第3話 Take Me Out/私を連れ出して その1

鋭い頭痛とともに青年は目を覚ました。

手に手錠を掛けられ、護送車のようなもので運ばれていることをすぐに理解し、顔を上げた。

目に入ってまず驚いたものは、目の前に、意識を失う前に路地で出くわした少女が自分と同じく手錠を掛けられ座っていることだった。


「安心して。あなたのフェイズシフトに少し電磁波を流して、あなたは少し脳を焼かれただけよ」


色白の少女はそう言った。

青年はもう一度少女を凝視した。

色白で、目は透き通るように青く、よく見ると四肢は義体だった。


「ここは...」


青年がそう声を出すと、すぐに少女は答えた。


「ここはアトラスのLS-8型護送車の中よ。安心して、会話は聞かれてはいない。今はきっとエンジェルシティ中心部の研究施設に向かってる最中ね。あなた、多分まともなことにならないわよ」


言葉の意味をなんとなく察しながらも、恐る恐る少女に質問を返す。


「刑務所ならともかく、なんで俺は研究所へ送られるんだ?」


「さあ。でもまあ、だいたい察しはつくわ。碌なチップもつけたことの無いあなたが、試作のインプラントのフェイズシフトへの適合性を示した。あとは分かるでしょ」


青年は険しい顔をし、息を深く吐いた。


「なるほど。それで、君はなぜ手錠を掛けられて俺と一緒にここにいるんだ?少なくとも俺が捕まる直接的な原因は君だったはずだけど」


青年は護送車の車内で少女を見てからずっと抱いていた疑問を少女にぶつけた。

少女はしばらくしてから少し後ろめたそうに口を開いた。


「あたしは、きっと信用されていないの。この体でかれこれ何十年も彼らの役に立ってきたつもりだけど、彼らは違うみたい」


少女はどこか遠い目をしていた。


「じゃあ質問を変える。君はアンディーなのか? 君のとこのヤツらは、操り人形とアンディーだけ?」


青年は手錠を掛けられたままの両手首を上げ、右手の人差し指で少女を指さした。

少女の見た目は十歳ほどの女の子という印象だが、「かれこれ何十年も」と言っていたので、少女はアンドロイドかもしれないと考えての言葉だった。


「あたしの場合はちょっと特殊なのよ。アトラスで正常な人間は一部の兵士と上の人間だけね」


「君は、見た目の割に言動はずいぶん大人なんだな」


青年の言葉に少女はハアっとため息をつく。

しばらく沈黙の時間が流れ、突然青年は口を開いた。


「なあ、俺と一緒に逃げ出さないか?」


それを聞いた少女は、目を見開き、驚いた顔を浮かべた。


「どうしてそうなるの?できたとしても、アトラスから逃れられっこないわよ」


「それはどうかな。今の俺なら銃弾よりも速く逃げられる自信がある。それに、連中は自分らで作った"製品"を過小評価しているらしい。今だって」


そう言って青年は突然少女の目の前から消え、床に音を立てて手錠が落ちた。

そして手錠を外し座り込む青年が姿を表した。


「ほらな」


青年はわざとらしく両手を上げてみせた。

それを見た少女は口に手を当てクスリと笑った。


「あなた、名前は何て言うの?」


青年は少し間を置いて答えた。


「フランツ・フェルディナンド。孤児だったから親はいない。野垂れ死にでもしたのかは知らないが、俺はそういう出自だ。孤児院にいた時によく聴いてたバンドの名前から取った。フランツでいい」


「あなたらしいわね」


「逆に君の名前は?それに、EMPのようなものを使えるみたいだ。聞きたいことが色々ある」


フランツと名乗った青年の質問に、少女は俯き黙り込んでしまった。

フランツが少女の地雷を踏み抜いたことに気付くまで数秒かかり、フランツが申し訳なさそうに口を開こうとしたとき、少女が先に言葉を発した。


「あたしに名前は無いわ」


顔を上げた少女の青く透き通った瞳は虚ろになり、まるで虚空を覗いているようだった。


「もう何十年も前。まだ幼かったあたしのもとに、アトラスの兵士たちが来て、君には才能があるだのなんだの言われて連れて行かれたわ。それからはよく覚えていないけれど、改造されて、当時のままの姿になって、彼らのために生きて来たわ。EMPが出せるのもきっとその改造のせいね」


それを聞いてフランツはどんな反応をすればいいか分からなくなってしまった。

少女は続ける。


「あたしの識別番号はJS−7274。ずっとそう呼ばれてきた」


フランツは少し考え込んでから、思いついたように立ち上がった。

そのままJS−7274を指さし、


「じゃあ今日から君を"ジェス"と呼ぶことにする」


そう言ってフランツはJS−7274へ手を差し出した。

JS−7274には、その手が仏像の与願印のようにも思えた。

彼女はフランツの手を取らず、変わりに言葉を放った。


「この護送車の扉は電子ロックが掛かってて、あなたじゃ開けられない」


「何の話だ?」


「あたしがEMPを使えば、簡単に開けることができる」


ジェスの言葉を聞いてフランツは笑みを浮かべた。


「よし、決まったな」


そう言ってフランツはジェスの手錠を外した。

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