第7話 (レイビット)会敵①

 いっそ清々しい程の負けっぷりだった。


 戦場を遠目に見渡せる丘陵がいくつかある。レイビットはそんな丘陵のひとつから、リーパークとゼブドの戦を見ていた。


 一言で言えば、騎馬隊の伏兵が見事にハマったということだ。

 クロックドーンの動きも悪くなかったが、そもそも最初からゼブドはリーパーク軍を補足し、準備していた。歩兵を展開し、部隊の本体後方に騎馬隊を隠していた。クロックドーンに対し、罠があると感じるような、森という逃げ場を用意しておき、逆にそこを避けるためにゼブド軍のどこかを一点突破するように誘導した。クロックドーンがどこを突破しようとするかまで、ゼブドの指揮官は読んでいたのだろう。


 例え兵力差があったとしても、覇気の満ちた敵と交戦すれば損害が出る。敵地に乗り込んできているゼブドからすれば、緒戦での損害は極力避けたいと考えるのが当然だった。まず、敵を緩ませる。ゼブドの作戦の根幹は、そこだったろう。


 そのために、どうするか。

 人は、目的をひとつ達成すると緊張の糸が解ける。ゼブドの指揮官は、「敵を突破する」という目的をクロックドーンに植え付けたのだ。ゼブド軍の突破という目的を成就させ、緊張がピークを過ぎた瞬間。そこを、ゼブド指揮官は自らの機とした。クロックドーンは本物の罠の中に自ら飛び込み、待ち構えていた騎馬隊の突撃を真正面から受けた。


 潰走しなかったのは、さすがラフェル軍といったところなのだろう。騎馬隊に突破された後も秩序を崩さず、移動を続けながら陣形を修正するというわざをやってのけた。

 ゼブド騎馬隊の不意打ちをまともに受けた先駆け部隊が、それでも潰れずに持ち直したことが大きかった。クロックドーンは間違いなく、先駆けの指揮官に救われた。


「ゼブドはなんであっさり引いちゃったんですかね?」


 欠伸を交えながら戦況を見ていたアイザックが話しかけてくる。訊いてはくるが、さして興味はなさそうだった。


 やろうと思えば、致命的な打撃を与えるところまで追いつめることはできたはずだ。騎馬隊が反転し、繰り返し攻撃を仕掛ける。敵中を突破するような、攻め手にも危険な攻撃はもう行う必要はなかった。


 リーパーク軍は既に行軍の足を止めていた。体を鞭で繰り返し叩くように、何度も騎馬隊で近付いては集団の外側を攻撃し、離脱する、そうやって動きを封じているうちに、追撃してきた歩兵が追いつき、兵数差を利して包囲攻撃を行う。リーパーク軍は五千の部隊が全滅していても不思議ではなかった。


 しかし、騎馬隊は波状攻撃をかけることなく去り、歩兵もある程度の距離まで追撃してきたものの、距離をあけて陣を組んだ。


「殲滅する必要がなかったんだろ」

「ヤれるものはヤっといた方がいいと思うんですけどね、何事も」

「あるいは、生かしておいた方が都合がいいのかもな」


 敵地に侵攻している軍が、「なんとなく」で斃せる敵を斃さないということがあるだろうか。最初からゼブドが戦闘の主導権を握っていた。ならば、リーパーク軍を斃しきらなかったことにも相応の理由があるはずだった。


 考えられることはいくつかあるが、考えても仕方なかった。自分は魔術師である。軍の指揮を執ることも、戦場で槍を手にすることもない。


「この後ってどうなるんですか?」

「わかるわけないだろう」

「先輩、戦好きじゃないっすか。てか、ついでにゼブドの状況とか、味方にお知らせしとかなくていいんですかね」

「嫌がられるだけだな。やめとけ」

「そりゃ、普通ならそうでしょうけど。クロックドーンさんは先輩、友達ですよね」


 レイビットとクロックドーンはかつて、まだ魔術師の素養という現実に直面する前まで、共に軍属を目指す仲間だった。それこそ幼馴染という言葉が相応しい関係だが、レイビットが魔術師にならざるを得なくなってからは疎遠である。


「騎馬隊の兵数は意外と少ないぞ、とか。別動隊をどっかに出したりしてないぞ、とか」

「意外とよく見てるな」

「先輩が戦場が見えるように動くから」


 戦闘が収まった後、丘陵の上から遠目で見ても十分すぎる程の距離を取って、ゼブド軍も陣を敷いた。間には複数の起伏もあり、指揮官の位置からは相手の状況を見渡せないだろう。両軍とも、斥候を放って情報収集に努めることになるはずだ。リーパークにとっては特に、騎馬隊についての情報が最重要であろう。


「目的地へ向かう途中に、ちょっと寄っただけだ。余計な世話は焼くな」

「友達なのに。そういうもんですか」


 知己だからこそ。頼んでもいない情報を恵まれることは屈辱でしかないだろう。負け戦を見ていた、と言外に伝えることにもなる。


「まともに斥候を放っていればわかることを、敢えて伝える必要はない」


 昔の誼で情報を伝えたとしても、魔術師が情報を届けに来たということ自体が今後のクロックドーンの足を引っ張るかもしれない。余計な風聞の種を蒔きたくはなかった。


 勿論、この戦の帰趨によっては「今後のクロックドーン」の心配など、無意味なことになるかもしれない。それはレイビットにはどうにもできない領域の話なのだ。クロックドーンは責任を負うべき立場にいる。望もうが望むまいが、覚悟があろうが、なかろうが。


 ゼブドの動きは不自然だ。勝勢に乗じて殲滅を図ることなく、クロックドーンの軍を敢えて生かしたように見える。そしてその軍とわざわざ対峙している。位置関係としては、クロックドーンは一応、ゼブドの退路となる方向に陣取るかたちなので、ゼブドは後方に不安を抱えた状態になる。

 見方によってはゼブドがリーパーク国内で退路を断たれて孤立していると言えなくもない。そんな状況を、ゼブド軍は自ら望んで作り出したように見えるのだ。殲滅できる敵を生かし、自分達の退路を敢えて妨害させ、その敵と向かい合って、膠着。


「この場所から、動きたくないのか?」

「いえ、さっさと街に行って休みたいっす」

「お前じゃねぇ」

「いやぁ、あっちの戦はもう動きはなさそうですよね? なら、そろそろぼく達も一仕事して街へ行きませんか。さっきから遠目に見られてるこの感じ、先輩のファンの方ですよね?」

「お前を口説きたいんだろ。いい感じの林が向こうにあるぞ、逢引してこい」

「いや、ぼくは先輩に操を立ててるんで」


 誰かからの視線を、戦場に近付いてから断続的に感じていた。軍の斥候ではない。レイビット達と同族のものだ。


 好意的な温度ではなかった。

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