JOU

 現世が、命なき機械の生成した無数のVR世界に枝分かれして久しく。世界の美しさを感じる機会はますます失われつつあります。

 クレプスクルム・モナルカで、故人は幾度となく言っていました。

 世界が、綺麗だと。

 彼女の瞳には、一点の曇りもありませんでした。

 だからこそ、彼女は世界の美しさを視れたのだと、この拙僧は考えます。

 現実の美しさにもVRの美しさにも、貴賤はない。

 心からそう言い切れる人が、果たして何人いることでしょう。

 レンズが曇れば、見える世界も曇って見えるのですから。

 

 いよいよ、見送りの時が近づいてきました。

 まったく。

 立場上、微塵でもこのようなことを考えてはならぬのは、百も承知なのですが――。

 この者に、ことさら“破地獄”を行う必要がありましょうか?

 取り除くべき地獄が、彼女の心には見当たらなかった。

 どれだけ目を凝らそうとも。

 拙僧が彼女と出会ったのは、その晩年。

 そこに至るまでの道のりは、想像するしかありませんが……。

 MALIAマリアよ。

 貴女は、浄土に行くのでしょうか。

 拙僧が訊いてどうするのか、という問いですね。

 一層、この身の未熟を教わりました。

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