第3話 マッサージで癒やしてくれる
「それでは死の山を下りましょう。勇者様」
お互いに秘していた想いを告げあったばかりだというのに、サーラの声が冷たい。
俺は素直に、そのことが不満だと告げる。
「……態度が冷たい? だって、私達旅の間はずっと勇者様と聖女だったんだし……急には変われません。……え? 変わるのが難しいなら昔に戻る?」
「ふふっ……。そうですね。でしたら……。お兄ちゃんが木から転げ落ちて脚を怪我したときまで、戻る?」
カチャッ:サーラが腕に抱きついてきたので俺が身じろぎし、甲冑が鳴った。
「あのときもこうやって私が支えてあげたよね。身長は随分と追い越されちゃったけど、懐かしいね……。歩きにくいとか言うな……。べつに、腕を組んで歩いてみたかったとかじゃなくて、君の体調が万全じゃないから、転ぶといけないし、心配しているの」
ガチャ、ガチャ……:二人が山を下りる音。俺が甲冑を着ているため、音は固く重い。
俺たちは軽く汗ばむくらいの時間、山を下り続けた。
「……ふう。やっぱ下山はだいぶ楽だったね。山を下りる間、モンスターと一度も遭遇しなかったから歩きやすかったし。魔王が討たれたから、動揺しているのかな?」
「うん。今夜はこの木の根元で夜を過ごそ。わ。気が利くー。それじゃ、その辺りを綺麗にしておいて」
バサバサ:俺が木の根元にある枝葉を掃除する音
「……魔王の本拠地、最果ての山……。のぼるときは勇者と聖女。下りてきたら恋人……」
サーラが何か言ったようだが、掃除していたからよく聞こえなかったな。
「な、なんでもない。聞こえなかったなら気にしないで! ちょっと気が緩んで、変なこと言っちゃっただけだから」
「……ね。本当は、聞こえていたってことない?」
「本当にー?」
「あ。待って」
サーラが急に迫ってくるから俺は硬直してしまう。
「ちょっと屈んで。……ん。じっとして」
サーラの指先が俺の右耳に触れる。
「ほら。葉っぱ、ついてたよ」
キ、キスするのかと思ってドキドキしたあ……。
「反対側は……。ん? 蜘蛛の糸かな? ふーっ」
ふーっ:サーラが俺の左耳に息を吹きかける音
「ん。とれた」
落ち着け。平常心だ。これから二人で野宿をするんだ。変なことを意識していたら、朝まで身がもたないぞ。
なあ、もう薪に火をつけるか?
「うん。お願い」
ボウッ:薪に火がつく音
パチパチ……:焚き火の音は朝まで聞こえる……
「平和な世の中になっても、炎魔法は焚き火するときに役立ちそうだね」
「魔除けの結界を張るから、その重い甲冑は脱いで、座って休んでて」
ガチャガチャ:俺が甲冑を脱ぐ音。
「慈愛の女神アペゼーよ、我らに安らぎの時を与えたまえ……!」
フォオオオオン……:周囲に魔除けの結界が張られる音。
「……ん。これで、魔物は近づけないし、雨が降っても風が吹いても平気」
「んしょ……」
とすっ:サーラが俺の隣に座る音
「しょ、しょうがないでしょ。結界が小さいからくっつくしかないの。私だって、もう魔力が残りわずかなんだから、来たときみたいなサイズの結界は張れないの」
「べ、別に、君の体温を感じていたいとか、そういうんじゃないし……」
「な、なんでもないよ。それよりも、もうほとんど残ってないけど、食事にしよう。ね」
ガサゴソ……:サーラが道具袋から食料を出す音。
「慈愛の女神アペゼーよ、我らの糧に祝福を与えたまえ……」
すっ、すっ:サーラが十字を切った際の衣擦れの音
フイィィィン……:魔法の力で料理が祝福された(美味しくなった)音。
「はい。これで干し肉もやわらかく美味しくなったよ。……一応、これも私の手料理になるのかな。えへへ」
「どうぞ、お召し上がりください。勇者様。はい。あーん」
「もー。照れなくてもいいでしょ。知ってる? 聖女が祝福をかけた料理は、聖女の手にあるときが一番美味しいんだよ」
「だから。あ~ん」
もぐもぐ:俺が干し肉を食べる音
「どう? 本当だったでしょ」
「私も? ……じゃあ、今度は君があーんして。いいでしょ? あーん。あれれ? なんでしてくれないのかなー? もしかして照れてるの? ほら。あーん」
俺が緊張して戸惑う間、焚き火の音だけが聞こえてくる……。
「ん……」
もぐもぐ:サーラが干し肉を食べる音。俺より顎の力が弱いから、咀嚼時間は長い
「美味しい……。勇者の手にも、料理を美味しくする力が目覚めちゃったね。えへへ……」
「水は、ちょっと待ってね。さっき川で汲んだ水に……。慈愛の女神アペゼーよ、我らの糧に祝福を与えたまえ……」
フイィィィン……:魔法の力で水が祝福された(綺麗になった)音。
「はい。これで大丈夫」
ごくごく:俺が水を飲む音
「……ねえ。魔王を倒したし……。やることなくなったら、田舎で一緒に料理屋でもする? ほら、私達が触れた物は美味しくなるし」
料理屋か。いいな。けど俺は……。
「……旅しながら料理をふるまって回るの? うん。凄くいいと思う。私達、料理凄く上達したよね。動物を解体して焼くことなら、お城の料理人よりも凄いかも?」
触れあった肩から伝わる体温が温かくて、俺達は少しの間、無言で過ごした。
焚き火の音が耳に心地よい……。
「……」
「……」
「さて。ささやかな食事も終わったので……。……する、よね?」
パチッ!:焚き火の中で何かが小さく弾けた音
カラカラ:組んであった薪が、小さく崩れたようだ
パチパチ……:何事もなかったかのように焚き火は燃え続ける
……サーラは今「する、よね?」と聞いてきたよな?
……するって、何を……?
サーラが俺の手に触れる。
熱い眼差しでじっと見つめてくる。
ま、まさか……。
もう魔王を倒したし……。いいのか?
「ほら。手を貸して。指を開いて」
すっ……:サーラが俺の手を握る音
「……んっ。どう。痛いところない? 剣をずっと握っていたから、疲れてるでしょ? ほぐしてあげるね。魔法を使わなくても癒やしてあげられるんだよ」
「えーっ。旅の間だって、何度もマッサージしてあげたでしょ」
ごそごそ:俺がそっと手を放したり、サーラが俺の手を握り返したりする音
「もー。初めてじゃないんだし、恥ずかしがらないでよ。顔真っ赤すぎ。こっちまで恥ずかしくなるでしょ」
「違うよ! 私の顔は赤くないよ。焚き火や君の真っ赤な顔の照り返しなの」
「ほら。じっとして。右手の指は全部しっかりとほぐすんだからね」
「ようやく観念したか。最初からこうやって大人しくしてればいいのに」
「おっきな手……。男の子だね……」
「指も凄く太くて……。私とぜんぜん違う……」
「親指の付け根、痛くない? 曲げて、伸ばして、曲げて、伸ばして……平気?」
「じゃ、次は人差し指。曲げて、伸ばして、曲げて、伸ばして……。付け根の剣だこ、かっちかち。頑張ったんだね。お疲れ様」
さらさら:サーラが優しく俺の右手を撫でる音
「あ。ごめん。別にくすぐりたかったわけじゃなく、労わりたかっただけで」
「ほら、ほら、じっとして。腕もほぐしていくんだから」
「腕、太いね。私の指じゃ、全然届かない。でも、ほら、両手だと……。掴めたー。にぎにぎ。ふふっ。戦の神アロスの彫像みたいな筋肉だね」
う、ううっ。く、くすぐったいし、気持ちいい。
これはマッサージだ。変な気分になるな。
で、でも、サーラが普段より優しい口調でしゃべるから、なんだか変な気分になってしまう。
「回復術士が癒やし手と呼ばれるのは、その手に触れているだけでも本当に癒やされるからなんだよ。言葉どおり、本当に癒やしの手なの。聖女も、もちろん癒しの手。私の手でマッサージされると凄く気持ちいでしょ? ね? 温かくて気持ちいいでしょ。慈愛の女神の加護が漏れて出るんだから」
「あっ。漏れているといっても、汗とかそういうんじゃなくて、綺麗だからね?」
「ほら。左腕。盾を持ってて疲れたでしょ。……ん。もちろん、全身マッサージだよ。つらくて大変な運命を背負わされて、君がずっと無理してたの分かってるよ」
「ほら。遠慮しないで。魔王を倒したんだもん。私がいっぱい癒やしてあげるから。それが聖女のお仕事……ううん。私が君を癒やしたいの。だから、力を抜いて身を任せて」
サーラが迫ってくる。なんだかいい匂いがして、頭がぼーっとしてくる。
「私の魔除けの結界が破られたことなんて一度もないでしょ。だから、安心して。いっぱい、いーっぱい、癒やしてあげるからね」
俺はサーラに身を任せた。
焚き火の音が心地よい。
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