キスしないと出られない部屋~冴えない俺(男爵家次男)とポンコツ美少女(侯爵令嬢)

別所 燈

第1話

 俺の名前は、ジョン・アッシュ男爵家の次男だ。


 アッシュ家は嫡男が次ぐ予定だから、俺はいずれ家から追い出される身。


 よって、どうにかして一人で生きていかなければ、ならない。


 だから必死で勉強して王都の王立魔法学校へ入った。



 ーー田舎の領地から身一つでやって来たのに、まさかこんな愚鈍な事件に巻き込まれるとは思わなんだ。


「嘘でしょ? なんで最底辺の男爵家のしかも次男で名前も知らないあなたと

 この部屋に閉じ込めれているの。キスしないと出られないなんて」


 泣きながら俺を罵倒しているのは、この国の第二王子アルフレッド殿下の婚約者のアメリア・カストル嬢だ。


「私には婚約者がいるのよ! それなのにどうしてこんなことに! そうだ! あなた。私の足にキスしなさい!」


 侯爵令嬢は堂々と言い放つ。

 冴えない男子生徒二人で教室に閉じ込められ、かなり錯乱している模様。


「あのさ、この黒板に書いていある条件読んでないの? 素肌にって書いてあるよ? 手より恥ずかしくない? ああ、首から上って書いていある」


「ねえ、あなた、鋏持っている?」

 深刻な表情でアメリア嬢が聞いてくる。


「は?」


「髪なら、……あなたにキスされた場所をバッサリ斬り落とせるわ!」

 悲壮な表情をする。

「だから、素肌にって……ええっと、俺そこまで君に嫌われるようなことした? 今日が初対面だと思うんだけど」


 さすがにこれには引いた。

 髪を切るとは相当な覚悟だ。


 この部屋に入ってからというもの彼女からの罵倒の嵐で、俺の中で傷つくという過程とっくに過ぎ去っていた。



「あなた自分がなんて言われているか知らないの?」


「それって俺の悪口?」

 それしかないよね。


「『くそ雑魚ナメクジ』って言われてんのよ!」


 まじかあ、女子に避けられてると思ってたけど、そこまで嫌われてたか。

 これは一生独身コースかもしれない。

 俺は腕を組んで唸る。


「ならば、キスしなければいいんじゃないか?」


「はあ? キスしないと出られない部屋よ? ばっかじゃないの?」



 そう最近、この才能豊かな者たちが集う王立魔法学校で、低能かつくだらないいたずら流行っている。

 恐らく裏口入学の金持ち馬鹿貴族子弟がお遊びで始めたのだろう。



 学校も犯人探しにやっきになっているが、教師よりも生徒の方が身分が高かったりするから捜査は難航しているらしい。



「このまま出られなかったら、君も俺も餓死するじゃないか? 

 どうせ高位貴族の子弟のいたずらだ。 

 このまま部屋の扉を開けなかったら、君は侯爵令嬢だし誘拐監禁罪になるこのいたずらを仕掛けた者は重罪にとわれることになる。下手すれば死罪だ。

 それに君は美人だから、周りからやっかまれているんじゃないのか? だから、『くそ雑魚ナメクジ』とか呼ばれてる俺とこの部屋に突っ込まれたんだろ。つまり俺は君に巻き込まれたって被害者ってわけだ」

 

 俺は彼女の罵詈雑言を止めるため、巻き込まれた被害者面を試みる。


 だが、アメリア嬢はこの意見が気に入らなかったようで、怒りくるう。


「私だけじゃないわ! あなたがくそ雑魚ナメクジって呼ばれているの原因じゃない?」


 確かに、くそ雑魚ナメクジと一緒に入れて更に彼女を貶めようって魂胆だろう。

 そこはかとなく、むかつく。


「なるほど。開くまで待つか」

「これは呪いよ。キスしなければ扉があかないように呪いがかけられているのよ?」


「それこそ犯罪じゃないか?」


「確かにそうだけど……」


 俺の意見にアメリア嬢はじょじょにトーンダウンしていく。


「だから、開けに来るの待ってりゃいいんじゃね?」

「あなたね、そんな悠長なこと言ってられないでしょ? あることないこと外にいる奴らに想像されるのよ?」


「でも、キスしないと出られない部屋なら、出てこなかったことで、何もなかった証明になるじゃないか」


「そうだけど、、、この呪いを解いたら、本人に返るのよ?」 


 俺は笑った。



「君の父親に逆らえる人いる? それに呪いが返ると言っても、たかだが『キスしないと出られない部屋』の呪いだろ。大したことはない。

 だったら、呪いをかけた本人が開けてくれるの待ってた方がいい。幸い俺は本を持ってきているから、明日の授業の予習をする。

 君は好きに過ごしていればいいじゃないか」


 俺はアメリア嬢とはこれ以上話すことはないので、彼女に背を向け本に集中する。


「ちょっと、あなた待ちなさいよ。何自分だけリラックしているのよ。私、今日は婚約者とのデートの日だったのよ?」


「なら、なおさら君を必死に探していてるだろう。都合がいいじゃないか」

 俺は気のない返事をする。話したくなければ、流しているのが一番だ。


「でもね。婚約者のアルフレッド殿下は最近別の女生徒と仲良くしているの」


 なぜ、この侯爵令嬢はいちいち俺の勉強の邪魔をするのだろう。


 俺は将来、魔法省に入って高給取りになる予定だ。


 だから、金持ちで贅沢な侯爵令嬢のコイバナ付き合っている場合ではない。


 実際、今日俺はこれから本屋でのバイトが待っているし、この学校には特待生で奨学金を貰って通っている。金がなくていつもかつかつの生活を送っていた。

 生活がかかっているのだ。


「俺、その話聞かなきゃダメなの? 興味ないんだけど?」

 正直、かなり鬱陶しい。


「ねえ、あなた、ちょっとおかしいよ? この極限状態だよ? なんでそんなに冷静にしていられるの? 私こんな狭い部屋にいたら息苦しく感じる」


 ちなみにこの部屋は俺が住んでいる寮の部屋の5倍は広い。


「じゃあ、寝てれば?」

「は! 寝てる間に何する気?」


「何もしねえよ。興味ないし」


 すると突然侯爵令嬢が泣き出した。

 おいおい、俺が泣かせたみたいになっているじゃないか?


「何で泣くんだよ」

「くそ雑魚ナメクジに、興味ないって言われた。私、こんなに美人なのに!」


 こいつ頭がお花畑なんじゃないか?


「ねえ、フローラ様って知ってる?」

「誰だ、それ?」


「最近アルフレッド様の後をついて歩いているピンク髪の男爵令嬢よ!」

「ああ、ピンク髪の」


「ほら、あなたもすぐに誰だかわかるじゃない」

「いや、髪の色がめだつだろ」


 なぜか彼女がぷんすか怒っている。まるで金髪で気性の荒い猫のようだ。

 いや、言葉を話さないだけ猫の方が可愛げがある。


「最近この学校の男子生徒は彼女に夢中なの。もちろんアルフレッド殿下もね」


「勝手にまとわりついているだけかもしれないだろ、アルフレッド殿下に聞いてみればいいじゃないか」

「それが出来ないから、困っているのよ」


「なんで?」

「私の侯爵令嬢としての矜持が許さない」


 --だから、何? 俺に関係ねえし。



「俺、特待生なんだよね。マジで勉強しなきゃやばいから、黙っててくれる? 女友達にでも相談したら?」


 アメリア嬢はぐっと唇をかみしめた。


「じゃあさあ。これで最後、フローラと私どっちが可愛くて美人だと思う」


 俺はさすがにアメリアが気の毒になった。

 この環境に追い詰められているのか、私生活でもいろいろと追い詰められているのかわからない。


 侯爵令嬢の矜持はどこへ行った?


「君の方がずっと綺麗だよ」

 同情ではなく、事実を述べた。


「え? あなたのことくそ雑魚ナメクジって言ったのに?」

「心の話しじゃなくて、見た目の話しだよね?」


 俺は一応確認をとる。


「じゃあ、みんなフローラの心の綺麗さにひかれているっているの?」

 なぜか震え声で俺に聞いてくる。

 こいつまた泣く気か?

 今度は俺が先に泣くぞ。


「しらん。俺、ピンク髪の子に興味ないから」


 俺は再び本に没頭する。


 しばらくすると背中をつんつんとつついてくる者がいる。アメリアだ。


「ああ、もうなんだよ!」


「ねえ、なんでフローラに興味ないの? みんなかわいいって言っているよ?」


 なにこの子、かまってちゃんだったの?


「さあな。俺みたいなくそ雑魚ナメクジには興味持たないんじゃね?」


「ん? どういう意味?」


「女子はアルフレッド殿下には笑いかけても、みんな俺には笑いかけないだろ?」

「あったり前じゃない!」


「つまりそういうこと、ピンク髪をかわいいと思ったことなんてないよ」


 俺がそう言うと、アメリアは突然黙り込んだ。



 しばらくするとガタンと音がして教室の扉が開いた。


 そこには、アメリア父、カストル侯爵が立っていた。


「アメリア!」

「お父様! 私はこの者とは別に何も!」

 おいおい、真っ先に言うことがそれかよ。

 まあ、婚約者のいる令嬢だから仕方がないか。



「知っている。私が開けさせたのだから!」

「犯人は誰です!」

「伯爵家子息のドミニク・アンカーだ」

 そう言って、カストル侯爵はドミニクの首根っこを掴んで前に突き出す。

 それから、ひょいと俺を見て口を開く。


「おい、貴様、アメリアに指一本たりとも触れていないだろうな!」


「もちろんです」


 いや、誰がそんな恐ろしいことするんだよ。

 カストル家はこの学校にかなりの寄付金を払っている。

 つまりカストル家から俺の奨学金が出ているといっても過言ではない。



 --こうして愚鈍な奴のくだらないいたずらは幕を下ろした。

 その後、伯爵家の息子は停学を食らった。普通は退学だろと思うが、そこは高位貴族裏でいろいろと取引があったのだろうか。


  納得がいかねえ。




 ◇



 やっと日常が戻った、そんなある日。

 アメリア嬢が俺の席にやって来た。


「ちょっと、あなた顔をかしなさい」


 いや、俺今勉強してたんだけど?

 それにここ図書館の自習室だし。やりたい放題だな。


「むり、今勉強中なんだ」

 見てわかるだろ?


「いいから、大事な話があるのよ。あの例の件で」

「例の件?」

「ほら、あのあなたと閉じ込められた……部屋の件よ」


 周りを気にしながら、声をひそめ頬を染めてアメリア嬢が口にする。


 面倒くさいが、ここは身分差社会だ。学校ということでため口を聞いているだけで…。


 結局、庭園の隅にある四阿に連れて行かれた。



「なあ、婚約者がいるのに、こんな場所に男と二人できていいのか?」

「大丈夫。私これでも魔法は得意なのよ。風魔法で、周りに気配をさとられないようにしてる」


 つまり、俺は彼女に全く警戒されていないらしい。


 もちろん、将来を棒に振りたくないし、何よりアメリア嬢を襲う気もおきない。


「ねえ、犯人の名前はおぼえているわよね」


「何とかって名前の伯爵家のれいそくだろ?」

「うわっ! あんな事されたのに爵位と性別しか覚えてないの? ありえない!」


 いや、どっちかって言うとアメリア嬢の罵詈雑言の方がひどくて、犯人の印象に残っていないんだが?


「でね、相談って言うのは、ドミニクが停学で許されたってどう思う?」

「高位貴族の令息だからだろう?」


「はい、失格! あなた勉強以外は思考停止しているの? 自分で誘拐監禁罪だって言っていたじゃない?

 退学よ。普通ならば」



 俺はすでにやる気をなくしている。早く図書館に戻りたい。


「で、用件は何?」

「何そのやる気のない態度、普通侯爵令嬢に呼び出されたら、喜ばない?」

「なんで喜ぶの?」

 するとなぜかアメリア嬢が落ち込む。


「やっぱ、私、かわいくないんだ。自分で思っているほど美人じゃないから」


 やめて、なにこの自己肯定感の低さ?


「安心しろ、君は学校一、美しい」


「ほんと?」

「うん、本当だから、そろそろ用件話して?」


「犯人のドミニクはアルフレッド殿下のご学友なのよ。だから、軽い罰則で許されたの。お父様はかんかんだったけれどね。

 それにアルフレッド殿下が頭を下げてまで庇ったのよ」


「友情に厚いお方なんだね」


「本当にそう思っているの? 私、アルフレッドの婚約者だよ?」


 なんかご令嬢わりには時々言葉遣いがどうかと思う。


「私、今回の事件はアルフレッドがフローラに唆されてドミニクにやらせたんじゃないかと思う」


 え? なにその迷推理? 俺を巻き込まないで、とは下級貴族の分際で言えない。

 それにアルフレッドって呼び捨てになってるよ?


「まさか、俺にそれを証明させようとか言うんじゃないよね?」

「はっ! その方法もありね!」


「なしの方向で。ありなら、俺帰るよ?」

 がしっと俺の制服の袖をつかんで止める。



「わあ、ちょっと待ってよ。実はね。アルフレッド殿下はフローラが気に入っていて、私との婚約を破棄したいんじゃないかと思うの」


「なら、どうして、そんな回りくどいことをするんだ」

「うちが大貴族だからよ」


「で、さっきから、用件話してもらってないんだけど? 俺そろそろバイトの時間なんだ」


「え?バイト? あなた、貴族でしょ? なんでバイトしてんの?」

「うちは金持ちではないし、俺は次男だから、家も金を払いたがらない」


「じゃあ、私が雇ってあげる」


 悪い話ではないのかもしれないが、このご令嬢は破天荒な予感がする。


「いや、俺は今働いている本屋が気に入っているんだ」

 速攻でお断りする。


「一時間いくら?」


「六百ギル」

 ギルというのは、この王国の通貨だ。


「じゃあ、一時間二千ギル払う」


「は? 」


 俺は驚愕に目を見開いた。

「悪いが法に触れることはできない」


「しつれいねえ! 私と仲の良いふりをするだけよ!」

「なんで婚約者がいる君とそんなことをしなくちゃならないんだ! 法に触れるよりたちが悪い!」

 

 相手はこの国の第二王子だ。

 しかし、アメリア嬢はショックを受けたような顔をする。


「私って、そんなに魅力がない?」

「違う! 要は相手がやきもちを焼くか試してみたいんだろう?」


「なんで、くそ雑魚ナメクジのくせにそんなことわかるの?」

 アメリア嬢が大きく目を見開いた。

 なんてひどい言い草なんだ。


「君がわかりやすすぎるし、なんで俺を選ぶ? それに俺だと殿下はやきもちやかないんじゃないか?」


 ジト目でアメリア嬢は俺を見る。


「あなた、私のこと馬鹿だと思っているでしょ?」

「思ってない」


「嘘!」

「成績、学園二位だろ」


 途端にアメリア嬢は元気になる。


「なんだ、私のこと知ってるんじゃない。じゃあ、話は簡単。成績首位のあなたと勉強で意気投合するのよ。つまり図書館で毎日机を並べて勉強するの。もちろん昼休みも。お互いに勉強で切磋琢磨しているって設定で、どう?」


 いやあ、どうと言われましても迷惑なのですが……。当て馬ポジを勝手に与えないで欲しい。

 というか、こいつ勉強以外はポンコツ?


「実はね。ここだけの話しアルフレッド殿下は勉強があまりお得意ではないの。でもそれを公にすることはできない。

 だから、王族に順位を付けるのは失礼に当たるからって試験の順位が公表されていないのよ。実際は下から数えたほうが早いの。あ、これ機密事項だから話したら捕まるよ」


「おい、やめろ。どうして俺にそんな機密事項を明かす。かかわりあいたくないんだが?」


「ねえ、お願い! そういえば、あなた魔法省への就職を希望ているのよね? お父様に伝手があるの」

「いやいや、本気で俺を雇う気があるなら。君の御父上を紹介しろ」


「は?」


「金銭が絡むんだ。こういう話は、親を通さないとダメだろ? 君に悪い噂がたったどうするんだ?」


 俺が、カストル卿に殺される。


「そんな、いきなり父に会いたいっていわれても」


 なぜか、アメリア嬢が頬を染めてそわそわしだす。


「いいわよ。これから家にいらっしゃい、お父様にあなたを紹介するから」


「お、おう」


 結局、アメリアがカストル卿に事情を話し、俺はその日のうちに面会することになった。

 アメリアは席を外すようにいわれ、目の前には執事に、カストル夫妻がいる。


 これってどいう状況?


 俺が、アメリアから持ち掛けられた話を包み隠さず話すと、カストル卿は口を開いた。


「わかった。君も大変だろうが、アメリアに協力してやってくれないか?」

「ええ、ぜひお願いするするわ。ジョン君」


 てっきり反対すると思っていたのに、夫妻から頼まれてしまった。

 そうやら、アルフレッド殿下とピンク髪とドミニクに思うところがあるらしい。


 しかし、相手は高位貴族で、俺は下位の男爵家の次男。


「では、雇用契約書を書いていただけますか? 僕も自分の身を守らないとならないので」


「わかった、ならば今すぐに書いて渡そう」


 怒られると思ったが、すんなりと頷いてくれた。



 それから滅茶苦茶固辞したのに、カストル家で晩餐を食べることになった。

 アメリアは一人娘で、それはそれはかわいがられていた。


 まさか両親が二つ返事で、雇用契約書を書くと思わなかった。条件は良かったが、俺にとってはとんだ誤算だ。


 

 ◇



「おはよう! ジョン!」

 翌朝、隣りの席に当然のようにアメリア嬢が腰かけるので、俺はぎょっとする。


「何やってんのよ。ほら、『アメリア、おはよう』とか言って微笑む。雇用契約なんだから、ちゃんとしなさい!」

 小声でささやく。

「おはよう、アメリア」

 俺は棒読みで彼女に答えた。


 その日から、アメリアは俺のそばを離れなくなった。

 もちろん昼飯も。

 俺は昼は庭園のベンチで自分で作ったサンドイッチを食べる。

「あなた、それしか食べないの? だからがりがりなのよ」

 次の日、籠いっぱいのサンドイッチを持ってきた。

「ずいぶん、いい雇用主だな」

「そう思うんだったら、魔法省はやめておいてうちにしなさいよ。お父様の秘書とかどう?」

「いや、魔法省がいい」

「あっそ」


 そんな生活がひと月ほど、続いた後、変化があった。



 なぜかピンク髪が俺に言い寄ってくるようになったのだ。

「ねえ、ジョン、頭のいい人って、憧れるのよね。私、勉強苦手なの教えてくださらない?」

「いや、アメリアと勉強の約束があるから」

 ピンク髪が悲しそうな顔をする。

「アメリア様は恵まれているから……。もともとお美しいし、頭もいいし、うらやましいわ。あなたも男爵家出身でしょ?

 それなら、私たちって分かり合えると思うのよね。学園は平等をうたっているけれど、高位貴族との間に壁を感じない?」


 実はこんな感じで、俺は二週間ほどピンク髪に言い寄らているっぽい。

 タイプじゃないので鬱陶しい。


 そこへアメリアが突進してきた。


「ちょっとフローラ様、何しているの? ジョンはこれから私と勉強するの、邪魔しないで!」

「それなら、ぜひ私も交ぜてください」

 ピンク髪がハシバミ色の瞳をウルウルさせて懇願する。


「あなた、アルフレッド殿下の時もそう言っていたわよね。貴族の生活になれないから私も交ぜてくださいとか言って食事にまざってきたわよね?」


「そんなこと言ってません。アルフレッド様が気を使ってお食事会にまぜてくださったんです」


 なぜか、アメリアとフローラがバチバチし始めた。

 そしてそこへアルフレッド殿下が現れる。


「やあ、君たち何をしているのかな? えっと君は誰だっけ? どこかの男爵家の息子だっと思うが、悪いがこれから僕はアメリアとデートなんだ」


 俺はこの言葉を聞いた瞬間、自分の雇用契約が終わったことを知った。

 

 よかったな、アメリア。

 初めてアルフレッド殿下にやきもちを焼いてもらえたぞ。

 

 俺は笑顔でアメリア嬢を見送るつもりだった。


「あら、アルフレッド殿下ご存じないんですか? 私たちの婚約は解消になりましたよ」


「は?」

「え?」


 俺とアルフレッドは驚いて同時にアメリアを見る。

 そして、フローラはキョトンとしていた。


「決定したのは今朝のことです。王宮にお帰りになってお確かめになってくださいませ」

「そんな僕は認めないぞ」


 するとアメリアがガサゴソとカバンの中から書類を見せる。

 それを見たアルフレッドは血相を変えた。

「そんなバカな!」

 叫びながら、廊下を走っていく。


「アルフレッド様! お待ちください!」

 フローラが後を追う。しかし、途中で彼女は振り向いて俺を凝視すると、くいっと口角を上げた。


「あなたは隠しキャラだから、後でゆっくりね」

 彼女はウィンクして再びアルフレッドを追う。

 俺は寒気を覚えた。


「なんだ。あれ?」

 俺はフローラから目をそらして呟いた。


「ヒロイン症候群っていう奇病らしいわ。いろいろな国の王都ではやっているみたい」

「へえ、そんあ病気があるのか」

「そう女性から男性に感染するらしくて、感染すると男性はヒーロー症候群にかかるんですって。ヒーロー症候群にかかった男性はヒロイン症候群の女性を好きになるらしいの。それで、アルフレッド殿下がヒーロー症候群にかかっていたから、婚約解消できたってわけ。でも特効薬があってすぐ直るみたい」


 嫌な病気だな。



「それより、いいのか? やきもち焼いてきたのに?」

「いいのよ! あんな不誠実な男はいらないわ!」

「でも、病気だったんだろ?」

「ジョンは感染しなかった」

「は?」

「だいぶしつこくされてたじゃない」

「ピンク髪に興味ない」


「うん、じゃあ、一緒に勉強しよ?」

「てか、この雇用契約終わりじゃね?」


「それが、雇用主が馘にするまで終わらないんだな」

 確かに雇用契約書にはそう書いてあった。


「は? なんでまだ馘になんないんだ?」


 俺、くそ雑魚ナメクジじゃん?


「なんででしょう?」


 そういって、アリシアはきらきらとわらった。


 アルフレッドは馬鹿だと思う。

 こんな魅力的な子をほっとくなんて……。


 最高に口は悪いけどな。

 

 俺はもう少しだけアメリア嬢に付き合うことにした。



 おわり



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キスしないと出られない部屋~冴えない俺(男爵家次男)とポンコツ美少女(侯爵令嬢) 別所 燈 @piyopiyopiyo21

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