ひとつ結び

島本 葉

水曜日のひとつ結び

「おはよう、結愛ゆあちゃん」

 松原先生はとても優しくて大好きな先生だ。園バスを降りるといつも下駄箱のところで立っていてくれて挨拶をする。

 ──今日も髪型かわいいね。

 その言葉を待ってみるけど、先生はもう次のお友達に挨拶をしていた。

 よくわたしの髪型を褒めてくれる松原先生だけど、やっぱり水曜日はそのことに触れてくれないのだった。


 ※

   

 わたしの家は水曜日の朝が一番忙しい。

 理由はママがいないからだ。看護師をしているママは、火曜日の夕方から出かけて、寝ないで仕事をしている。寝ないで働くなんて、なんてすごいんだろう。帰ってくるのは、わたしたちがお出かけした後。だから水曜の朝はわたしと弟のけいすけとパパの三人で準備をする。

「さあ、できた。いただきますしてねー」

 いつもは一緒に食べるパパだけど、水曜はご飯の用意をしてくれた後は、お洗濯とかお出かけの準備。けいすけの面倒はわたしが見なくっちゃ。

「いただきます」

 けいすけと二人でいただきますをして、目玉焼きをパンにのせる。けいすけもマネをしてのせるんだけど、すこしはみ出ていて机にこぼしていた。

「ほら、落ちてるよ」

「あ、ホントだ」

 けいすけは玉子の欠片を指でつまんで、ぱくりと口にいれる。そのままだとパジャマで手を拭きそうだったので、用意してあった濡れふきんを渡した。

 パンと目玉焼きと牛乳。パパの目玉焼きは黄色い部分が柔らかい。パパが柔らかいのが好きみたいで、よくママに注文していた。ちょっと食べにくいとは思うけど、とろっとしていておいしいので、わたしも大好きだ。

 テレビ番組の天気予報が始まったので、そろそろ食べ終えて歯を磨く時間だ。けいすけを急がせて食べたあとの食器を片付けるのもわたしの役目。

 着替えなどを一通り終えると、スーツに着替えたパパが、けいすけの歯磨きをチェックしてお出かけの準備をしていた。

「あ、時間だね。ゆーちゃん、おいで」

 パパの呼ぶ声に、わたしはリビングに行ってぺたんと座った。その後ろから、パパがわたしの髪をそっと櫛でとかしてくれる。

「今日もいつもの髪型でごめんね。ママみたいにいろいろできたらいいんだけど」

 そう言ってパパは大きな手でゆっくりと髪をまとめて、頭の後ろで結んだ。

「これでいかがですか?」

 テレビのそばに置いてある鏡で髪の毛を確認する。いつも通り、きれいにひとつに結ばれているのを見て嬉しくなる。

「ばっちり!」

「よし! じゃあ、ゆーちゃん、けいくん。出かけるよー」

 パパが笑顔でわたしたちに号令をかけた。

 そうしてわたしは幼稚園、けいすけは保育園、パパは会社にお出かけするのだ。


 ※

 

 靴を履き替えたところで、振り返って松原先生をじっと見る。少しふしぎそうにした先生に、「先生。今日の髪型はどうかなぁ」と聞いてみると、ちょっと驚いたあと「今日もかわいいよ」とニッコリ笑ってくれた。

 ママは三つ編みにしてくれたり二つに結んだり、いろんな髪型にしてくれて、それはもちろんかわいくて嬉しい。

 けれど水曜のパパのひとつ結びだって、わたしはとっても大好きなのだ。


 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ひとつ結び 島本 葉 @shimapon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画