第一章 助産師と陰陽師⑧

「そうか、やはり君の目から見ても鬼が原因か」


 簀子すのこきざはしのところで、蓮花が鬼の様子や今の彼女の容体について伝えると、晴明は腕を組みながら険しい面持ちで呟いた。

 保憲は今も彼女に付き添っている。

 蓮花は頷いた。


「はい。産後の肥立ちが悪い原因は数多あまたありますが、あれは根幹に鬼が憑いていることが原因でしょう」


 念のため、子宮の戻りの状態や、お産後に子宮から排出される分泌物である悪露おろの状態なども、彼女の周りの世話をしている家人に尋ねつつ確認した。

 話によると出産そのものは問題なく、四人目の子であったそうだ。これまでは皆安産で、産後の肥立ちも悪くなかったという。今回赤子を取り上げたのは、親族の年配の女性であった。

 鬼が産道を通って侵入したのか、元々体内にいたものなのか、はっきりしたことはわからない。ただどちらにしても活性化が続き、血や気のめぐりを伝って全身に向かえば、症状はより重篤となる。


「赤様の方は特に影響を受けていらっしゃらないのが幸いでした……」


 心配であったので確認させてもらったところ、小さめの体軀たいくであったものの、熱や気になる症状もなかった。これに関しては蓮花もほっとした。


「本来なら保憲ほどの実力であれば、大抵の鬼は祓うことが可能なんだが……やはり体が弱っているからか」

「それもあるのでしょうが……もしかしたら変異しているのかもしれません。鬼の形が、少し違っていたので」


 蓮花は鬼の形を思い出しながら、口にした。

 すると、晴明は目を見開いた。


「蓮花殿の目には、どうえていたんだ?」

「えっと……口で説明するのは難しいので、絵で表現しますね」


 蓮花は階の一番下の段にしゃがむと、庭の砂地に落ちていた枝を拾って、地面にカリカリと描いた。描いたのは蓮花の目から視た鬼の絵だった。


「丸描いてちょんちょんっと。お口はこんな感じで……ちょっと簡略化してしまいましたが、普通鬼っておおむねこんな形なんですね」


 晴明はひょいと片眉を上げ、「んん……」と今度は眉を下げて右目をすがめた。

 彼の反応に、蓮花は少し引っ掛かりながらも続きを描く。


「他にもこんなのとか、とり憑く種類によって差があるのです」


 たもとを押さえて、二体目の鬼を描く。今度は少し縦に細長い楕円だえん形だ。

 晴明は「ええ……」と小声で呟き、奇怪なものを見る目で、蓮花の描いた鬼の絵を見ている。


「でも今回視えたのはこう、小さくて、ぎょろっとした目になって、体や手足もこうなって……角がちょっと変わった形をしていました」


 三体目の鬼も描く。迫力を出すため、頑張って表現したところ、なかなかの力作が生まれた。

 ひょっとして自分には絵師の才能があるのかもしれない。

 満足げに頷く蓮花に、晴明はついに口を開いた。


「待て待て待て。え、何、こんなにその……この言葉が今妥当かわからないんだが……君にはこんなに可愛かわいらしく視えているのか?」

「晴明様たち陰陽師おんみょうじの方々は違うのですか?」


 不思議に思って蓮花は尋ねた。


「ああ。俺に絵の才能はないから表現出来なくて申し訳ないんだが、重苦しいもやをまとった異形の鬼が視えるんだ。ただ皆同じような存在で、鬼それぞれの違いが視えるかというと難しい」


 そしてふと考え込んだ。


「じゃあ、君の目を借りれば、鬼の微細な違いがわかって、より正確に調べられるというわけか」


   ◇


 蓮花は先程と同じように、北の方の傍らに座った。晴明は几帳越しだ。どちらにしても蓮花の目を通して姿は見てしまうので、あまり意味はないのかもしれないが、彼女が先程のように目を開けた時のことを考えると配慮は必要だ。

 晴明が今回は依り代として人型の式符を用意しようとしたところ、保憲が自分が引き受ける、と申し出た。


「妻が助かるのに苦痛なんて、何でもないさ」


 保憲はやつれた様子ながらも微笑むと、妻の頭の側に腰を下ろした。

 蓮花の瞳を通して彼女を見た晴明は呟いた。


「なるほど……。確かに君の絵と比べて……あっちが可愛らしすぎるような気がするけれど、概ね特徴は合っているな。そして一体一体は、随分と小さいのだな」


 以前晴明の意識が宿った際は頭に彼の声が響いていたが、今はすぐ近くにいるので、背後からじかに声が聞こえていた。


「そうなのです。場合によってはさらに小さくなってしまうのです」

「保憲。射復しゃふくの術を使ってもいいか?」


 晴明は几帳越しに保憲に尋ねた。


「ああ。かまわないよ」

「しゃふくの術って、何ですか?」


 初めて聞く名称に、蓮花は尋ねた。


「簡単に言えば、透視の術だ。人の体内、精神状態を視覚的に把握することが出来る」

「本当に視えるのですか!?」


 術の効力に蓮花は驚いた。

 出来るとすれば、とんでもなく便利な術だ。もしも自分が扱えれば、体内にいる赤子の様子までわかるではないか。


「本当にというよりも、想像が浮かぶという方が正しい。こうであるかもしれない、という可能性や知識・知見をもとに、浮かび上がらせるんだ。精度が上がるほど、より実際に近く視えるんだが、俺も体内に詳しいわけではないからな」

「それでも晴明は人よりよく視えるんだ。普通は修行してようやく到達出来るか出来ないかの高度な術なんだぞ」


 保憲が補足をする。


「逆に、体内をそのまま透視出来たら、光がないから何も視えないだろうな」

「確かに言われてみれば、そうですね」


 まぶたのような薄い皮膚でも、つむれば光の方向がうっすらわかる程度なので、晴明の指摘に蓮花は納得する。


「けれど透視だから実際に起こっていることが反映される。そのことは念頭に置いておいてくれ」

「わかりました」

「では、意識に同調するから彼女の手に触れてほしい」


 蓮花は言われた通り、右手を伸ばし、北の方の手に触れた。普段の助産師として確認する時の癖で、脈を測るように触れてしまう。とくとく、と通常より少し早めの脈動を感じる。

 気が付くと蓮花は、彼女の呼吸に合わせて息をしていた。

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