くゆる

ゐさ

 からりとした冷たい冬の風が頬を撫でた。

 左手に下げた小さな箱には数分前に買ったばかりのショートケーキがふたつ、真っ赤な苺と、しっとり甘い雪のようなクリーム。店内POPには『新商品』の文字がキラキラと踊り、焼きたてのパンやカラフルなスイーツの甘い匂いがふんわり身体にまとわりついてくるものだから、なんだかずっと落ち着かなかった。


 海沿いの堤防を不整脈みたいな足取りで歩く。下校するこどもの声が遠くから聞こえる昼下がり。... ...あの日。あの日と同じ。

 薄らと広がる雲のベールに包まれたお日様の光は、この世界へ届くのにはもう少し時間がかかりそうだ。


 今年もまた、金木犀の香りと一緒に秋が死んで、気付かないうちに季節は巡る。

 ...あ、と無意識に口から出た音がまるで自分のものではないみたいで、瞬く間に凍っては足下で砕け散った。


 端まで来たところで腰をおろし、ぼんやりと海を眺め小箱を広げる。紙皿とかフォークとか、持って来るべきだとは思いつついざその時になると忘れてしまうものだから、結局いつも底に敷かれいるアルミホイルの部分を両手でくしゃ、と支えながら齧り付くハメになるのだ。そろそろ学習して欲しい。


 手のひらから指先までゆっくりと、そこにある空気の塊を押しつぶすようにしてぴったりとくっつけた。幼い頃、手を合わせる時には音を鳴らしてはいけませんと教わったような気がするし、何より「お行儀がよくないからね」と君が笑ってそうしていたから。


 いただきます、ともう一度、そうっと手を合わせてケーキに挿した線香へ火を灯す。



 海に還った君へ

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くゆる ゐさ @b41eine

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