生意気な後輩に「嫌い」と告げたら本気出してきた。

青井風太

クソ生意気な後輩

「何を書いてるの?」


 芝生の上で、スケッチブックにペンを走らせる少女に尋ねた。


 風でなびく黒髪を手で押さえ、暗い顔の少女は答える。


「思い出・・・・・」

 少女がこちらに向けたスケッチブックを見たが・・・・


「何これ?何もないじゃん」

 何かを書いては消した様な跡は見えるが、”思い出”とやらはどこにも見当たらない。


「私には思い出がないから・・・・何も書けないの」

「ないなら作ればいいじゃん!」

「え?」

 俯く少女は顔を上げた。


「ほら、貸してみろ!」

 俺は少女から取り上げたスケッチブックにペンを走らせる。


 少女の特徴をとらえた黒髪ロングとメガネ、その少女の隣には俺がいる。

 ちょっとイケメンに書きすぎたかな?

 まぁでも本物はこれくらいイケてるよね!


 俺の自信作を少女に見せる為にスケッチブックをドヤ顔で返したのだが、返ってきたのは先程までの沈んだ表情からは想像できない笑い声だった。


「アハハハ、なにこの絵、下手っぴだね」

「もしかしてこの棒人間、君と私?」

「へへへ、そうだ!上手いだろ?」

「全然だよ!もう、私が書く!」

 少女は先程と違い、笑顔でペンを走らせる。


 ものの数秒で出来上がったその絵はモノクロの写真の様に美しく、少女と手を繋ぐ俺が書かれていた。


「すっげぇー、なにこれ写真じゃん!」

「べ、別にこんなの大した事ー」

「思い出、一枚できたな!」

 頬を掻き照れる少女と俺はその絵を見たまま笑いあった。


* * * * *


 今日もこの時間が来た・・・・

 校内の生徒が下校し始め、部活が始まる十五時過ぎ。


 野球部のノック練習時の掛け声、軽音楽部のギターの音が聞こえ始めるこの時間に彼女はやってくる。


 俺の部活を邪魔しに来る生意気な後輩が・・・・


 廊下より聞こえる足音は、確実に俺の今いる美術室に近づいてきている。


 その足音は美術室の前で音が止まり、五秒程立った後に美術室の扉が開かれる。


「せんぱーい、今日もボッチ先輩の為に遊びに来てあげましたよぉ~」


 扉をくぐり、開口一番に俺を小馬鹿にしてくるクソ生意気な後輩【日高朱莉ひだかあかり】は皮肉な笑みを浮かべていた。


 金色のショートヘアを手櫛で整える彼女の容姿はまさにギャル・・・・

 短めのスカートに首元の学校指定ネクタイを緩め、当然第一ボタンは外している。

 全国のギャルが愛用していそうなカーディガンを羽織り、手元はもちろん萌え袖。


「はいはい、今日もご苦労様」


 俺はいつもの様に日高の言葉を受け流し鉛筆を持った。

 目の前のイーゼルにセットしたスケッチブックに見本として椅子に置いたリンゴのデッサンを始める。


 これまたいつも通り、俺をいじる為に俺の周りをウロチョロし始める。


 こいつ・・・用がないなら早く帰れよ。

 放課後、いつも俺しかいない美術室に来ては俺をいじり、馬鹿にし、飽きたら帰る。


 まぁ、そんな事言う勇気があれば半年前に言っていたのだけれど。


 俺が黙々とデッサンを続けていると餌を見つけた肉食動物の様に今日のターゲットである俺のスケッチブックを、俺から取り上げた。


「おい、返せよ」

「え~別に良くないっすか?先輩がこんなの何枚書いても意味ないですよ」

「は?」

「先輩ってめちゃくちゃ絵が下手じゃないですか。」

「このクオリティじゃ何年続けても同じですよ。アハハハ」


 日高は俺を馬鹿にしながら、スケッチブックをめくって過去に書いた作品を見始める。

 所々ページをめくる手を止めては子馬鹿にした笑い声を上げ俺に絵の説明を求めてくる。


「このページのってなんすか?」

「夜空に浮かぶクジラ・・・・・」

「これが、プププ・・・クジラ?」


 俺の説明を聞いた日高は笑い転げ始める。これまたいつもと同じように。

 別に理解されない事も、自身の絵の下手さも自覚している・・・・

 しかしコイツが俺を煽る態度がいちいち癪に障る。


 絵がうまくなりたくて美術部に入部して一年。中学も含めると五年目・・・・

 自己分析もネットの知識も、絵を上手くなる為に絵の勉強を必死にしてきたつもりだ。

 この俺の努力を知りもしない、知り合って数か月の後輩に馬鹿にされる事がうざい。

 そしてなにより・・・・・


「クジラって言うのは・・・・・」

 俺から鉛筆までとりあげ、他のページにペンを走らせる。


「・・・・こう書くんですよ?」

 突きつける様に見せてくる俺のスケッチブックには新たな絵が追加されていた。


 絵に興味もなく、当然絵の勉強をした事がないこいつが俺よりも圧倒的に絵が上手い事がとにかくうざい。


 日高がものの数秒で、鉛筆で書いたクジラの絵は俺が一週間かけて書いた色付きのクジラとはクオリティに天地程の差があった。


 俺が書きたかった構図で俺が書きたかった理想の絵・・・・ようは嫉妬だ。

 天才に嫉妬する凡人が俺。


「はいはい、すげぇすげぇ」

「ほら、俺をバカにする日課も終わった事だし、早く帰れ」


 俺は日高のドヤ顔を無視し、スケッチブックをセットし直してリンゴを書き始める。


 自分より下に見ている相手にあしらわれた事に腹が立ったのか、露骨に不機嫌になり、また俺を煽り始める。


「はぁ?先輩の癖に私に命令するとか何様のつもりですか?」

「は?」

「さっきから私の胸ばかりチラチラ見て、本当に帰ってほしいと思ってんすかぁ?」


 そんな無元を開けた服着て胸を見るなって言う方が無理がある。

 別に?俺だってそんな貧相な胸見たくねぇし?

 自意識過剰、やめて欲しいわホント。


「あれぇ?図星ですかぁ?」

「あ~あこれだから童貞は・・・・女性と関わる機会がないからって誰彼構わず発情しているお子様はいつか警察のお世話になりそうですねぇ~」


 ここまで言われて黙っているほど俺は優しくはない。


「はっ、経験豊富な事が大人だと勘違いしているお前みたいなビッチが、何偉そうなこと言ってんだ?」

「はぁ?」

「将来の相手の為に貞操を守る純潔な心が、お前らギャルには存在しないんだろうなぁ」

「俺がお子様なら、誰彼構わず色目使ってるお前らはおサルさんだなぁ。アハハハハ!」

「わかったら早く帰って他の男にでも色目使ってろ、このビッチ!!」

 言いすぎか?

 いや、このくらいは生ぬるい!

 もう今後は俺の邪魔をできないように追い打ちを!!


「・・・・・ないもん」

「は?」


 追い打ちを食らわそうと日山を見たが、当人の体は小刻みに震え、顔は赤く涙目になっていた。


「私!ビッチじゃないもん!!」


 その言葉と共に日山は美術室から走り去って行った。


「っち、ドア閉めてけよ・・・」

 俺は走り去って行った方を見つめ舌打ちをした。

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