episode.5

私のローズ侯爵邸での暮らしが始まった。


最初はスープやすり潰した果物などから始め、徐々に粥など少し形のある物を口に出来るようになってきた。


それと同時に、毎夜のノワール様の治療のお陰で体の調子も良い。

日々回復していく自分の体に喜びを感じない日はなかった。


体の不調が治っていくと同時に、精神も健全に前向きになってきたように思う。


今ではもう、自分の事を醜いなどとは思わない。

ノワール様に約束したし、私は体を病んでいてあのような見た目になっていただけだと気付けたからだ。


夢のように穏やかな暮らしの中で、少しだけ懸念を感じるのは、やはり、毎夜のノワール様の治療の事……。


あれ以来、ノワール様に治療以外のご負担をかけないように自分を厳しく律して、声も音も立てず真面目に治療に専念している。


だけどこれは私にとって、苦行のようなものだった。


ノワール様の唇は甘く優しく、そして激しく、私の心を掻き乱してゆく。

毎夜与えられる刺激を脳が勝手に快楽と変換して、私を苛むのだ。


耐え難い快楽に溺れないように、何か別の事を考えようとする度、それを察したかのように甘く口内を侵すノワール様の舌に、否応なしにまた快楽へと引き戻される。


なんて私は脆弱なのかしら。

もっと健全な精神を鍛えなければ。


毎夜息も絶え絶えになりながら、そう誓っては崩される、その繰り返しだった。


それでも声も上げず頑張り続けて、気が付けばそんな生活も1ヶ月を過ぎ、この頃は普通の食事を摂れるまでに回復して、体に肉が戻ってきたように思える。




「……ねぇ、テレーゼ。

もしかして、声、我慢している?」


その日の夜、ノワール様は治療の途中で唇を離し、そう聞いてきた。


私は少し誇らしげに答えた。


「はい、ノワール様の治療のお邪魔にならないように、私も自分の出来る事をと思いまして」


そんな私の些細な頑張りに気づいて下さるなんて、やっぱりノワール様はお優しい方だわ。


嬉しくなって目をキラキラさせる私に、しかしノワール様は頭を抱えて、何事かぶつぶつと呟き始めた。


「……うん、これは僕が悪い……。

ああ、あの時治療だなんて言わなければ……。

なんであんな事言っちゃったんだ……。

自分がヘタレ過ぎて……泣ける」


あまりに小さな呟きで、よく聞こえず首を傾げる私に、ノワール様は思い直したかのように顔を上げるとニッコリ微笑んだ。


途端に黒薔薇の花びらが吹き荒れたような幻覚に襲われる。


……あら?これは、あの時に見た、悪い笑顔、というやつでは……?



「分かったよ、テレーゼ。

君が我慢出来ないほど責めさせてもらうから、覚悟してね?」


そう言って、ノワール様は私の後頭部を片手で支えて、素早く顔を近づけてくる。


「あのっ、ノワールさ、んんっ!」


噛み付くように唇を奪われ、口内に侵入した舌が甘く激しく隅々まで舐りあげる。

絡まった舌が先まで甘く痺れて、私は無意識にノワール様のシャツに縋りついた。


上顎を優しくなぞられた時に、堪えることなど出来ない快感に襲われた。


「はぁ、んっ、ふぁっ」


思わず漏れた声に、頬が赤く染まる。

今まで耐えてきた分だけ、その声は甘く、強請るように響いた。


「ふっ、はぁん、あっ、ノワ……さま、くるしっ」


そう言えばやめて下さるかも。

甘い期待は叶わなかった。


だって本当は苦しくなんてない。

胸を締め付ける痛みも、ノワール様の甘い舌先も、焦れるような吐息も……全てが心地いい。


歯列をなぞられた時に背中をゾクゾクとした快感が走り抜け、思わず背を逸らし、胸をノワール様に押し付けるような格好になってしまった。


ノワール様はピクリと震えて、その私の胸を片手で包み込むように触れる。


その手の暖かさにうっとりとした心地よさが全身に広がり、私は体を少し震わせた。


途端にノワール様が弾けるように体を離し、泣きそうな顔で頭を下げた。


「ごめんっ、思わず、つい……。

嫌だったよね、本当にごめんっ!」


こちらが申し訳なくなるほど萎縮しているノワール様に、私は慌てて首を振った。


「そんなっ、嫌じゃありません。

あのっ、嫌などではなく……むしろ、ノワール様の手で触れられて、心地良かったくらいで……」


ああ、女性相手に何を言っているのかしら。

きっとノワール様は呆れているわ……。


だけどノワール様は嬉しそうに笑って、私の腰をグッと抱いた。


「テレーゼ、本当に?嫌じゃなかったんだね?」


念を押すようなノワール様に、私は不思議に思いつつも、何度も頷く。


「それじゃあ……もう一度、触ってもいい?」


改めて聞かれると、物凄く恥ずかしかったが、ノワール様がそう仰るなら、甘えてもいいのかしら?


「は、はい、あの……お願いします?」


何だか返事の仕方を間違えた気もするけれど、ノワール様がご機嫌な様子でクスクス笑っているから、もう何でもよくなってしまった。


ノワール様はチュッと唇に軽く口づけだ後、今度はゆっくりと舌を侵入させてくる。

その舌の甘さに夢中になっていると、そっと胸に手が触れた。


すぐに優しくと揉まれ始めると、そこから言葉に出来ない幸福感が全身に広がってゆく。


深い口づけと、胸を包まれる安心感に酔いしれていると、ノワール様の指の腹が胸の頂をすりっと擦った。


「あんっ」


思わず甘い声が漏れて、顔を赤くする。

嫌だわ、私ったら……少し指が掠ったくらいで、あんな情けない声を上げるなんて……。


まさかわざととは思わず、自分を恥じいっていると、すりすりと指の腹で続けて擦られてビクンッと腰を揺らした。


「あっ、あんっ、んっ、んんっ」


勝手に甘い声が口から漏れて、耳まで赤くしていると、その耳元でノワール様が掠れた声で呟いた。


「可愛いよ、テレーゼ……。

その甘えた声、もっと聞きたい……」


一層優しく指の腹で撫でられて、私は声を抑えようとノワール様の胸に顔を埋めた。


「んっ、んんっ、んっ」


ビクビクと体が勝手に震えて、ノワール様に縋り付くと、クスッと笑う声がする。


「可愛い……もっと…君を知りたい。

まだ誰も知らない、君を……」


ゆっくりベッドに押し倒されて、寝着をスルッと解かれる。

前がはだけて双丘が晒されると、羞恥に全身が赤くなった。


ノワール様の指が双丘に伸びてきて、布越しでは無く直接その場所に触れた。


「……あっ、はぁ……んっ」


体が勝手に震えて、居ても立っても居られない心持ちになってくる。


「あっ、ノワール……様、あの……は、恥ずかしい……です……」


真っ赤になってそう訴えると、ノワール様はその美しい顔に愉悦の笑みを浮かべ、ふふっと笑った。


「分かった、すぐに恥ずかしいだなんて思う余裕などなくしてあげるから、ね?」


そう言ってゆっくりと私に被さり、顔を双丘に近付ける。

片方の頂にノワール様の舌がツンっと触れたかと思うと、そこをゆっくりと舐め始めた。


「あっ……あ、あの、あっ、ノワール……様……」


チュッチュッと蕾に吸いつかれて、言葉を無くす。

代わりに背中がビクンッと跳ねて、私は無我夢中で敷布を掴んだ。


何かを掴んでいなければ、耐えられそうにない。


声を我慢しようとしても、どうしても甘い声を止められない。

自分を自分でコントロール出来ない、焦れるような感覚に襲われる。


ノワール様がもう片方の蕾を指で摩り、同時に責められると無意識に腰が浮いてしまう。

だんだんと力の強くなっていくその行為に痛みなどなく、むしろ快感が全身を駆け抜けていった。


「ああ、テレーゼ……そんなに甘い声で、僕を煽らないで……抑えが利かなくなる…」


ノワール様が体を少し起こして、与えられる快楽に蕩けた私の顔を眺め、切なそうに吐息を漏らした。


「このままじゃ、辛いでしょう?

楽にしてあげるから、僕に身を委ねて」


そう言われて私は目尻に涙を滲ませ、コクコク頷いた。


実は先程から、下腹部がなんだか切なくて、下着の下が甘く疼いている……。

自分ではどうしたらいいのか、分からなかった。


ノワール様の手がゆっくりとお腹を撫でて、その下の下着の中に滑り込んでいく。


そこに触れられただけで体がピクリと震えて、私はギュッと目を瞑った。


「ああ、凄い……テレーゼ、僕の愛撫でこんなに………。

なんて愛しいんだ、僕の可愛い人……」


うっとりと見つめられて、羞恥に真っ赤に染まる。

ノワール様に与えられた刺激でそこがそんな風になっているのだから、恥ずかしがる事などないのに、自分でもよく分からない背徳感を感じていた。



……きっと、女性同士だからだわ……。

こんな事、普通は女性とはしないはず。

なのに私の体は女性であるノワール様に、こんなに反応してしまっている。


……もっとして欲しい、と体が切なく疼く……。


まるでノワール様はそんな私に応えるように、そこでゆっくりと指を動かした。

ノワール様の指が動く度にいやらしい音が響く。


「あぁっ、やっ、だ…め……んんっ」


ゾクゾクと背中に快楽が走り、口では駄目だと言いながらも、体は与えられる刺激に従順に応える。


「もっ、充分……です……これ以上、は……あっ……」


強すぎる刺激に私は背中を仰け反らせた。


ノワール様はふふっと微笑みながら、そんな私を楽しそうに眺めている。


「ここが良いんだね?ふふっ、たくさん弄ったら、テレーゼはもっとよがってくれるかな?」


そう言ってノワール様の動きが激しくなっていき、先程まで優しかった指先が、今では凶暴な獣のように私の欲望を喰らい尽くそうとする。


「あっ、ダメッ、ノワール、さまぁ、やっ、なにか……体がおかしいんです……もう……」


身を捩りイヤイヤと頭を振る私に、ノワール様は優しく口づけて、その瞳の奥を妖しく揺らめかせた。


「テレーゼ、君の良い顔を僕に見せて……。

我慢しなくていいよ、力を抜いて、全て曝け出して欲しい……」


そう許された事で、体がふわっと軽くなって、与えられる刺激を素直に受け入れた瞬間、快楽が全身を駆け抜け、目の前でパチンと弾けた。


「んっ、んんっ………やぁ……」


ビクンビクンと体が跳ねて、目の前が白む。

その瞬間、ポロポロと涙が耳元に流れていった。


まだ名残惜しそうにしていたノワール様は、ややして満足したように指を離した。

その指を嬉しそうに舐めとるノワール様の妖艶な表情に、私は背筋をゾクリと震わせた。


「とても美しかったよ、テレーゼ。

こんな君を見られるなら、我慢せずにもっと早くこうしていれば良かった。

ねぇ、僕はもう口づけだけでは我慢出来そうにないな……。

またこんな風に君に触れたい。

駄目かな?テレーゼ」


頬に口づけながら、甘く強請るようなノワール様に、私は駄目だなんて言えなかった。


ノワール様にあんなに乱され、快楽に喘いだ後だと、尚更……。


それでも自分から強請る事はとても出来なくて、小さく頷くだけで精一杯だった。




ノワール様は……同性同士の友愛を求めていらっしゃるのかしら……。


私は、お父様と同じ男性が少し……怖い。

男性はほとんどお父様しか知らないから。


だから、ノワール様に触れられると安心するけれど、ノワール様は私をどうするおつもりなのかしら……?


ずっとここに居ていいと仰っていたけれど、本当にはそんな事は出来ない。


ノワール様はこのローズ侯爵家の嫡子。

いずれは侯爵家に相応しい婿を取り、お家を盛り立てねばならない立場なのだから。


お婿様に爵位を譲られるか、自分が女侯爵になるのかは分からないけれど、どちらにしても私の存在は異質でしかない。


お二人の家庭に私のような者がいてはご夫君様も良い気がしないだろう。


それなのに、何故ノワール様は私にこのような事を……?


確かに、同姓同士の友愛であれば、お互い貞操は守られる。


貴族社会では後継を産む女性には処女性が求められていた。


貞淑である事を求められる女性が、婚姻前に同姓同士の友愛を楽しむ事もある、とお父様が読み捨てた新聞のコラムで読んだ事がある。



……つまり、ノワール様はお互いの身が固まるまでの友愛の相手として、私を選んだのかしら……。


何だかノワール様はそんな方ではない気がする。

そのようなお戯れの為に、私をあそこから助けてくれた訳じゃないと思う。


ではやっぱり、治療の度に私が浅ましくもノワール様を求めてしまったから……。

ノワール様は私を哀れに思ってお情けをかけて下さっているのだわ……。


この美しい方に、私はなんて罪深い事を……。

自分が恥ずかしくて情けなくて仕方ない……。


体は回復したもの。

私、またあの邸で頑張れると思うわ。


お父様がまた私をオークションに出そうとも、どこかの殿方の後添えや妾にやろうとも、邸に帰るべきなのだわ。


これ以上ノワール様のお手を煩わせる方が、今の私にはよっぽど辛い事だもの……。


私は、貴族に生まれたのだから、貴族らしく家長であるお父様の望むように生きなければいけない。

そこから逃れようとしたから、こうやって優しい人を傷つけてしまう事になったんだわ。


私達は女性同士。

どんなに友愛を抱こうとも、その想いは相手の重荷になってしまう。


私、そんなの嫌。



ノワール様に話してみよう。

邸に帰ります、と。

ここまでに受けたご恩をどう返せばいいのかまだ分からない。

それでも、このままノワール様のお側にいれば、私はまた罪を犯してしまう。


そんな事を望んでいる訳ではないもの。



私を落札する為にノワール様が支払った5億ギル……。

私には途方もない金額だけれど、それも一生かかってもお返ししなければ。


邸に帰ったら、お父様に街で働く許しをもらおう。

許してもらえず、また罵声を浴びるかも知れない。

それでも何度でも、許して頂けるまでお願いするわ。


そして少しづつでもノワール様にお返ししなければ。



体が回復した事で、今までぼんやりしていた頭の中がクリアになった気がする。

ノワール様にお金を返済する事を、生きる目標にするなんて、ノワール様にまたご迷惑をかけてしまうかも知れないけれど。


私にはそれが、自分に差した明るい光に見えていた……。

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