episode.20
あの叙爵式から数日経ち、陛下の計らいで王宮でパーティが開かれる事になった。
ありがたくも畏れ多い気持ちで、ノワールにエスコートされパーティ会場に足を踏み入れると、沢山の貴族達に出迎えられる事になる。
身内だけのささやかなパーティと聞いていたのだけど……。
萎縮してしまいそうになる自分を奮い立たせ、エクルース伯爵然と胸を張り、迎えてくれる皆様に微笑みを返した。
「テレーゼお姉様、おめでとうございますっ!」
こちらに駆け寄ってきたテティは、フワッと軽やかに私に抱きついた。
まぁ、なんて愛らしいのかしら。
妖精そのもののような存在だわ。
自然に頬が緩んでしまう私に、テティの後から優雅にこちらに向かってきたシシリアが声をかけてくれた。
「テレーゼ様、おめでとう。
貴女の本来持つべきものを見事に取り返したわね」
優雅に微笑むシシリアに、私も微笑み返した。
「いえ、そもそも奪われて良いものでは無かったのに、全て私の無知ゆえでした。
ありがとう、シシリア様、力を貸してくれて」
私の言葉にシシリアは眉を下げ、ゆるく首を振った。
「貴女はまだ幼かったのだもの、仕方ないわ。
あんな卑劣な者達に貴女があんな目に遭っていただなんて、誰も気付けなかった。
あの環境で生きてきた、それこそが貴女の強さそのものだと思うわ」
シシリアのその瞳には私への称賛が込められていて、何だか落ち着かない気持ちになってしまった。
私は、ただあの環境に諦め、受け入れていた自分を今更ながらに恥じた。
例え幼くとも、もっと足掻く事が出来たのではないだろうか?
それとも、そんな事をしていたら、とっくに命を失っていたのだろうか。
過ぎた事を考えても仕方ない事とはいえ、こうしてエクルール家の当主となった今、やはりあの過去は私に重くのし掛かる。
虐げられ続けていた私を、エクルース伯爵とは認めない者も今後出てくるだろう。
そうすればきっと、私の発言力にも影響し、それはそのままエクルース家に影響する。
エクルース家を守る為に、これ以上周りに侮られない何かが私には必要なのだ。
「花のようなご令嬢方のご歓談中に失礼致します」
軽快な声に私達が振り返ると、そこに30代くらいのまだ若い紳士が立っていた。
「お初にお目にかかります、エクルース伯爵様。
私はイエレ・アボンダッティと申します。
宮廷魔術師長を任されている者です。
良ければ今後共お見知りおきを」
その紳士、アボンダッティ様にノワールが片手を差し出した。
「お久しぶりです、イエレ。
魔術師長になられてからは初めてお会いしますね」
そのノワールの手を強く握りながら、アボンダッティ様はこめかみに小さな青筋を立てている。
「これはこれは、問題児君。
今日は王宮の物を破壊しないようにお願い致しますよ?」
ニッコリ笑いながらも瞳の奥に険しい光を宿すアボンダッティ様に、ノワールは気まずそうな愛想笑いを浮かべた。
何だか悪戯を見つかった子供のようなノワールの態度に私は首を傾げた。
随分親しい(?)仲のようだけど、どんな関係なのかしら?
「イエレはね、一時期ノワール担当と言われるくらい、ノワールの後始末ばかりしていたのよ。
何せアイツったら、クラウスがキティに不埒な事をしようものなら、バカスカ氷魔法で王宮の物を壊すんだから。
その度に魔術師達が出動しては、ノワールを抑えたり、破壊された物を直したり。
イエレは若い頃から優秀だったから、ノワール抑えつけ係としてこき使われていたのよ」
耳元でシシリアがそう教えてくれて、私は驚愕に目を見開き、そのシシリアを振り返った。
王宮や宮廷では基本、魔法の使用は禁止されていたんじゃ……?
えっ?ノワール、貴方一体何をしてるの?
驚きを隠せない私に、テティが困ったように溜息をついた。
「お兄様は、行動派だから……。
お怒りになると、ちょっと手に負えなくなるの。
テレーゼお姉様も気をつけてね」
そう言って可愛い顔で見上げられても、どう気をつければいいのかまったく分からない。
「それで、イエレ。テレーゼに何か用かい?」
未だギラギラした目で睨み付けられているノワールは、アボンダッティ様の気を逸らすかのようにそう聞いた。
アボンダッティ様はハッとして私に向き直る。
「エクルース伯爵、私は子爵家の人間で跡継ぎでも無いので、私の事は今後イエレとお呼び下さい。
このように不躾にお声かけした事、誠に申し訳ありません。
ただ、急をようしておりまして……」
イエレ魔術師長がそこまで言った時、その後ろから穏やかな声が聞こえた。
「フォッフォッフォッ、若い方は流石行動がお早いですな」
その声に私達が振り向くのと、イエレ魔術師長が舌打ちをするのが同時だった。
「エクルース伯爵、先日はご挨拶も出来ず失礼致しました。
私はチェスラフ・カイネンと申します。
魔道士長を任されておる者です。
私の事も是非お見知りおきを。
そうそう、私もチェスラフとお呼び下さい」
彼はあの叙爵式の時に、陛下に問われてお父様の魔力量を答えていたあの老紳士だった。
チェスラフ魔道士長はどこから聞いていたのか、イエレ魔術師長と同じように名前で呼ぶようにと言ってきた。
「あの時はお力添え頂きありがとうございました。
チェスラフ魔道士長様」
私が礼を返すと、チェスラフ魔道士長はいやいやとその私を手で制した。
「あんな事で貴女様のお力になれたなら幸いでした。
さて、エクルース伯爵。
実はこの私も、ここにいるイエレと貴女様への要望は同じでして……」
チェスラフ魔道士長がそこまで言った時、イエレ魔術師長がグイッと彼の前に出て、必死の形相で先に口を開いた。
「どうかエクルース伯爵様っ!
我が魔術師庁に着任して頂けませんかっ⁈」
鼻息荒くそう言われて、私は目を丸くしてしまった。
「フォッフォッフォッ、先を越されてしまいましたな。
私の要件も同じです。
エクルース伯爵、貴女を魔道士庁にスカウトに参りました」
チェスラフ魔道士長はそう言うと、ニコニコと穏やかに笑った。
私はお二人の誘いに面食らって焦って声を上げた。
「そんなっ!私はまだ魔法をちゃんと習得してもいないのです。
そのような者が魔道士や魔術師にだなんて……」
そう言う私の手を、シシリアが横からギュッと握ってキラキラした目で見つめた。
「それなら私が私達の師匠に紹介するわっ!」
シシリアの言葉に、チェスラフ魔道士長が楽しそうに笑った。
「赤髪の魔女殿ならエクルース伯爵が学ぶに相応しい相手ですな。
貴女のお母上、セレンスティア様も赤髪の魔女殿の弟子だったのですよ」
チェスラフ魔道士長の言葉に私は目を見開いた。
いくら世間から隔離されていた私でも、その名前くらいは知っている。
帝国の赤髪の魔女。
帝国のみならず、その名は遠い国々にまで響いている、偉大な魔法使い。
「ノワールも他の皆も、師匠の弟子なの。
テレーゼ様なら直ぐに師匠からお墨付きを頂けるわよ」
ニコニコ笑うシシリアに、ノワールが少しムッとした顔で私の反対の手を取った。
「テレーゼはエクルース家を復興するのに忙しいからね、師匠の所にも、当然、魔道士庁にも魔術師庁にも顔を出す時間なんてないよ」
ニッコリ黒薔薇を背負うノワールに、シシリアも一歩も引かず、2人は私を挟んで激しく睨み合っている。
……どうしようかしら?
いえ、私はどうしたいのかしら。
私は………。
「あの……」
おずおずと声を上げ、私はノワールとシシリアを交互に見つめた。
2人は渋々といった感じて私の手を離す。
「実は私、お母様の研究の後を継ぎたいと思っていたのですが……」
そこまで言った時、イエレ魔術師長が歓喜の声を上げた。
「セレンスティア様が研究されていた空想魔法ですねっ!
もちろん、全ての資料は魔術師庁で保管してあります。
それにセレンスティア様専用の部屋もそのままの状態で保全してありますので、いつでもお使い頂けますよっ!」
勝ち誇ったようなイエレ魔術師長に、私は申し訳無さそうに再び口を開いた。
「いえ、あの……エクルース家は代々魔道士を務めてきた家柄ですので、私も魔道士としてこの国を外からの脅威から守る任に就きたいと思います」
私の言葉に、イエレ魔術師長がガクリと肩を落とした。
魔術師は国内の魔法に関しての事柄の任に就く部署で、主に研究職の色が濃い。
対して魔道士は国外からの脅威に備えた場所で、他国と戦争になれば魔道士団を編成して魔法を武器に戦いに参戦する。
我がエクルース家も魔道士として数々の戦いに参戦し、戦果を上げてきた。
エクルース家当主として、魔道士になる事は私の中で決めていた事だ。
しかし、お母様の研究の後を継ぎたい気持ちも同時に存在していた。
「なら、どちらにも籍を置けば良かろう。
セレンもそうしていたが、何か問題でもあるのか?」
後ろから声が聞こえて、振り返るとそこにニコニコと笑う陛下が立っていた。
皆が頭を下げると、陛下はそれを手で制し、チェスラフ魔道士長とイエレ魔術師長を見た。
「チェスラフ、テレーゼはセレンと違って攻撃魔法に才はないかもしれん。
あれは特別だったからな。
どちらかと言えば研究者向きかもしれんが、テレーゼの言う通り、エクルース家は代々魔道士の家系。
魔道士として扱えば良い。
しかし、セレンの未完の研究をあのままにしておくのも非常に惜しい。
イエレ、魔術師庁にもテレーゼの籍をおくゆえ、彼女の研究に皆で協力するように」
陛下の言葉にチェスラフ魔道士長とイエレ魔術師長は深く頭を下げた。
「御意に」
「陛下のお心のままに」
お二人がそれぞれそう応えると、陛下は満足したように一度頷き、私に向き直った。
「テレーゼよ、そなたはシシリアの言う通りに赤髪の魔女に師事しておいで。
あの婆様も、セレンの娘ともあれば喜ぶであろう。
セレンが戦死した知らせを聞いた時にはあの婆様、暴れ回って大変だったからのぉ。
セレンはあの婆様にとって、今でも可愛い弟子の1人に変わりない。
そなたがいってやれば慰めにもなろう」
陛下の温かい眼差しに、私は深く頭を下げた。
「陛下のお心のままに。
私、テレーゼ・エクルース、赤髪の魔女様にご師事を頂きに行って参ります」
私の返事に陛下は満足そうに頷いた。
陛下の後ろで王妃様とソニア様が、扇で口元を隠し、コソコソと話し合っていた。
「のうソニアよ、見てみよ、そなたの息子のあのブスっくれた顔を」
「本当ですわね、情けない事ですわ」
「今まで散々テレーゼを独り占めにしておきながら、まだ足りないらしいの。
状況が状況だっただけに、テレーゼの健康を優先して好きにさせておいたが。
あのような狭量な者がセレンの娘を相手に出来るものかの?」
「いつまでも囚われた籠の鳥ではいられないはずですわ。
テレーゼはセレンの娘なのですから。
ノワールもすぐに思い知る事になるでしょう」
ヒソヒソ声ながらも、会話の内容を本当に隠す気は無いらしく、むしろノワールに聞かせるようなお2人に、ノワールは顔を赤くして握った拳をブルブル震わせていた。
「いこう、テレーゼッ!ダンスが始まる」
とうとう耐えられなくなったのか、ノワールは私の手を引いてホールに引っ張っていく。
「あっ、待って、ノワールッ!
陛下、王妃様、失礼致します」
慌てて陛下と王妃様に短くご挨拶をすると、お二人とも気にするなとばかりに手を振ってくれた。
ソニア様は扇越しにノワールを呆れた目で見つめている。
ちょうど始まったばかりの曲に合わせてダンスを始めるノワールに、私は上目遣いで責めるように小さく声を上げた。
「ノワール、あれでは失礼だわ。
陛下と王妃様にちゃんとお礼も言えなかったじゃない」
その私に、ノワールは瞳の下を赤く染めて、申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんね、母上と王妃様の言っていた事に耐えられなくなって……。
全部本当の事だったから……」
しょんぼりとした様子のノワールに、胸がきゅっと苦しくなって、私は直ぐに責めるような口調になってしまった事を後悔した。
「そんな顔しないで、怒ってなんかないから。
あの、ノワールが何か不快な思いをしたなら私の方こそごめんなさい」
長い睫毛を震わせるノワールに、罪悪感を感じながら一生懸命に語りかけると、ノワールは少し照れたようにばつの悪そうな顔をした。
「違うよ、テレーゼは何も悪くない。
……ただ僕が、君を独占出来なくなる事に納得いかなかっただけなんだ」
言いにくそうにそう言うノワールに、私は顔が赤くなるのを感じた。
ノワールは、私が魔道士庁や魔術師庁に行く事でノワールとの時間が減る事を心配してくれていたのね。
「だけど、ノワールにだって騎士のお仕事があるでしょ?
いつも一緒にはいられないけど、出来るだけ2人の時間を大事にしましょう。
ね、だからそんなに心配しないで」
ニコッと微笑むと、ノワールはふいっと横を向いた。
「それだけじゃないよ、僕は他の男の視界にテレーゼを入れたくない。
出来ればどこにも行かず、ずっと邸にいて欲しいって思ってる」
拗ねたようにそう言うノワールは、とても困った我儘を言っているはずなのに、私は何だか嬉しくて頬が緩むのを抑えられなかった。
「私も、ノワールを独り占めしたいくらい好きよ。
だけどお互いやる事があるでしょ?
一緒に宮廷で働くなら、仕事中でも会ったり出来ると思うの。
だから、ね?機嫌を治して」
こんな風に可愛い反応をされては、ノワールにどんどん夢中になってしまう。
本当に、困ったわ。
こんな風に幸せな悩みに戸惑うなんて、何て贅沢な事だろう。
私はノワールの与えてくれる幸福に酔いしれるように、ノワールのリードに任せてダンスを楽しんだ。
やがて曲が終わるのと同時に身体を離そうとする私の腰を、ノワールがグッと掴んで引き寄せる。
不思議に思っている間に、次の曲が流れ始め、私は慌ててノワールを見上げた。
ダンスを続けて踊るのは、社交界ではルール違反に当たる。
許されているのは家族か夫婦、または婚約者だけ。
ノワールのこの行為に、周りがザワザワと騒めき出し、私は居た堪れない気持ちでノワールを見つめたが、ノワールは気にもならないようにニコニコ笑っている。
皆が注目する中、2曲目のダンスも踊り切ってしまった時、ノワールが私の前に跪き、私の手を恭しくとった。
熱っぽく見上げるノワールの瞳に、心臓が張り裂けそうな程高鳴る。
ノワールは優雅に微笑むと、その唇をゆっくりと開いた。
「テレーゼ・エクルース女伯爵。
どうか貴女を永遠に愛する事を許して下さい。
僕の求婚を受けてくれませんか、テレーゼ」
乞うようにそう言われて、私は顔を真っ赤に染めた。
心臓の鼓動が目眩を起こすほどに速くなる。
私を見つめ、甘く揺らめくボトルグリーンの瞳を真っ直ぐに見つめ返し、私はゆっくりと口を開いた。
「ええ、もちろん喜んでお受け致します」
胸が詰まってそれだけ言うと、涙がポロポロと頬を伝った。
ノワールは破顔して立ち上がり、私をその胸にギュウッと抱きしめた。
「ああっ、テレーゼ、ありがとう。
必ず幸せにすると誓うよ」
心から幸せそうなノワールの言葉に、私はその背中を抱きしめながら、溢れる涙を止められなかった。
「私も、貴方を幸せにすると誓うわ、ノワール」
涙声でそう応えると、周りから自然に拍手が起こり、私達を包み込んだ。
祝福の拍手に包まれながら、私達はお互いを確かめ合うように抱きしめあっていた……。
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