第五章 誇り高い漢 1

「ああ、ここですか。なるほどぉ、雰囲気が暗いですね」

「荷物持ちありがとう、仙師。もう帰っていいよ」


 ……また人間が来た。年寄りと若い女だ。

 新しい住人なのかと思ったが、荷物は少ない。

 例のあれか。空っぽの部屋を独り占めするのが好きなおれとしてはつらいが、あれなら、せいぜい数日の我慢ですむだろう。


「では双葉師匠、お先に失礼します。寂しくなったらいつでも呼んでくださいね。遠慮せずに電話くださいね。待ってますから」

「いいから帰りなさい」


 若い女を残して年寄りは帰ってしまった。どっちかというと、年寄りのほうが感じは良かったので残念だ。

 見つかったら面倒だ。頭を引っ込めて様子をうかがう。

 もし新規の住人だとしても焦ることはない。

 どうせすぐに出て行くに決まっている。このアパートの大家はケチでせこい。ベランダの手すりが錆びているのに修繕を怠っている。配水管からはキーキーと耳障りな音がするのに修理業者を呼ばない。共用費を徴収しておきながら廊下の蛍光灯を切れたまんまにして知らん顔。

 すぐに引っ越したくなるさ。本音はいますぐに出て行ってほしいけど。だってこの女からはすごく嫌な匂いがする。


「んー、事故物件って聞いてたけど……」


 女はバッグからファイル取り出してしばらく黙読していた。が、溜息をついて床に放置する。


「幽霊いないじゃんよ。期待してきたのに」


 女はなにもない床に寝転んだ。ファイルには新聞の切り抜きが挟まっている。


『ストーカーによる無理心中か!?』


 半年ほど前の心中事件だ。いま女が横になっているまさにその場所に、死体が二つ折り重なっていた。

 加害者は被害者を殺したあとに後追い自殺したようだ。しばらくして警察がウジ虫だらけの遺体を運んでいったのを、おれはエアコンの影で見ていた。特殊清掃の業者が入って、内装業者が床をはりかえて、すっかりきれいになって住み心地が悪くなった。


 ちまたでは事故物件というのは人気があるらしい、が、ここはそうでもない。

 なぜなら家賃が安くなってないからだ。

 その後部屋を訪れた何人かが、撮影のために一晩泊まっては出て行った。動画配信者とかいう連中らしい。大家に許可を取って、おそらくは幾ばくか支払って、撮影させてもらったのだろう。

 しかしこの女は心霊動画を撮りにきた連中とは種類が違うようだ。


 居心地が悪くなったおれはキッチンのシンクに忍び込んだ。この部屋に食べ物はない。配水管を伝えば、食べ物が豊富にある部屋に自由に行き来できる。

 下の住人はもうすぐ死にそうだ。そうしたら珍味にありつける。階下に向かおうと思ったら、女の声が聞こえてきた。


「いないのよ。話が違うじゃない」


 女は電話に向かって苛立いらだった声をあげている。

 こういうときは悪戯心が疼く。目の前をちょろちょろしてやれば、たいていは悲鳴をあげる。

 シンクを降り、そっと壁際に寄った。

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