第8話 (レイビット)会敵②

 戦場に魔術師がいることは不思議ではない。

 大陸の協定により、軍事に直接携わることはないが、どの国の魔術師ギルドも常に諜報の目を張り巡らせている。外交。戦争。気象。民意。あらゆる情報を収集すること、それを分析すること、それこそがギルドがギルドとして表の世界へ影響力を行使する原資になるからだ。


 それは事実であり、同時に建前でもある。

 戦場の中、軍の中にも、現実として魔術師はいる。


 軍事に直接携わることはない、という言葉は「直接敵と干戈を交えない」と解釈されるに至っている。つまり、将兵という立場でなく、魔術も行使しなければ、軍勢に魔術師が同行することは妨げられていないのだ。実際、大規模な軍旅が催されるにあたっては、軍監として魔術師ギルドに対して魔術師の派遣が依頼されることが一般的であった。


 その他にも隠密の諜報、工作員として魔術師は動員される。これは協定から見ればかなり黒に近いグレーな使い方である。軍人がフリーランスの魔術師を直接雇い、使うかたちになる。


「とりあえず林まで行くか」


 レイビットの呼びかけに、アイザックはごく自然に腰を上げた。傍に繋いでおいた馬の口を取り、跨らず歩き出す。どこからか飛ばされてくる視線について、気付いてからも二人は一切反応を示していない。こちらが気付いていることに、相手が気付いているかどうかは分からなかった。


 緊急に駆けつけたクロックドーンが、野良魔術師を雇う余裕はなかっただろう。そもそも潔癖のきらいがある性格なので、魔術師を雇うという発想自体を持たないはずだ。この近辺にいるとすれば、ゼブドが予め雇っていた魔術師しか考えられない。


 戦場を遠目に見物している旅装の男女二人。馬を連れているが荷は少なく、商人ではない。探索の目には引っ掛かるだろうとレイビットは思った。


「複数だな」

「襲ってきますかねー。やってやりますよ、ぼくは」

「俺達が魔術師だと気付かれているかどうかだな」


 お道化るアイザックの発言は無視する。


「普通に丘を散歩していて、たまたま遠目に戦見物をしてただけの垢抜けた二人ですよ? 疑う余地がどこにあるっていうんですか」

「俺なら尾けるな」

「ぼくなら襲って尋問ですね」

「疑いまくってるじゃねーか」


 近隣に村はないが、丘陵には道が拓かれていた。運送業者や商人あたりが利用しているルートなのかもしれない。


 北へ歩けば、道は林の中へと入りこんでいく。そのまま半日ほど林や平原を馬で進み続ければ、やがて国境の山岳地帯へ抜けることになる。レイビット達は、その山岳地帯の麓にある街を目指している。

 

 レイビット達が移動を始めても、見られている気配は途切れなかった。見晴らしは良いはずだが、姿は見えない。真剣に相手の位置を探ろうとはしなかった。違和感を感じていることを、逆に相手に伝えることになる。


 気配から相手は複数、少なくとも二人よりは多いとレイビットは踏んだ。もし相手が多人数で、レイビット達に対し拘束や加害を考えるのなら、障害物のない地形で行動を起こすべきである。つまり今だ。人数による有利がそのまま生かせる。しかし、監視の気配はそのままに、相手が動く気配はなかった。


 林に入れば、視界が不良になり、障害物も増える。襲う側とすれば、相手を取り逃がす可能性が格段に増える。現時点で襲ってこないということは、戦場付近をうろつく怪しい人間としてこちらを見ているだけなのか。


「単なる旅人だと思われてんですかね、ほんとに」

「見通しのいい場所で襲って誰かに見られる、それを避けようとしているのかもしれないぞ」

「ぼくらの他に、誰もいませんよ。……馬がないとか?」

「そういうこともあるな」


 視線の主が馬を連れていないのであれば、襲うのは林の中の方が都合がいいだろう。広い場所では、相手を囲んでも馬に乗って強行突破されてしまう。障害物の多い林の中なら、その心配は減る。この地形で諜報活動を行うのに、相手が馬に乗っていないということをレイビットは考えていなかった。


「まぁ、襲ってきたら対処する。魔術師だと気付かれてないなら、放っておけ。連中には他に仕事があるってことだ」

「んー、ゼブドに雇われてるんですよね、たぶん。リーパークの人間として、放っといていいのかなと。魔術師と魔術師なら戦ってもどこからも文句は出ませんよね」


 アイザックは、既に戦闘を行う気でいる。基本的には好戦的な性格なのだ。


「俺等の任務は人探しだろ。降りかかってもいない火の粉を払いに行こうとするな」


 仮にフォミ・ラフェルがゼブドに誘拐されているのであれば、ゼブドの魔術師と戦う価値はある。フォミに関する情報が得られるかもしれないからだ。しかし、フォミの身柄は麒麟の元にある。尾けてくる魔術師達が、ゼブド軍に雇われた者なのか、あるいは全く別の者なのか未だ判断はできないが、向こうから襲ってこない限り自分達から関わるべきではなかった。


「魔術師をどう扱うかまで含めて、戦だ。リーパーク軍も国境侵犯を受けてからすぐにギルドに魔術師の手配しているはずだろう」

「間に合ってないですよ。クロックドーンさんなんて、ゼブドの魔術師がいること自体に気が回らないだろうし。恩を売ろうとしてるわけじゃなし、勝手にやっちゃえばいいじゃないですか」

「要らん」

「つまんないっすね。向こうから襲ってこないかなぁ」


 喋っている間にも林は近付いてきていた。戦の見物をしていたせいで、陽は沈み始めていた。薄暮のうちはまだいいが、陽が沈んでからの戦闘は面倒だ。


 靴の裏に伝わる地面の質が、やや柔らかくなってきた。林の一部を簡単に切り拓いて通した道に入っていく。傾いた陽から斜めに差し込む光線が、木々のそこかしこに現れる陰の濃淡を際立たせた。頭上の木々が増えるにつれ、周囲の音が樹木に溶け込むようになっていく。風はない。感じていた視線の数は、増えた。

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