第6話 その方がおもしろい



 今回の被害者も女性らしい。事件現場は被害者の自宅。

 おんぼろの社用車を運転しながら(金は腐るほど持っているはずなのに、事務所や車が安物なのは、柳なりの”理想の探偵像”をイメージしているらしい)、僕はバックミラーで後部座席に座る柳の姿を見る。

 一体何着のドレスを持っているのだろうか?昨日とは別のゴシックロリータ風の衣装を身にまとい、柳は涼しげな顔で不敵な笑みを浮かべている。ムシムシと暑いこの季節にフリフリのついた衣装を着るために、車内はガンガンに冷房をきかせているため、普通に半袖のシャツを着ている僕は少し寒い。鏡越しに僕の視線に気が付いたのか、柳はわざとらしい艶やかな表情を浮かべながらヒラヒラと手を振ってきた。

「運転中にも私の事が気になるのかいコータロー。かわいい子だね」

「ええ、その暑苦しい衣装、季節感もくそもないなと思いましてね。もう少し涼しい恰好をしてくれませんかね?」

「そうだね。他ならない君の提案だ、考えておこう」

 いたずらっ子のような表情をして微笑みを浮かべる柳の顔を見て、僕は小さくため息をつく。

 冷房をガンガンに効かせているとはいえ、窓から差し込んでくる日差しは鋭く、夏を感じさせる。どちらかといえば夏は好きだ。ジリジリと身を焦がすような陽光も、うっとおしいほど澄んだ青い空も、不思議と僕の心を高揚させてくれる……後部座席に狂人を乗せて車の運転をしていなければの話だが。

 仕方がない事だ。明らかに社会不適合者である僕が、まともな職に就けるはずがない。なんてことは無い、常日頃彼に向って文句を言っている僕も、周囲から見れば同じ穴のむじな……ただ似たもの同士が集まっているという、それだけの事だ。

 無意識のうちに胸ポケットから煙草を取り出し、口にくわえる。運転をしながらライターを探していると、後部座席から柳が見るからに高そうなオイルライターで僕の煙草に火をつけてくれた。

「……どうも」

「気にすることはない。この車は喫煙OKだ。好きに吸いたまえ……私も一服させてもらうよ」

 そう言って柳は見たことのない銘柄のたばこを取り出すと、口にくわえて先ほどのライターで火をつけた。車内に広がる異なる二つの煙。僕は窓を少し開ける。後部座席から漂ってくる煙は、何か上品な紅茶のような香りがした。






「おやおやこれは酷い。そして……興味深いね、これは偶然だろうか?」

 被害者の自宅……犯行現場に前と同じようにズカズカと入り込む柳。

 僕は不満げな顔をしている警官たちに少し頭を下げながら柳に続き(部屋の中は濃い血の香りが充満していた)、彼が目をらんらんと輝かせて見下ろしている死体を見た。

「……これは?」

 眉をひそめる僕。隣の柳はしだれかかるようにして僕の肩に顎を乗せ、耳元でささやいた。

「ゴシックロリータ……彼女はいわゆるゴスロリと呼ばれる服を着ているね……これは偶然かな?」

 そう、目の前でハラワタを喰われて絶命している女は、隣にいる柳とそっくりなゴシックロリータ風の衣装を身にまとっていた。

「……耳元でしゃべるのはやめてくれませんかヤナさん。たまたまでしょう。きっと彼女は日ごろからこういうファッションをしていたんですよ」

「ふぅん」

 柳はにやにやと笑みを浮かべながら近くにいた警察官に声をかける。

「あぁ君、ちょっと被害者のの私物をチェックしてみてもいいかな?」

「被害者の私物……ですか?申し訳ございません、ちょっと上のものに確認しないと……」

「すぐに確認を頼むよ」

「……はぁ、かしこまりました」

 なぜ目の前のゴスロリ女装男は、こんなにも偉そうな態度で自分に命令しているのか理解しないまま、若い警察官は上長に確認を取りに行った。

 金とコネの力は凄まじい。

 頭では理解していたつもりだが、実際柳と出会うまではその事実を実感することは無かった。なんの因果か、僕は普通の社会人をしていた時には逆立ちしても届くことのなかった”力”を持っている人物の傍に立っている。

 警察から許可を得て、柳は被害者女性のクローゼットを確認する。

「うん、やはり彼女の私物には他にドレスの類は無いみたいだね。犯人が彼女を襲った後に身に着けさせたのかな?」

「それはどうでしょう?彼女のドレスコレクションが今着ている一着だけだったという可能性もあります」

「確かに、その可能性も捨てきれない。だけどねコータロー、私はそうではないと考えている」

 柳は僕を振り返って妖艶な笑みを浮かべた。

「これは犯人から私に対するラブコールだね。犯人の真の狙いは私だよ」

「……なぜそう思うのです?ただ被害者の服がアナタに似ていただけですよ?何か根拠でも?」

 僕の問いに柳は首を横に振った。

「根拠なんてないよ……強いて言うなら勘……かな」

「は?」

「何か勘違いをしているようだねコータロー……我々は探偵事務所を名乗っているが、別に事件の解決を目指しているわけじゃない。そもそもこの事件は依頼を受けて動いているわけでもないしね」

「つまり?」

「私が動くのは100%暇つぶしのためだし、私の推理もただの私の願望に過ぎないということさ。つまり、”犯人が私を殺そうとしている方がおもしろい”だろう?」

「……相変わらずいかれてますねヤナさん」

「私が一般人なら、そうかもね」

 そう言って柳は、その端正な顔をズイっと僕に近づけた。

「だが私はこの日本で唯一”本物の超能力者”の末裔だ……世界は私を中心に回っているのさ」

 絶句する僕に、柳は事も何気にそう言った。

「そうだコータロー。君は容疑者の飯塚を調べてくれないか?彼の交友関係、趣味、嗜好……事件に繋がらないものでも何でもいい。彼の人間性が知りたいんだ」



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