episode.24〜最終話〜

ノワールの言う通り、私達はすぐに婚姻式を上げる事になった。


私はソニア様が婚姻式で着たドレスを手直ししてもらったものに身を包み、控え室の窓から外を眺めていた。


暖かい日差しが花々に降り注ぎ、小さな動物達の声が聞こえる。

教会の窓から見える庭園は薬草になる花が多く、興味深かった。


あの荒れ果てたエクルースの邸で、寒さに凍え朝から晩まで働き続けていた事が、もう随分昔の事のように思える。


実際はまだ半年と経っていないというのに。


だけどその間にも季節は春に変わり、暖かな木漏れ日に人々が春を感じるため、外に出かけたくなる、そんな季節。


そんな良い時季に、花嫁の衣装に身を包み、ノワールのお嫁さんになる事が出来るだなんて……。


青い空を振り仰いで、これからの幸せに眩暈がしそうな程だった。



コンコンッ。


扉を叩く音に振り返り、どうぞと声をかけると、テティとシシリアが入ってきた。


「お姉様〜、本当におめでとうございますっ!」


そう言って駆け寄ってきたテティを胸に抱く。


「私、お姉様が本当の家族になってくれて、う、嬉しいです〜」


えぐえぐ泣き始めるテティにオロオロしながら、ハンカチを差し出した。


「私の方こそ、テティと姉妹になれて心から嬉しいわ」


目尻に涙を溜めてそう答えると、テティがますます泣き出してしまい、どうしたらいいか分からなくなってしまった。


「アンタ、花婿の妹が今からそんなんでどうするのよ」


呆れた様子のシシリアに、テティは頬を膨らませた。


私とノワールとの結婚をこんなに喜んでくれる、テティ。

その彼女と、今日から家族になれるだなんて……。


テティは私の事をお姉様と呼んでくれる。

家同士の結びつきで、血のつながりは無いとはいえ、テティは私を本当の姉妹だと思ってくれているのが伝わってくる。


姉妹、家族……。

お母様が亡くなってから私には縁遠くなってしまったもの……。

だけど、もう一度手にする事ができるんだわ、私。


テティを見つめ、ハラハラと涙を流す私に、今度はテティがハンカチを渡してくれた。

涙を滲ませ、そのハンカチを受け取り、私達は笑い合った。


「婚姻式前の控え室でハンカチを交換し合うなんて、この話が広まったら流行りそうね〜。

姉妹や友人同士でこぞって真似しそうだわ。

フッフッフッ、新たなビジネスチャーンスッ!」


顎に手をやりニヤリと笑うシシリアに、私があんぐり口を開いていると、テティがこっそり耳打ちしてくれた。


「シシリィはお金儲けに貪欲なの。

王都にも沢山お店を持ってるのよ」


そう教えてくれたテティを驚いた顔で見つめると、ヤレヤレといった感じで肩を上げている。


公爵令嬢という立場に甘んじず、なんて逞しいのかしら。

私も是非見習わなければ。


「自分も見習わなければなんて思っているなら、やめておいた方がいいよ」


急に聞こえた声に驚いて振り向くと、ノワールが満開の花を背負って開け放たれた扉の前に立っていた。



「テレーゼ……なんて美しいんだ……」


息を呑むようにそう言って、ツカツカと早足で私の所に駆け寄ると、ノワールはフワッと私を抱き上げた。

子供のように抱き上げられて、顔を真っ赤にする私と、そのままクルクルと回るノワール。


「おーおー、はしゃいでるはしゃいでる」


呆れ声のシシリアにますます顔が赤くなる。



「コラコラ、花嫁を回すな回すな」


シシリアとは別の呆れ声に、ノワールは私を抱き抱えたままピタリと止まった。

あ、あら、まだ降ろしてくれないの?


先程声をかけてきたのはジャンだった、他にも、レオネルに、ミゲル、クラウス様……。


「ノ、ノワール……降ろしてくださらない?

殿下の前でこれは、ちょっと」


耳元でコソッと耳打ちすると、ノワールは不思議そうに首を傾げている。

あら?何故かしら?

畏れ多い事に目の前に第二王子殿下がいらっしゃるのよ?

その目前で、私のこの状態は不敬じゃないかしら?


その辺がちっとも伝わらない様子のノワールに目を見開いていると、クラウス様はツカツカと一直線にテティに向かっていき、ヒョイとテティを抱き上げると、ノワールのように抱き抱えた。


テティも真っ赤な顔で、申し訳なさそうに眉を下げ私をチラッと見る。


「テレーゼお姉様……ごめんなさい……慣れて下さいっ」


そう言ってうっと嗚咽を抑えるために口を手で覆うテティ……。



苦労してきたのね。

ノワールとクラウス様って、似てらっしゃるところがあるんだわ。

もしかして、テティをどちらが抱っこするかで争われたりしたのかしら。


ま、まぁ!

だとしたら凄く微笑ましいわっ!


パァッと笑う私に、シシリアが深い溜息をついた。


「テレーゼの大らかさには感服するわ。

貴女じゃないとノワールは無理よ」


シシリアの呟きに首を傾げながら、私はノワールを見た。

ノワールも何のことだろうね?って顔で微笑んでいる。


2人で顔を見合わせ、私達はクスクスと笑った。

何だかこそばいような、フワフワとした気分で私はもう一度窓の外を眺めた。


晴れ渡った青空が、私達を祝福するように、キラキラと日差しを空から地上に降り注いでくれていた。






教会の大聖堂を、ノワールに手を引かれながら、一歩一歩歩いて行く。


ヴェール越しに皆がこちらを振り向き、注目しているのが見える。

今日は、ノワールの伴侶になる者として、淑女らしく淑やかに歩いた。


テティとクラウス様が並んで座っているのが見える。

それに、シシリアとエリオット様。

レオネル、ミゲル、ジャンも。


ソニア様とローズ公爵様の姿もあった。

……それに、陛下と王妃様も。


少し動揺してしまった私に、ノワールが優しく微笑みかけてくれた。


お二人も出席したいと仰っていた事はソニア様から聞いていたけれど、本当に出席頂けるなんて……。

身に余る光栄に、胸が詰まりそうだった。



祭壇に着くと、大司教様の前でノワールと共に一礼をする。

大司教様が、まずはノワールに語りかけた。


「汝ノワール・ドゥ・ローズは、テレーゼ・エクルースを妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、

共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」


大司教様のお言葉に、ノワールは厳かに頷いた。


「はい、この名にかけて決して違わぬと誓います」


ノワールの返答に、大司教様は一度頷き、今度は私に向き直った。


「汝テレーゼ・エクルースは、ノワール・ドゥ・ローズを夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか」


私も厳かに頭を下げて、答えた。


「はい、この場にお集まり頂いた皆様に、誠心誠意誓います」


私の返答に大司教様はまた頷いて、隣にいた司教様に手を差し出した。


そして婚姻宣誓書を私達の前に差し出す。


「では、ここにその誓いを記して下さい」


まずはそこにノワールが自分の名前を署名して、次にその下に私が同じように署名する。


「それでは、指輪の交換を」


そう言われて、私は何のことかと不思議に思ったが、ノワールが台座に置かれた揃いの指輪の片方を私の左手の薬指にはめた。


私も見よう見まねでノワールの左手の薬指に、もう一つの指輪をはめる。


シンプルな銀の指輪に小さな宝石が埋め込まれた上品な指輪だった。

ノワールの指輪にはブラックパールが、私の指輪にはパライバトルマリンが埋め込まれている。


どちらも希少な宝石なのに、一体いつの間に。

それに指輪を交換する儀式はいつから始まったのかしら?


私が知っている婚姻式では、婚姻宣誓書に署名して終わりなのに。

まぁそれも、私の乏しい知識ではの話だから、世間から離れて暮らしていた私が知らない事があっても、仕方ないわね。


……それに、揃いの指輪を交換するだなんて、とても素敵。

婚姻式の後に、揃いの指輪をつけたり、夫人に指輪を贈る話は聞いた事があるけれど、皆の前で一つの儀式として行うと、改めて夫婦になったのだと感じられて、とてもロマンチックだわ。


頬を染めて指輪を眺める私に、ノワールがクスッと笑った。


「気に入ってくれた?シシリアに勧められて儀式に取り入れたんだ。

僕達がこの王国で初めて指輪交換した夫婦なんだよ」


ノワールにそう小声で言われて、私は驚いてシシリアを見た。

シシリアの瞳がランランとギルマークになっている……。


私達の婚姻式を利用して、また新たなビジネスチャンスを掴んでいるわ……。

本当に頼もしい、私もぜひ見習わなくちゃ。


「見習わなくていいからね。

それから、これも新しい取り組みなんだけど」


そう言ってノワールが片目を瞑った瞬間、大司教様が私とノワールにそれぞれ片手を差し出し、ニッコリ微笑んだ。


「では、誓いの口づけを」


その言葉に私は目を見開き、大司教様を見てから、ノワールを見た。


えっ?

口づけ?

皆様の前でっ⁉︎


真っ赤になった私のヴェールをノワールが持ち上げて、ゆっくりと顔を近付けてきた。

私は観念して、ぎゅっと目を瞑る。

その私の唇に、ノワールの唇が優しく触れて、すぐに離れた。


「安心して、ここでは紳士的な口づけしかしないよ。

ここでは、ね」


耳元でそう囁かれて、私はますます顔を赤くしてしまった。

ヴェールがあって良かったわ、本当に。



「皆さん、二人の上に神の祝福を願い、結婚の絆によって結ばれたこの二人を神が慈しみ深く守り、助けてくださるよう祈りましょう。

万物の造り主であるクリケイティア神よ、あなたはご自分にかたどって人を造り、夫婦の愛を祝福してくださいました。

今日婚姻の誓いをかわした二人の上に、満ちあふれる祝福を注いでください。

二人が愛に生き、健全な家庭を造りますように。

喜びにつけ悲しみにつけ信頼と感謝を忘れず、困難にあっては慰めを見いだすことができますように。

また多くの友に恵まれ、婚姻がもたらす恵みによって成長し、実り豊かな生活を送ることができますように。

この2人の歩む道に幸あらん事を」


大司教様が両手を広げた瞬間、教会の鐘が厳かに鳴り、皆が拍手で私達を祝福してくれた。



皆の暖かい祝福に包まれて、虐げられ続けてきたひ弱な伯爵が、この日、愛する人と一生を誓い合う事が出来た。

それは奇跡のように煌めいた、人生最良の日となったのだった……。






季節はまた変わって。

夏真っ盛りのある日。


「アッハッハッハッ!テレーゼのお陰で、エクルース流婚姻式は大流行りよっ!」


ご機嫌なシシリアの笑い声に、皆が深い溜息をつく中、私は頬を染めてシシリアを優しく睨んだ。


「私流だなんて、誤解だわ。

全部シシリアが考えついた事じゃない」


少し責めるような私に、シシリアは平気な顔で片目を瞑った。


「注目度ナンバーワンのテレーゼとノワールの婚姻式だから上手くいったんじゃない。

婚姻式は一生に一度!ロマンチックという名の前には皆が平伏すのよっ!

淑女同士のハンカチ交換も、夫婦の指輪交換も大盛況っ!

良きかなよきかなっ、なぁっはっはっはっ!」


ますますご機嫌な様子に、私が流石に呆れていると、テティが耳打ちしてくれた。


「シシリィったら、ブライダルサロンの店を開いてね、そこで一式購入出来るようにしちゃったのよ。

本当、お金の匂いに敏感なんだから」


テティの呆れ顔に私はふふっと笑って、周りを眺めた。



今日は皆が私の邸に来てくれていた。

美しく蘇った庭園を見てもらってから、人工湖の周りにシートを引き、皆でお茶やお菓子、軽食を楽しむ、ピクニックスタイルのお茶会だった。


テティとシシリア、それにクラウス様とエリオット様。

レオネル、ミゲル、ジャンも揃って私達の招待を快く受けてくれた。



「テレーゼお姉様のくれたブーケ、クラウス様が保存魔法をかけてくれて、部屋に飾らせてもらっているのよ」


テティがそう笑う横で、シシリアがポンと手を打った。


「そうそう、アレも良かったわよ!

テレーゼが私とキティにブーケを分けているところを見ていた、まだ未婚の淑女達がね、花嫁からブーケを受け取ると次に良いご縁に恵まれるってジンクスを広めてくれて、ブーケがより大きく、豪華になったのよねぇ。

ご縁を分けてほしい淑女に、貧相なものは渡せませんものね〜」


オーホッホッホッと笑うシシリアに、私とテティは顔を見合わせて溜息を吐いた。

そのジンクスとやらを広めたのもシシリアの仕業だと、流石に私にも分かるようになってきた。


「それで?シシリアは持っていてくれてるの?

私からのご縁に恵まれるブーケ」


少し意地悪く聞くと、シシリアは焦ったように頬を染めている。


ブーケを渡した時、テティの隣にはクラウス様がおられて、テティの肩を抱いていたクラウス様は幸せそうに笑っていらっしゃった。


そして、シシリアの隣にはエリオット様が。

とても満足そうに私に親指を立て、ナイスアシストッと喜んでらっしゃった。


シシリアは苦い顔をしていたけど。


その時の事を思い出し、ふふふっと笑う私に、シシリアは頬を膨らませそっぽを向いた。


「私も自分で保存魔法をかけて大事にしているけど、ご縁云々の為じゃなくて、テレーゼから貰ったものだからよ」


フンッと鼻を鳴らすシシリアは、案外自分が分かりやすい性格をしていると気付いているかしら?

私にはとても、エリオット様の片恋には見えないんだけれどね?


ついまたふふふっと笑ってしまい、シシリアはますます頬をそめて、頑なにこちらを見ようとはしなかった。


そのシシリアを、少し離れたところからエリオット様が愛おしそうに見つめていらっしゃる。


この2人の関係性にも慣れてきた私は、テティと顔を見合わせてクスクスと笑った。



「実は皆に報告があるんだ」


ノワールが立ち上がり、皆がそちらに注目した。

私はそのノワールの隣に、そっと静かに並ぶ。


「僕とテレーゼはこの度、新しい命を授かったんだ、ね、テレーゼ」


そう言って私を見つめるノワールに、ポッと頬を染め、優しく自分のお腹を撫でると、皆が一瞬ポカンとした後、驚いたようにワッと声を上げた。


「マジかよっ!女みたいなお前が一番手とか、俺ら面目丸潰れじゃねーかっ!」


ジャンの第一声に、ノワールの額に小さな青すじが浮かぶ。


「ああ、また婚約者はいつになったら決めるのかと父上に責められる……」


レオネルが眉間を押さえて、頭痛に耐えていた。


「おめでとうございますっ!ノワールッ!テレーゼッ!

お二人とお腹の子に、神の祝福をっ!」


いつも穏やかなミゲルは珍しく興奮気味で、立ち上がると空に向かって両手を広げた。

途端に輝く光の結晶が、フワフワと私達を包み込んだ。

ミゲルの光魔法……。

なんて慈悲深く暖かい光なんだろう……。


その美しさにうっとりと見惚れていると、ジャンとミゲルが咳払いをしながら、私達の前に立った。


「改めて、おめでとう、ノワール」


レオネルとノワールが固い握手をしている横で、ジャンが私の肩をポンポンと叩く。


「テレーゼも、おめでとう。身体を大事にしろよ」


まるで兄のように優しいその眼差しに、私は胸が詰まって、頷くだけで精一杯だった。


「わ、わ、私の甥っ?姪っ?

ほ、本当にっ!お姉様のお腹の中に、可愛こたんがっ!

あ、赤ちゃ〜んっ!早く会いたい〜っ!」


すっかり興奮したテティは、ポロポロと涙を流しながら私のお腹をさする。

そのテティの脇を肘で突いて、シシリアが呆れた声を出した。


「アンタ、素が出すぎ」


シシリアの指摘に、テティはハッとした顔で私を見たけど、私は優しく首を振った。


「いいのよ、テティ。貴女の不思議な話し方、私大好きだわ。

その方がとてもテティらしくて素敵よ。

だから、私の前では無理しないで貴女らしく振る舞って」


実際、テティとシシリアの会話の中には、私には分からない単語が度々出てくるけど、私はそれが本当に2人らしく感じて、大好きだった。


テティにも、シシリアにも、重責な役割があるけれど、息をつける場所があるのだと思うと何だか安心出来るから。


「テレーゼお姉様〜尊い〜」


更にボロボロと涙を流すテティにハンカチを渡しながら、流石に尊いと言われるのは大袈裟だわ、と申し訳なくなった。


「先を越されたな、おめでとう、ノワール」


クラウス様がノワールの肩に手を置いて、ニヤリと笑うと、ノワールはしれっとした顔でクラウス様を見た。


「先も何も、僕達には自然な事ですから。

クラウスはキティに対して当然の事ですが、きっちり節度を守って下さいね。

子供に子供など産めませんからね?

分かっていると思いますが……」


ギラリとクラウス様を睨むノワールの、あまりに不敬な態度に目眩を起こしそうになったけれど、クラウス様は全く気にもならない様子でニヤニヤと笑っている。


「残念だなぁ、ノワール。

キティは成人した立派な淑女だから、その道理はもう通らないのだが。

まぁ、キティの希望通り、学園を卒業するまでは婚姻はお預けだから、俺達の子はその後にはなるが、婚姻と同時におめでたい話になるならお前だって文句は言えないだろう?」


ノワールを揶揄うようなクラウス様に、真夏だというのに、辺りがヒヤリと冷たくなった。


ああ、もう……。

この人はどうしてこうも平気で不敬な事ばかり……。


私はそっとノワールの脇腹を捻った。

ノワールはビクッと身体を震わせて、すぐに申し訳なさそうにこちらをチラッと見る。


「ノワールのブリザードを抑えた……」


信じられないとでもいうようなジャンの呟きに、レオネルとミゲルも関心したように私を見つめる。


「早速尻に敷いてるじゃないっ、流石テレーゼッ!本当に頼りになるっ!」


両手を組んでキラキラした目で私を見つめるシシリアの隣で、テティが感動したように目尻の涙を指で拭っていた。


……ノワールったら、一体今までどれだけのブリザード被害を起こしてきたのかしら……。


「いや、本当におめでとう。

テレーゼちゃん、身体を労って元気な子を産むんだよ」


シシリアを後ろから抱きしめながら、そう言うエリオット様の足を、シシリアが思い切り踏みつけているけど、うん、もう大丈夫よ。

私、それくらいの不敬にはもう驚かないわ……。


「皆、ありがとう。僕は身重のテレーゼについていなきゃいけないから、当分王宮にも宮廷にも顔を出さないけど、僕の分まで皆が頑張ってくれるよね?」


咲き誇る花のようにニッコリ微笑むノワールに、皆がそれぞれ頭を抱えている中、私はギクリと身体を揺らした。


目敏くそれに気付いたノワールが、私に向かってんっ?と首を傾げる。


「どうしたの?テレーゼ……。

君、まさか……」


咲き誇る花々が真っ黒な薔薇に変貌していくのを直視できず、私はノワールから顔を逸らし、ボソボソと呟いた。


「あの……だって、魔道士になったばかりだし……研究も楽しいし……師匠様の所にももっと伺いたいと思ってて……。

だから、産月まで私、その……働きたいって……」


思ってて……と恐る恐る顔を上げると、ノワールがそんな私に優雅に微笑んでいた。

……大輪の黒薔薇を背負って……。


ま、まぁ……うふふ。

大丈夫よ、テレーゼ。

私には沢山の仲間がいるじゃない。


そう思って皆を見渡すと、一様に私から目を逸らし、焦点の合わない目で申し訳無さそうに、空とか地面を見つめていた……。


ただ1人、クラウス様だけが平気な顔でノワールの肩を叩き、ハハッと声を出して笑った。


「なんだ、お前案外後回しにされてるじゃないか」


で、で、で、殿下っ!

そのようなっ!

そのような事実はございませんっ!


焦って真っ青になる私に、ノワールがニッコリと微笑む。


「テレーゼ……僕達、話し合う必要があるね?」


優雅に微笑むノワールに、私はゴクッと息を呑んだ。


そうね、貴方がその黒薔薇を消してくれさえすれば、円満な話し合いになると思うわ。


ヒヤリと周りの温度を下げるノワールに、さて、どう説得しようかと私は頭を捻った。

ノワールを口説くには骨が折れるけど、私、嫌いじゃないのよ?


だって貴方はいつだって、最後は私の望みを叶えてくれるもの。


沢山の幸せを私に与えてくれるノワール。

私も貴方をもっともっと幸せにしたい。


私の幸せが貴方の幸せであるように、貴方の幸せも私の幸せなの。


貴方がいるから、私、伯爵としても魔道士としても揺るぎなく立っていられるのよ?


それをどんな風に貴方に伝えよう。


焦る事はないわね、だって時間は沢山あるのだし。


私達、一生を共に生きると誓い合ったのだから。



ね?ノワール。








            ーーfinーー





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