アイビーグリーンの短冊
板谷空炉
アイビーグリーンの短冊
「今日は二十四節気のひとつ、小暑。暦の上では──」
土曜の朝九時台にテレビから流れる音声。二十四節気を知ったところで、だから何なんだという気分になる。それはきっと、昨日のせいかもしれない。
「はあ……。」
溜息をついてテレビを消し、ベッドに寝転んだ。
昨日の帰宅途中、彼女と別れた。それは本当に偶然だった。
残業後に最寄り駅で降りた瞬間、ホームの奥側で彼女が知らない男とキスしていた。自分といるよりも嬉しそうな顔をしていて、まるであっちの男が本命みたいな表情をしていた。
タイミング悪く、目撃してしまった。
そっかそっか。
そりゃ、そうだよね。
あんたもやっぱり、男の方がいいのね。
織姫と織姫は、話で成立しないもんね。
私は残業で終電帰宅なのに、あんたは浮気だなんて、いい御身分ですね。
怒りと悲しみと苦しみと、ぐちゃぐちゃになった感情が混ざり合った。
そして次の瞬間。気付いた時には二人のところへ向かっており、持っていた水筒の水をぶっかけ、
「こんなサイテー野郎、消え失せろ!!! 一生私に顔を見せるな!」
と深夜のホームで叫び、走って逃げていた。
昨日のうちに全て連絡先をブロックしたから少しスッキリした。けれどまだ落ち着かない。それが今。
もうちょっと何かできたんじゃないかという気持ちと、それが昨日のベストだったんだと思う気持ちが混在する。
「……」
休日なのに着信ひとつないスマホ。何かを待つように、電源をつける。
変えてしまったため初期設定になっているロック画面に、私は答えを導き出した。
「そっか、明日は──」
明日は七夕。まだどこかで短冊は書けるだろうか。
飛び起きて急いで準備をし、あの場所へ向かった。
「ここならきっと……」
走っていったから息切れがする。でも構わない。今から私は変わり始めるんだから。
別れた彼女と初めてデートした場所、商業施設ウヌプラス。からくり時計のある吹き抜け広場には、土曜日だからか家族連れやカップルが多い。そしてそこには、
「あった……!」
去年デートした時と同じように、笹と短冊があった。
「懐かしいな」
こう呟いても、隣で聞くあの子はいない。
確か去年のお願いは、「来年も一緒にいられますように」だったな。結局叶わなかったけれど。
まだ何も書かれていないカラフルの中から、短冊を選ぶ。去年はお揃いで、あの子の好きな薄紫にしたのもはっきり憶えている。でも今年は文字があまり目立たないものにしたいから、一番濃い色のものを探した。
「これかな……?」
選んだのは、苔のような、抹茶のような、暗いけれど暗すぎない緑色。笹の色と似ていて、少し落ち着いている気がする。
目を閉じ、深呼吸し、目を開く。
そして、去年書いたよりもとびっきりの笑顔で願いを書く。
「──よし!」
神様。どうか──
アイビーグリーンの短冊 板谷空炉 @Scallops_Itaya
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