久しぶりの彼と惨めな私

ゆっくん、覚えてくれてるかな・・・

もしかして私と同じ気持ちだったりして・・・浮かれすぎかな?


私の美術部へと向かう足は一歩ずつ早くなっていた。


そして気が付けば私は美術部の教室前にまで来ていた。


ここに・・・ゆっくんが・・・


私は教室の扉をノックし、声をかける。


「し、失礼します・・・」

「はーい!」


私の声に反応する様に中からあの声が聞こえた。

開いた扉の向こう側には、やはりあの時の彼がいた。


「・・・・」

「・・・・」


ど、どうしようなんて言えばいいんだろ・・・


『久しぶり?』はいきなり過ぎるかな?

『私誰だかわかる?』はちょっと・・・


いっその事『会いたかった』って言おうかな?

あぁ、でもそんな恋人みたいな・・・


私が話す言葉を考えていると彼の方から口を開いた。


「君・・・・・もしかして!」

「!?」


「覚えてー」


私が彼の言葉に反応しようとした時、彼は言葉を続けた。


「新入部員!?」

「え?」


私に指を差し、キラキラした目で私を見つめてくる・・・


「いやぁ良かった!今年も入部希望者いないのかと思ってたから」

「えっと・・・」

「ようこそ、歓迎するよ!」


彼の声と顔からはなんの悪意もない、純粋な歓迎の気持ちが伝わってきた・・・


「俺は水野幸也、部員が俺しかいないから部長も俺になっちゃってアハハ」

「君は?」


頭を掻き、笑いながらそう言う彼は私の名前を聞いた。


「日高・・・朱理です」


名前!名前を聞けば彼も私の事をわかるかも!

少しまた人見知りを発動してしまったが、私は彼の反応を待った。


「日高・・・朱理・・・」


ゆっくん、思い出してー


「いい名前だね!」

「・・・ありがとうございます」


そっか・・・ゆっくん、覚えていないんだ・・・


私馬鹿みたいだな・・・

何か一人で初恋の人と再会して盛り上がって、もしかしたら相手も同じ気持ちを持ってくれている・・・だなんて妄想して。


「すいません、今日はこれで・・・」

「あっ、ちょっと!」


急に涙腺が緩んだ気がして、私は逃げる様にその場を去った。


* * * *


「で?昨日はどうだったよ?」


次の日の休み時間、詩織は私に昨日の報告を求めてきていた。


「やっぱり知り合いだったけど、覚えてないっぽい・・・かな」

「そっかぁ、まぁ十年も前だしねぇ」


昨日の事を思い出しては悲しくなっていたが、学校では平然を装っていた。


「それで?美術部はどうすんの?」

「忘れられてるならもういいかなぁって、『私です!』って言ってもオレオレ詐欺みたいだし」


「アハハ、まぁ朱理はちょっと腹立つくらい可愛いからすぐ彼氏できるって」

「そんな事・・・って別に彼氏が欲しかった訳じゃないの!」


私は別に彼氏が欲しい訳じゃなくて・・・ゆっくんともう一度・・・


「あっでも・・・私入部すると思われてるみたいでさ」

「え、そうなの?」

「うん・・・でも今更どうやって話したらいいか分かんないんだけど・・・」


あのキラキラして目・・・よっぽど嬉しかったんだろうな。

部員も一人って言っていたし・・・

私が考え事をしていると詩織は楽観的な声でアドバイスをくれた。


「そんなの、パッと行って『やめまーす』って言えば終わりじゃん」


これはアドバイスなの?


「そんな簡単にいくの、コミュニケーション能力が高い詩織だけだよ!」

「えーなら朱莉もなればいいじゃん、ちょうど金髪だし」


金髪?

人見知りな私が髪型で何になれるの?

私は詩織にその言葉の意味を聞こうと質問をした。


「何に?」

「ギャルにだよ!」


・・・ん?

ギャル?


「まずはやっぱり一人称から変えてみよっか」

「え!もうやる前提!?」


私の意見に聞く耳も持たず、詩織のギャル練習が始まった。


「まずは一人称だよね」

「一人称?」


聞き返す私に詩織は言葉を続けた。


「そう、手っ取り早いのはやっぱりウチみたいに自分の呼び方を”私”から”ウチ”にするとか?」

「私に聞かれても知らないよ・・・」


ツッコム私を無視してそのまま詩織は話を続けた。


「後はウチのギャル友だと自分の名前を略称で呼んだりとかかな」

「そんな事で本当にコミュニケーション能力上がるの?」

「物は試しだって!ほら、やってみ?」


私は自分のゆっくんに伝えるセリフと共に一人称を変えた。


「う、ウチは美術部入る気ないですよ?」


ぎこちないのは自分が良く分かっている・・・

それに詩織のこの何とも言えない顔が物語っている・・・


「うん・・・朱莉は根が真面目なんだろうね・・・・」

「もう後はよくわかんないから、この本のキャラクターでも真似してみれば?」

「う、うん・・・」


急に雑だなぁ・・・


そんなこんなで数日詩織と『ギャル練習』を行い、借りた漫画の生意気キャラになりきってみると・・・


* * * *


「ウチ、別に美術部入りたくて来たわけじゃないし〜なんか勘違いしててマジ笑えるんだけど」

「え、どうしたの日高さん?」


自分でも意味がわからないキャラが出来上がってしまった・・・


当然、前回会った私とは別人の様や言動にゆっくんは驚いていた。


「ど、どうもこうも、ウチ元々こうだし?と、とりあえずウチは美術部入る気ないんで、じゃあ!」

「ちょ、ちょっと!!」


この日以降、ほぼ毎日美術部に顔を出してはゆっくんとギャル用語で会話をするようになった。


だんだん私の言動は派手になっていき、三ヶ月を過ぎた頃には、ゆっくんの当たりも当然強くなっていた。


「ちっ、毎日毎日うぜぇーな暇なのかよ、お前は」

「そんな事言ってないで早く絵描いたらどうですか?」


自分勝手だけど、こんな会話でも彼と話せているこの時間が好きだった。


「先輩って・・・女の子とも話した事もなさそうですよね?」

「先輩って絵がめちゃ下手クソだし、プププ」


何日も見てきていたけど、ゆっくんの絵は"あの頃"と変わっていなかった。

下手でも、楽しそうに書いてはその絵に秘められている気持ちが現れてくるようなそんな、私の好きな絵。


「うぜぇ・・・絵は関係ないだろ!」

「特技ゼロって言ってんですよ、アハハ」

「ちっ、別に俺だって仲の良かった女の子くらいいるよ」

「へ、へぇー、中学の時とかですか?」


小馬鹿にした私が逆にその言葉に焦ってしまった。


ゆっくんの仲いい人・・・・もしかして彼女!?


しかし帰ってきたのは意外な言葉だった。


「10年前くらい・・・」

「え・・・」


怠い目つきでそう話すゆっくんは言葉を続けた。


「十年前くらいに旅行先で知り合った女の子がいてさ・・・」

「・・・・」

「もう顔も名前も覚えていないんだけど、俺の・・・多分初恋の相手」


私はその言葉に目を開いたまま動けずにいた。


「向こうはなんとも思っていないだろうけど」

「へ、へぇ・・・先輩って妄想癖もあったんですね」


ダメだ・・・前見れない・・・

声も震える・・・


覚えてたんだ・・・それに思っていたのは、私だけじゃなかったんだ・・・・


「ほらな、どうせ言っても信じないと思ったよ!」

「あっ・・・いえ、まぁ妄想は本人の自由ですから」



こんな会話を半年程続けたある日、クラスメイトとテスト結果で賭けをした私は教室で賭けについて話をいていた。


「じゃあ最下位の朱莉は罰ゲームね!」

「えー本当にやるの!?」

「当たり前でしょ、負けたから無しってのはダメだからね朱莉」

「で、でも・・・失礼って言うか・・・」


詩織が新たに友達となったギャル友達の一人がそう言ってきた。


負けたからじゃなくて・・・その・・・やっぱり断ればよかった。

詩織繋がりで話してくれた子達二人だったから、あまり場の雰囲気も壊したくなかったし、こんなの・・・・


「罰ゲームの嘘告白は誰にしますか?朱莉先生?」

「やっぱりC組の山田?」

「あいつ見るからに非モテだから、朱莉に告白されたら即OKしそうだよねぇ~」

「いやいや、F組の高木でしょ!」

「『俺は二次元しか愛さない!!』とかいいそうじゃん?」

「アハハハ確かに言いそう、キモぉ~」


私にエアマイクを向けインタビューをしてくる詩織の友達二人の悪口は止まらない。


私が二人の悪口に圧倒されていると、助け船を出すように詩織が口を開いた。


「いや、朱莉の告白相手なんて一択だよね」

「え?」

「ほら、朱莉のお気に入りのボッチ先輩、あの人しかいなくない?」

「あっうん・・・水野先輩・・・ね」


嫌だな・・・・私は多分・・・ううん絶対にゆっくんに振られる。

『嘘告白でしたー!』って逃げ事も出来るだろうけど、嘘でもゆっくんに振られたくない・・・・

だから今まで正体も明かさず、生意気な後輩キャラを演じて、ゆっくんに近づいていたのに。


・・・・でも、これは自分が撒いた種だよね・・・


暗い顔になった私に詩織は耳打ちをした。


「ぼっち先輩に上手く告白して付き合えればラッキーじゃん!」


そうはならないんだよ・・・・でもありがと。


私は放課後、いつもの様に美術部を訪ねた。


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