第四章 メッセージ 6

「ああ、それなら、お姉さんのご意思にも沿いますね。良かったです。安心したので帰ります」


 仙師はひょこりと頭を下げて踵を返した。

 この人はストーカーなんかじゃない。わたしは確信した。


「待って。メッセージがまだでしょう。一緒に探してくれる約束でしょう」


 確信はしたものの、お祓い屋という職業もよくわからない。

 幽霊である姉と会話をして伝言を託されたというのも眉唾ものだ。だけどメッセージを見つけてくれたら、信じてもいい。


「姉は本当に何も教えてくれなかったわけ?」

「……見つけられなきゃそこまでよ、と楓さんは去り際に言ったんです。あまり妹は……その……頭がよくな……空回りしやすい……いや、その……」

「死んでも性格の歪みは治らないのね」


 そんな言い方をされたら絶対に見つけてやらなくちゃ気が済まない。そんなわたしの性格を読んで、存在しないメッセージを探させるという嫌がらせの可能性だってある。

 仙師の手に缶ビールを握らせる。


「はい?」

「そこのクッションに座って。もうメッセージはいいから、姉の話を聞いていってくれませんか。ひどい姉の話を」


 大嫌いな姉の話を。面と向かってぶつけてやりたかった悪口を。妹に意地悪なことばかりをする姉の話を。大嫌いだったけれど、焦がれてもいた姉の話を。

 一缶を一気にあおった。胡散臭い人物を家にあげる危険など、もはやささいなことだった。

 ほろ酔い加減の脳みそと舌はくるくると回転した。わたしがコーラなら、姉はメントスだ。わたしはうかつにもコーラのふたを開けてしまったのだ。

 わたしの中に何十年もたまっていたものが堰を切って溢れ出た。


 懐かしい思い出までもがよみがえる。

 姉が中学一年生、わたしは小学五年生だったろうか。


『ホタル見に行くよ』


 とあるアニメ映画に影響され本物のホタルが見たくなった姉は夏の夕方に近所の川に出かける計画を妹に告げた。わくわくした。なにしろ、二人だけでこっそりと行ってみよう、というのだから。

 その前に──姉はなぜか着替えるという。

 買ってもらったばかりの新しい甚平で出かけたかったのだと気づいた。

 わたしもお揃いがあることを思い出した。

 なれない甚平を四苦八苦して着てみたが、姉は呆れた声で、『似合わないね。なんで紺色にしなかったわけ』と姉とお揃いのピンクの甚平は脱ぐように命令された。

 結局普段着で冒険に出ることになって、わたしは少々むくれていた。それでも途中の駄菓子屋さんで姉がアイスキャンディーを買ってくれたときには機嫌がなおっていたと思う。並んで歩きながら食べた。


『お姉ちゃん、ホタル、いないね……』

『…………』


 夏場の水辺には群れて飛ぶホタルがいる──無知が生んだ夢想。

 生活排水が流れ込んで泡立っている川にホタルなんているわけがない。こんな汚い場所にきれいなものは寄ってこない。そんなことも知らなかったわたしたちは無垢で真っ白な子供だった。


 いつか大人になったら二人で日本屈指の清流に行ってホタルを見よう、そう約束して残念な空気を吹き飛ばした。だけど、一緒に旅行することなんて、ついぞなかった。


「一人だけピンクの甚平着てずるいし、平気で約束を破るし。そりゃわたしはピンクが似合わないけど、たまにはピンクや花柄のスカートを履きたかったんだよ。今まで一度も不平も不満も漏らしてないけど、あ、ホタル……!?」


 最近ホタルを見たような……。

 かばんの中をあさる。あった。姉から届いた中身のない手紙だ。

 仙師はおやという顔をした。


「それは……?」

「姉からの最後の手紙。でもへんなの。便箋が入ってなかったのよ。てっきり姉の部屋に残っているかと思ったけど……。これについて、なにか言ってなかったの?」

「なにも。でも逆に気になりますね。なぜ空の封筒を……」


 わたしはブラックライトをつけて部屋の灯りを消した。封筒にあてると、宛名のある面に郵便局が刻印したバーコードが浮かぶ。だがこれじゃない。

 ホタルのイラストの周囲が点々と白く光る。


「ほう」


 裏返してフラップをめくる。そこには白い字が浮かびあがった。

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