第9話 (レイビット)会敵③
林の中の道の進み、両側がやや開けた場所に出た。行く手の道の脇に、巨岩がある。立ち回りに程よいスペースの地面が踏み固められたようになっており、簡単な造りのテーブルと椅子が地面に固定されて備え付けられている。旅人のための休憩スペースらしい。人工的に空けられたそのスペースの外側を見ると、幹の太い杉の木がいくつか目についた。
「へいらっしゃい」
アイザックは嬉々としている。
巨岩の裏から男が二人出てきていた。まだ話しかけられてもいないのに、アイザックの方から反応した。男二人は機先を制された形だが、どうとも言わなかった。しかし、左右のやや後方から二名ずつ、仲間と思われる者が姿を現した。全員男だった。
木々の陰に隠れ、不意打ちを狙っていたのだろうが、アイザックの発言で目論見は外れたと踏んだのだろう。合計六名に囲まれた形になった。素顔を晒している者も、隠している者もいる。服装は統一されていない。手にしている武器は、全員短剣だった。馬は連れていないのか、林の中に隠しているのかは分からない。
「魔術師だな。どういう料簡で俺達を包囲する?」
レイビットの問いに、口を開いたのは正面の二人の内の一人、口髭を蓄えた男だった。
「この付近で何をしていたのか、答えろ」
「移動中だ。寒冷雲の動向調査のためのな。ゼブドとの国境まで行く」
「所属はリーパークのギルドか」
「当たり前だろう。ここはリーパークの領内だぞ」
「付近で、ゼブドとリーパークの戦が行われている。そんな場所をわざわざ通るか?」
「戦が起きているなど知らなかった。傍を通ったのはたまたまで、ついでに見物していた。お前達はゼブドに雇われて、付近の監視か?」
こちらの問いに、男は答えない。少し、考えるような間があった。他の男達は距離を取ったまま動かなかった。ぱっと見は距離があるが、相手が魔術師なら油断のできるものではない。レイビットとアイザックは、それぞれの馬を留めたまま数歩だけ前に出た。
「拘束する。荷物をそれぞれ左右に投げ捨てろ。腰の剣もだ。その後、両手を上に挙げ、両膝を地面に付けろ」
アイザックが抜剣した。男達も即座に構えを取る。レイビットは腕を組んだまま動かなかった。唯一、事態に対応できていない人間に見えたのか。レイビット側にいた敵の一人が、距離を詰めてきた。一瞬だった。右手に握った短剣に鈍い光塵が走っている。
まだレイビットには届かない位置で、男は短剣を振るった。刃に纏っていた光塵が放たれる。レイビットは腰を沈め、右膝を付いた。頭があった場所を風切り音と同時に光塵が過ぎた。数瞬後、樹木に衝撃が走る音がした。その時、男は更にレイビットへの距離を詰めていた。しゃがんだレイビットに対し、短剣を振り上げる。レイビットはもう男を見ていなかった。体を返し、アイザックの方へ向けて地面を蹴る。
頭上を音もなく切先が滑る。アイザック。レイビットと入れ替わり刃を男の喉元へ。レイビットはアイザックのいた場所へ向けて体を起こしながら、自らも抜剣した。屈んでいた低い位置から右手の剣を抜き打ちで振り上げる。アイザックへ向けて動き出していた男。左肘の内側。滑るように関節へ届いた刃は、なんの抵抗もレイビットの腕に与えなかった。宙を舞う自分の左腕を呆然と見つめる男の顔に、魔力を込めた左拳を叩き込む。魔力の残滓である光塵の軌跡を描きながら、男は崩れ落ちた。
ちらりと視線を走らせると、幹が抉れて、枝が千切れかかっている杉があった。最初に向かってきた男の放った魔術が中った痕だ。
敵の人数が二人減ったところで、再び対峙するかたちになった。
アイザックは自分の正面にきている覆面の男を無機質に見つめている。体格で上回っているはずの相手が完全に気圧されているのが、目から伝わってくる。レイビットは残りの三人に同時に注意を払いつつ、最初に口を開いた男に話しかけた。
「全滅するまでやるか? 金で雇われただけだろう、お前ら」
最初に巨岩の陰から出てきた二人。この二人は雰囲気が違うという気がした。今の攻防で、レイビットとアイザックの動きを観察していたという印象を受ける。仲間二人が斃れたことについて、気にする素振りもない。釣り出されるように襲ってきた二人と同じレベルだと考えるのは危険だろう。在野の魔術師も玉石が混淆している。
「この魔術具、量産品ですね。見たことあります」
アイザックが自分が殺した男が持っていた短剣を拾って言った。同時に、相手の方を見もせずに短剣を投擲する。体の動きは小さく、ほぼ腕の力だけの攻撃だったが、短剣は驚くような速度で覆面の男に迫った。男は身を捩ってなんとか躱したが、体勢を崩して倒れこんだ。なんとか手を付き、すぐに後方に飛びずさる。しかしアイザックが追いかける方が早い。男が上体を起こした時、アイザックの剣は既に男の左胸を貫いていた。
「ゼブドのギルドで作ってました。ゼブド魔術師の中じゃ割とメジャーな魔術具ですよね」
「ゼブドが拠点だからな。持っていたらおかしいか?」
「いや、別に」
アイザックの発言に反応した口髭の男に対し、レイビットが答えた。
魔術師ギルドは在野の魔術師を取り締まる側なので、ギルドが作った魔術具をギルドに所属していない魔術師が所持しているのは一見、おかしい。しかし量産されている魔術具は実際のところ、どうとでも手に入れることができる。この魔術具を持っているからと言って、魔術師ギルドに籍を置いていると断ずることはできない。
そもそも、ゼブドの魔術師ギルドが大陸の協定に違反して戦に魔術師を派遣しているのであれば、簡単に身元が割れてしまうような魔術具を使うはずがない。やはり、ゼブド軍に雇われて工作を行っていた在野の魔術師とみて間違いないだろう。
「三人を失うとは考えていなかった。手練れだな」
道の先を塞ぐ二人が短剣を構えた。戦力が半減したが、動揺は見せない。
「そんな手練れが、ただ、寒冷雲の観測に行くのか?」
「そうだ、としか言いようがない」
「ここは戦場で、この先に進めばやがて麒麟の支配領域になる。普通は別のルートを選ぶものだと思うがな」
「あ、うちの先輩はあんまりそういうこと考えないんで」
「茶化すな」
「バカに寒冷雲の調査などやらせないだろう。目的はなんだ。――そもそも、本当にリーパークの者か?」
「……どういうことだ?」
問いかけた口髭の男は、双眸をレイビットに向けたまま、動かない。こちらの表情を冷たく見定めているようだった。本当にリーパークの者か。そうでないなら、どこの者だと考えたのか。リーパークでないなら、ゼブドか。
いや、もうひとつ可能性がある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます