聞こえた会話

六歳の頃、親に連れて行ってもらったキャンプ場で俺は恋をした。


 場所はどこだったかな?

 山梨?長野?


 正確に覚えてはいないけど、あたり一面に芝が生い茂り、潮風が気持ち良かった気がする。


 そこで彼女と出会ったんだ・・・


 顔も名前も覚えていないけど、たった一週間の・・・十年経っても消えない初恋の思い出・・・ 



 * * * *


「・・・・野」

なんだろう・・・・?

何か聞こえる・・・・


「水野・・・・」

じゃないのはわかるが・・・確かに俺を呼ぶ声・・・


「いい加減、起きろ!!」

「はっ!!」

俺は後頭部に感じた痛みに反応し、目を開けると目の前には数学教師の中岡がいた。


メガネにスーツを着用した中年教師の中岡先生の手元には俺を殴ったと思われる棒状にした教科書が・・・


「お前いつまで寝てるんだ!」

「もう授業始まってるぞ!」

「す・・・・すみま・・・せん」

クラスメイトはまだ寝ぼけている俺を見てクスクス笑っている。


顎に着いたヨダレをふき取り、授業に参加し始めた時隣から声がした。


「水野君、また夜更かししたの?」

「いやいや、ちょっと舟漕ぐ練習してただけだよ」

「思いっきり寝てたよね?」


黒髪長髪な隣の席の女の子、【風谷葵かぜたにあおい】は声が拡散しないように右手は頬に当て、小声で話しかけてきた。


「あっ、それ新しいイラストか?」

「う、うん・・・・まだラフ絵でアイデア段階だけど」

「へぇ~相変わらずラフ絵でも上手いなぁ」


視界に入った風谷のノートにはロングコートを羽織った男性のイラストのラフ絵が描かれていた。

その絵の目は猫の様に縦線が入って、口からは二本の歯が出ている。


今回は吸血鬼か?


「ま、また完成したら見てもらえないかな?」

「そりゃもちろん構わないし、俺も後学の為に見たいんだけど・・・・」

「うん?」

「別に俺に見てもらってからじゃなくても、SNSに投稿すればいろんな人に見てもらえるだろ?フォロワー数一万人もいる訳だし・・・・」


カッコいいキャラや可愛いキャラのオリジナルイラスト。

アニメキャラクターをイラストで描き続けてここ半年間、SNS内で名前を上げ始めた風谷のイラストは毎投稿、一,二万【イイね】は当たり前になってきた。


フォロワーもイラストを更新する度に増えていくのだとか・・・


同じ土俵で扱うのは失礼かも知れないが、絵を描く俺からしても同い年、17歳の女の子が何万人もの顔も知らない人から支持されているってやっぱり凄い。


俺のは・・・風谷は

日高とはまた違った絵の上手さを風谷は持っていた。


同い年でこうも違うとは、本当笑えてくるよ。


「えっと、その・・・・やっぱり一番は水野君に見てもらいたくて・・・」

「え・・・?」

「それって・・・どういうー」


言葉の真意を聞こうとしたが、俺の話し声が大きくなっていたのか・・・


「水野!!」

中岡先生に気づかれた・・・


「お前うるさいぞ!」

「ひっ、すいません!」


「罰として次の科学の授業、西野先生の代わりに職員室までプリント取りに来い!」

「は、はい・・・・」


はぁ・・・厄日だ。

でもまぁ風谷の新作も見れたわけだし、良しとしようかな。


* * * *


風谷は休憩時間が始まるや否や俺に謝罪をしてきた。


「ごめんね!私が話しかけたせいで水野君が・・・・」

「いや良いって、元はと言えば俺が寝てたのが悪いわけだしさ」

「風谷さんまで怒られなくてよかったよ、アハハ」

「じゃあちょっと職員室行ってくるわ」

俺は笑いながら頭を掻き、風谷の謝罪を否定した後に先生の罰を受けに行った・・・・やっぱり厄日だ。


まぁ夜更かしして授業中寝てたのは俺が悪いしな。

それにしてもあの先生、俺にだけあたり強くないか?





「はい、朱莉の負け!!」


ん?なんだ?

聞き覚えのある嫌いな名前が聞こえた気が・・・・


職員室に向かう途中にある【1ーB】から聞こえた会話を聞いてしまった。


「えへへ、ウチスロースターターなんだよね~」

「中間テストは練習!期末テストで追い上げてぇ~朱莉よりも合計点数が上だったのだ!」

「ぐぬぬぬ!」


テストの点で勝負でもしてたのか?

女友達と思しき五人いて最下位があのクソ生意気な後輩・・・・


ハハっ、いい気味だわ!

あの天才にも苦手なものがあったとはな、今度馬鹿にされたら勉強の話をしてやろう・・・


「じゃあ最下位の朱莉は罰ゲームね!」

「えー本当にやるの!?」

「当たり前でしょ、負けたから無しってのはダメだからね朱莉」

「で、でも・・・失礼って言うか・・・」


なんだ?罰ゲーム?

日高のやつ、ケツバットでもされるのか?

ちょっと見てみたいなぁ・・・・なんてな。


俺は職員室への足を止め、教室の扉から教室内を覗いていた。


「罰ゲームの嘘告白は誰にしますか?朱莉先生?」

「やっぱりC組の山田?」

「あいつ見るからに非モテだから、朱莉に告白されたら即OKしそうだよねぇ~」

「いやいや、F組の高木でしょ!」

「『俺は二次元しか愛さない!!』とかいいそうじゃん?」

「アハハハ確かに言いそう、キモぉ~」


女友達はエアマイクをインタビューの様に日高に向け質問をしている。


山田君と高木君とやら、可哀そうだなあ・・・・

それにしてもくだらない事考えやがって・・・・やっぱりこんな悪ふざけに加担している日高も終わってるな。


「いや、朱莉の告白相手なんて一択だよね」

「え?」

「ほら、朱莉のお気に入りのボッチ先輩、あの人しかいなくない?」


俺・・・・ね。


あー良かったわ本当。

アイツがクソ生意気な後輩じゃなかったら、うっかり嘘告白を受け入れて後輩たちの笑いものにされるところだった。


まぁ、顔は可愛い方だろうし勘違いしてしまう男子の気持ちも分からなくはない。


だが、俺はお前に興味はない!

例え噓告白の事を知らなくても、断ってやる!

いっその事あいつに恥をかかせてやるか・・・・まさか自分が下に見ている先輩に振られるとは思うまい・・・・あいつの悔しがる顔を始めて見れるってもんだなぁ。


「あっうん・・・水野先輩・・・ね」

その場から立ち去ろうとした時に視界に映った日高の顔はどこか不安な表情をしている様に見えた・・・

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