身ともに寄り添える彼氏なんて居たこともない。ただ息をするためだけに仕事をして生きていた自分に、癒しと生きる理由を運んでくれた2匹には本当に感謝しかない。幸せというものは猫の形をしていたらしい。彼らを思うだけでも自然と笑顔になる。
…ふと、注射をする時の怯えた鳴き声や「痛いことするの…?」と言いたげな顔を思い出してしまった。あの時はこちらが悪いことをしているかのような気分になったものだ。いや、彼らからすれば痛いことをする人間側が悪ではあるだろう。一応家に帰ってから必死に言い訳をしたが、猫語がわからないおかげで許されたか、はたまた私の言い訳を理解してくれたかは定かではない。そしてあと2週間ほどで再度痛いことをすると彼らにどうやって伝えようか、いまだに頭を悩ませているところではある。
そんな人間の悩みを他所に、彼らは食べ終えたのかお互いの顔に着いたご飯を舐めあって毛づくろいを始めていた。
「さ、ご飯を食べ終えたならおトイレ行っておいで。私もすぐにご飯食べちゃうから、そのあとはおもちゃで遊んでお昼寝だよ」
「にゃっ!」
「にゃ~ん」
「今日は休日だし、私も一緒にお昼寝してもいいなぁ」
「んに!」
「いい?ありがとね」
「うにゃあ」
「今日は天気がいいからね、窓開けて寝ちゃおっか」
「にゃ~!」
「にゃうっ」
一緒にご飯を食べ、遊んで、寝て。仕事は大変だけど、この子たちのために、この子たちとの幸せのために頑張ろうと心に誓ってから数日。とある変化は真っ白な布を纏ってやってきた。
「わあああああああ!?!?や、や、やっとみつけた~~っ!!!!もう、すっごく探したんですよお!!」
へとへとになって帰ってきたこれまた週末、マシロとクロガネと並んでおやすみなさいと言い合って電気を消そうとした時、電気よりも眩しい光を発しながら真っ白い布を纏った美女が机の上に立っていた。
「え、ええと……どちら様ですか?」
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