第四章 メッセージ 7
『あなたは醜く老いるまで生きなさい。あなたにはたくさんの時間がある。わたしを罵倒するだけの時間が。さよなら。ごめんね。ありがとう』
そこには姉がいた。実に姉らしい。だが詫びや感謝の言葉は姉にふさわしくないと思った。姉のコーラも最後に少しだけ噴き出したのだろう。
仙師が顔を寄せて姉のメッセージを目で追った。言葉をなくしたわたしの顔を見て、フンと鼻を鳴らす。
「失礼ですね。老いたら醜くなるというのは偏見の刷り込みですよ」
老人は憤る。わたしも頷いた。
「姉は幽霊になってもきれいでしたか」
「ええ。おきれいでしたね。それは認めます」
仙師は苦笑した。
それならよかった。姉の生き方や死に方をとやかく言いたくはない。姉には曲げられぬこだわりがあったというだけだ。そして姉とわたしは別人なのだ。
「ああ、思い出した。中学の成績表を比べたときの姉ったらね……」
わたしのおしゃべりは徐々に速く、声が大きく、遠慮がなくなっていった。
仙師はしまいにはいたたまれなくなったのか、両手を揉みあわせては自身の親指の爪ばかり見ていた。
「ああ、すっきりした!」
わたしは姉の悪口を言ったことがなかった。両親にも友人にも本人にも誰にも。
わたしが我慢すればいいことだ、言っても姉が変わるわけじゃない。わたしが悪いのかもしれないし。なにも考えないことが賢明だ──
姉に対する悪感情を封印するうちに、いつしか姉を賞賛する言葉もなくしていた。
「でもね、聡明で美人でセンスもよくて、自慢の姉だったんだよ! ばかな姉さん。妹からの罵倒と賞賛を聞いてから行きやがれっての!」
仙師のスマホが震えた。アルコールでとろけていた老人の目がしゃきっと見開かれた。
「すみません。鬼……いえ、上司から速く帰ってこいとのことです。本来は死者の魂を送り出したら仕事完了なので。ビールごちそうさまでした」
仙師はふらつきながら腰をあげた。わたしの愚痴を聞いてくれたのはサービス残業のようなものだったのだろうか。
「隣の部屋に帰るの? ……あのキーキー音、気になりません?」
また聞こえ始めた下水管の歯ぎしり。仙師は頭を掻いた。
「隣室からも引き上げます。そっちも終わったんで……。では」
なにが終わったのかはわからないが、たぶんわたしとは関わりのないこと。仙師と会うことがもう二度とない……かどうかはわからないが、愚痴の聞き役になってくれることは絶対にないだろう。
わたしはかばんの中からイヤホンを取り出して装着した。わたしが大ファンで、姉は大嫌いだったアーティストの曲を聴きながら、ゴミと想いを仕分けるために。
( 第四章 了 )
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます