episode.21

「やぁお二人さん、おめでとう」


周りの人々に祝福の言葉を頂いていた私とノワールに、王太子殿下がお声をかけて下さった。


カーテシーで礼をとる私を手で制し、殿下は私達を会場の隅に招く。

そこにはシシリアとレオネル、ミゲル、ジャン、それにテティが待ってくれていた。


「テレーゼお姉様が本当に本当の私のお姉様になるのねっ!ノワールお兄様、ありがとうっ!」


既に私に抱きついて、嬉しそうにノワールを見上げるテティの髪を、ノワールが優しく撫でる。


「お礼ならテレーゼに、彼女が僕を受け止めてくれたお陰なんだから」


そう言ってフワリと微笑むノワールに、テティは嬉しそうに頷いた。


「テレーゼお姉様、お兄様の求婚を受けて下さってありがとうございます」


今度は私を見上げてそう言うテティに、私は慌てて首を振った。


「そんな、私こそノワールに求婚してもらえてお礼を言わなきゃいけないのに」


私がそう言った瞬間、シシリアがポンポンと私の肩を叩いた。


「初恋拗らせ粘着男の求婚を受けただけでも凄いのに、コイツに礼なんて無用よ。

この事を一生笠に着て尻に敷いてやればいいのよ」


何だか生暖かく微笑まれ、私がオロオロとしていると、レオネルやジャンやミゲルも口々に口を開いた。


「初恋って、実るものなんですね」


「バカ、ミゲル、コイツの場合は草一本生えない不毛の地を耕し続けて最後は力技だから、参考になんねーよ」


「嘘までついて無理やり仲を進展させたんだ。

全く共感出来ん」


レオネルの言葉を不思議に思って首を傾げながら、ノワールを見上げた。


「嘘、って何?」


素直にそう聞くと、ノワールは真っ赤になって冷や汗を流している。


そのノワールの様子にますます首を傾げる私の耳元で、シシリアがコソコソと教えてくれた。


「魔力を循環させる治療だって、必要以上に口づけを強請られなかった?

それ、最初以外全部嘘だから。

1回目で魔力循環は成功していたのに、コイツおやすみのキスがしたいばかりに嘘までついてたのよ」


シシリアの話に私は目を見開き、瞬間ボッと顔を赤くした。


おやすみのキス以上の事も、なし崩しにしてしまったとは言えず、恥ずかしさに俯いて顔を上げられない私に、ノワールが焦ったように口を開いた。


「テ、テレーゼ、嘘をついた事は謝るよ。

でもどうしても、君と早く親しくなりたかったんだ。

その……ずっと恋焦がれてきた君を前にして、抑えが効かなくて……ごめん」


シュンとして不安そうに私を見つめるノワールの手をとって、私は真っ赤な顔のまま、その瞳をジッと見つめた。


「あの、私は嘘だなんて思わないわ。

ノワールは確かに私の心を癒やしてくれたのだもの。

だから、そんなに気に病まないで。

でも今度からは私に要望があれば、ありのままに話してね」


私がそう言った瞬間、シシリアがああ〜といった感じで額に手を当て天井をふり仰いだ。


どうしたのかしら?

不思議に思っていると、ノワールが私の顎を掴み優しく上向かせ、妖艶な微笑みを浮かべた。


「分かった、今度からは素直にお願いする事にするよ、ありのままに……」


ふふっと甘く揺らめくその瞳の奥が、獲物を狙う獣のように鋭く光って、私は何かを間違えたような気がしてならなかった。


あら、何だか泣きたくもないのに目尻に涙が……。

震えも止まらないわ。


皆を見渡すと、一斉に私から申し訳なさそうに目を逸らした。


まぁ、嫌だわ、私ったら。

何だかノワールにとんでもない許しを与えたみたいな気分……。

そんな訳、ないわよね?



「ノワール、遅れてすまん。

婚約おめでとう、やっと捕まえたようだな」


ノワール以外気まずい雰囲気を醸し出す中、凛とした声が聞こえてそちらを振り向くと、王太子殿下によく似た顔立ちの彫刻のように美しい男性がノワールの肩をポンと叩いていた。


「やぁ、テレーゼ嬢、いや、エクルース伯爵だったか。

俺はクラウス、キティの婚約者だ」


輝くような金髪に、アイスブルーの瞳のその方は、ノワールが側近を務める、第二王子クラウス・フォン・アインデル殿下その人だった。


慌ててカーテシーをとろうとするも、やはり手で制され、殿下はテティに手を差し出す。


その手をとり殿下の隣に立つテティは、身長差ゆえ、殿下を見上げるのも大変そうだった。


「キティの姉となる人なら俺の身内も同じ、お互い直ぐにそうなるだろうし、畏まらないでくれ。

クラウスと呼んでくれてかまわない」


高貴なお方であるにも関わらず、基準をテティに置いている様子に、私は微笑ましくなった。


それでも恭しく頭を下げ、ご挨拶を申し上げる。


「クラウス様、お名前で呼ぶ事をお許し頂き光栄に存じます。

この度、正式にエクルース伯爵を拝爵致しました、テレーゼと申します。

お見知りおき頂ければ幸いにございます」


私の挨拶にクラウス様は頷き、テティを甘く見つめた。


「良かったね、キティ。

ずっと心配していたから、これで安心出来たんじゃないかな?」


テティに対して話し方まで変わる様子に私が目を丸くしていると、シシリアがまた耳元で囁いた。


「アレは初恋拗らせ粘着モンスターの同類だから、まともに相手しちゃダメよ」


まぁ、テティはもの凄く大事にされているのね。

途端にニコニコ顔になる私に、シシリアが諦めたように溜息をついた。


「アレ系モンスターには鈍いくらいが丁度いいみたいね」


ボソッと呟くシシリアに、私は何の事か分からず首を捻った。



「さて、そろそろ僕に、テレーゼちゃんに許しを乞う時間をくれないか?」


王太子殿下がそう声を上げ、私の前に立った。

私は目を見開き、その殿下を見つめる。


「テレーゼ・エクルース伯爵。

貴女に大変な無礼を働いた事、遅くなったが謝罪したい。

あの時は本当に申し訳なかった」


そう言って胸に手を当て頭を下げる殿下に、私は驚愕して言葉も出なかった。


この国の王太子殿下に頭を下げさせるなんて、とんでもない事だわっ!


慌てる私を安心させるように、シシリアが肩を叩いた。


「大丈夫、幻影と防音の結界を張っているから。

周りからは私達は楽しそうに歓談しているようにしか見えないわ。

だから気にせずガッツリ謝罪させなさい、ガッツリ」


そう言いながら殿下の側に寄っていくと、シシリアはあろう事か殿下の足をグリグリと踏みつけた。


ノワールも殿下の側に行くと、反対の足を踏みつける。


「痛い痛い、リアッ、ノワールッ、本当にごめんなさいっ!

テレーゼちゃんにちゃんと説明したいから、一旦この足退けようか?

ね、一旦退けて、お願いしますっ」


殿下の懇願に、2人はまだまだ足りないといった顔で、渋々足を退けた。


「あの……これは、一体……」


あまりの事に驚きを隠せない私に、殿下は落ち着くようにといった感じで掌を向ける。


「今、説明するね」


そう言うと、殿下は自分の顔を手でゆっくりと撫でる。

その手が外されると、そこにあのオークションで私をお父様達から預かった、あの男の顔があった。


間違いない、この顔はあのオークションを取り仕切っていたあの男だわ。


私は反射的に悲鳴を上げそうになり、自分の口を手で押さえた。


ノワールが慌ててそんな私を胸に抱きしめる。


「さっさとその忌まわしい顔を消して下さい。

でなければその存在自体を消して差し上げましょうか?永遠に」


ギラリと殿下を睨むノワールから冷気が漂い、殿下は飛び上がりながら直ぐに顔を元に戻した。


「ごめんね、テレーゼ。

今のはエリオット様のスキルなんだ。

顔を変えて、あのオークションに潜入していたんだよ。

君を取引した証拠を確実に掴む為にね。

また怖い思いをさせて、本当にごめん」


私を気遣うように眉を下げ、真っ青になった私の顔を覗き込むノワール。


あの男が、スキルで変装した王太子殿下だっただなんて。


確かにあの男の顔は、あのオークションを思い出させる今だ恐怖の対象だった。


でも、私の為にこの国の王太子様の御身を、あんな場所で危険に晒していたなんて。

私には、そちらの方がよっぽど恐ろしかった。


「王太子殿下、私のような者の為にあのような場所で危険な目に遭わせてしまい、申し訳ありませんでした。

どうか今後はその御身を大切になさり、あのような危険な事は2度となさらないで下さい」


胸の前で手を合わせ、そう懇願する私に、何故か皆がポカンと口を開いていた。


「常日頃、エリオットを便利な道具くらいにしか思ってないから忘れてたわ。

これが正常な反応なのよね?」


シシリアの言葉に、皆が一様に首を捻る。


「どうだろう?エリオット様と危険が結び付かなさすぎて、もうよく分からないね」


ノワールがヒョイと肩を上げてそう言うのを、私は信じられない目で見つめた。


数々の不敬を目の当たりにして、もはや私の中の常識がおかしいのかとも思えてきた。

一体皆のこの関係性は何なのかしら。

私が間違っていなければ、王太子殿下と臣下の関係である筈、よね?


「テレーゼちゃん、僕は見た通り、公式の場でなければこんな扱いだから、君も僕に必要以上に畏まらなくていいからね。

僕の事もエリオットで構わないよ」


シシリアに耳を引っ張られながら、メソメソと涙を滲ませる殿下に、私は呆然としつつ頭を下げた。


「か、過分なご配慮感謝致します。

尊きお名を呼ぶお許しを頂き、恐悦至極にございます」


急に皆のように砕けた態度は私には無理だった。

何度も言うけれども、目の前のエリオット様はこの国の王太子殿下であり、私が仕えるべき尊きお方なのだから。


「テレーゼ、貴女を見ていると心が洗われるようだわ。

だからって私には無理だけど」


今度はエリオット様の脇腹を何度も殴りながら、シシリアが目を丸くして私を見る。


密かにノワールが、そのシシリアの拳を氷で包んで強化していた。


「あの、私はもう、十分ですから、や、やめて、シシリア……。

流石に居た堪れないから……」


オロオロする私に、エリオット様が救いの女神様っ!と両手を胸の前で組み、シシリアが憎々しげに舌打ちをした。


この2人の関係って、一体……。

首を捻る私に気付いたエリオット様が、ふふっと笑って私の瞳を覗き込んだ。


そういえば、オークション会場でも同じようにこうして瞳を覗き込まれたわ。


ゴクッと息を呑む私に、エリオット様は照れたように頬を染める。


「君の瞳の色が、僕の恋焦がれる人の髪の色に似ているんだ。

演技だったとはいえ、余計に不躾に見つめてしまって本当にごめんね」


そう言って眉を下げるエリオット様の肩越しに、私はシシリアを見つめた。


そういえば、シシリアの髪は、艶やかなパールブラックだわ……。


そう気付いてハッと口元を押さえる私に、エリオット様が軽く片目を瞑り、自分の唇の前に指を立てた。


ま、まぁ………。



「顔が近いのよ、テレーゼにまた何かしたら今度こそ滅するわよ」


エリオット様の耳を引っ張って私から引き離すシシリアを、思わず微笑ましく見つめてしまう。


私は隣のノワールを見上げ、ふふっと笑った。


「お二人とも仲が宜しいのね。

シシリアは未来の王妃様だったのね」


当然のようにそう聞く私に、ノワールは首を振った。


「いや、シシリアは第三王子の婚約者だし、エリオット様はご婚約者様が病気で身罷ったばかりで、そのご婚約者様を偲び、むこう一年は新しく婚約者を迎えないと宣言したばかりだよ?」


ノワールの言葉に、私は思わず口をあんぐり開けて、言葉を失った。


その私にノワールはなんて事ない口調で続ける。


「シシリアを利用したい人間が彼女を離す気が無いし、更にそれを利用したい陛下の思惑もあるんだ。

今のところ、エリオット様の堪忍袋のお陰で現状維持出来てるけど。

そろそろ陛下の御身が危ぶまれるところだね。

エリオット様が本気になれば、陛下を失脚させるくらい容易いだろうし。

シシリアは自分の事でそんな面倒くさい事になりたくないから、エリオット様をうまく制御してるよ。

ちなみに病気で身罷ったと公表されたエリオット様のご婚約者様は帝国でピンピンしてるから、心配しないでね」


もう、何が何やら分からない……。


呆然とする私に、ノワールは困ったように頭をコテンと傾げた。


「僕の伴侶になると必然的にその辺のややこしい事情に巻き込まれてしまうかもしれないけど、全然テレーゼが気に病む必要はないからね。

基本、放置しておけば、自分達で何とかするはずだから」


事もなげなノワールに、私は納得出来ないまま、それでも頷いた。

確かに、私が出来る事などないのだし。

シシリアが何者かに利用されている事はとても気になるけど。

もし本当に困った事になったら、私がエクルース伯爵としていくらでも協力したいと思う。


シシリアは私を救出する為に尽力してくれた1人だもの。

皆には返しきれない恩がある。

いつか必ず、その恩を返したい。

どんな形であっても。



色々ありそうな2人とはいえ、凄く仲睦まじいシシリアとエリオット様、それにテティにクラウス様、それから、レオネル、ジャン、ミゲル……。


皆がワイワイと楽しそうにしている光景を眺めながら、私は自然と笑っていた。


そんな私にノワールが目を細める。


「騒がしくてごめんね、でも皆といたら退屈はしないよ」


優しくそう言うノワールの様子に、皆が大事な仲間である事が伝わってくる。

そしてノワールは、私もその中に入れてくれようとしているのだ。


少し前の私には、考えられない事だった。

楽しい仲間、可愛い妹、それに、愛する婚約者……。


「ノワール、私を見つけてくれてありがとう」


心の底からの感謝を込めてそう伝えると、ノワールはゆるく首を振った。


「ううん、遅くなってごめんね。

だけど、例えテレーゼが大陸を超えた更にその先、世界の端っこに身を隠していても、必ず見つけ出して僕のものにしたと思うよ。

お礼を言ってもらうような事じゃないんだ。

シシリアに言われたでしょ?

初恋を拗らせた粘着男だって。

あれ、何も間違ってないからね?

ふふふっ、僕に見つかった事を後悔しないでね、テレーゼ」


そう言って瞳の奥を甘く揺らめかすノワールは、この世のものとは思えない程に妖しく美しかった。


そのノワールに呼吸を忘れてしまうほどに見惚れながら、私は顔を真っ赤に染めて、ノワールの手をギュッと握る。


「……しないわ、後悔なんて。

私はずっと貴方の側にいたいの。

私を見つけてくれたのが、貴方で良かった……。

ノワール、大好きよ」


その甘い瞳を真っ直ぐに見つめ、自分の正直な気持ちを伝えると、ノワールは花が綻ぶように微笑んだ。


「ありがとう、テレーゼ。

僕も君を一生離すつもりはないからね。

愛してるよ、これからも、ずっと……」


甘い囁きと共に、ノワールの顔がゆっくり近付いてきて、そっと唇が重なる。


胸が潰れそうなくらいの切なさに、目尻に涙が滲んだ。



私、本当にノワールと婚約したんだわ。

これからは2人で人生を歩いていける。

私の最愛の人と。


こんなに幸せでいいのかしら。

ほんの少し前まで、あんな惨めな暮らしをしていた私が。


いいえそうよ、私はこの幸せを当たり前だと思わず、どんな事にも感謝して生きていける。

それはあの暮らしがあったからだわ。


そう思えば、虐げられた日々も無駄じゃない。

あの頃の私がいたから、今の私があるのだから。


無かった事になんかしない、忘れたりもしない。

あの頃の私も、大事な私の人生の一部なのだから。


ゆっくりと唇を離し、私達は微笑みあった。

これからの幸せを誓い合うように。



「リア充、爆破しろ、と言いたい」


いつの間にか私達の間近にきて、ジッと私達を見つめていたシシリアが、無表情でそう呟き、私は跳ね上がるようにノワールから身体を離した。


「あっ、リアジュウ、な、何かしら?」


慌ててシシリアに向かって真っ赤な顔を向けると、そのシシリアを後ろから抱きしめながら、エリオット様がニッコリ微笑んでいる。


「リア獣だよ、リア獣。

リアは人がイチャラブしていると、獣になって爆破するんだ」


えっ?

ば、爆破っ!


目をまん丸にして驚く私に、ノワールが呆れたように溜息をついた。


「テレーゼ、まったく気にしなくていいよ。

シシリアはたまに変な呪文を呟くけど、特に害はないから。

エリオット様、独自の解釈でテレーゼを混乱させないで下さい」


ノワールの説明に、私は今のはシシリアとエリオット様の独自の呪文かしらと首を捻った。


リアジュウとかイチャラブとか、本当に個性的だわ。

私も早く魔法を本格的に習得して、自分独自の空想魔法を手に入れたい。

それに、お母様が私の為に作ろうとしていた魔法の研究も引き継がなくちゃ。


こんな風にやりたい事に胸をときめかす今がある事に、ノワールや皆に感謝したい気持ちでいっぱいだった。


私、どんな目に遭おうと生きてきて良かった。

生きていて、良かったんだわ。


そう思える今を胸いっぱいに抱きしめて、私は皆の所に一歩を踏み出した。


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