第四章 メッセージ 3
日用品が写っていた。
洗濯用洗剤、リポビタンD、パイン飴、懐中電灯。品物の下に見える木目は、いまいるアパートのフローリングで間違いない。
なにげない日常の買い物を撮影した? なぜ?
携帯の写真機能を試してみたかっただけなのかもしれない。とくに意味はなさそうだ。洗濯用洗剤は洗濯機の横にあった。懐中電灯は玄関の靴箱の上に置いてあった。リポビタンDとパイン飴は見当たらないところを見るととっくに消費しているのだろう。
もし、姉の死が事故でも自殺でもないとしたら──
さっきの電話の老人は誰だったのだろう。姉の知人か。
わたしの名前を知っていたということは、家族の話をするくらいには親しかった相手なのだろう。恋人にしてはやけに老けた声だったが可能性はゼロではない。
はっとなった。姉はストーカーに殺されたのではないか。さっきの老人はストーカーなのではないか。
こっそりとコピーした合い鍵で侵入し、姉の首を絞め、ブルーシートとPPテープで自殺を装ったのではないか。
しかし絞殺と縊死では索条痕が異なるし、手指による扼殺なら警察の眼はごまかせないだろう。
死体は床に足がついた状態だった。非定型的縊首。血流がとまり酸素が欠乏してぼうっとなってやがて意識がなくなる死に方を偽装するのは難しい。暴れて抵抗するはずだ。
「やはり、無理……か。ううん、でも……」
しかし言葉巧みにふきこんで絶望させて自殺に導くことはできるかもしれない。
あるいは薬物で意識を朦朧とさせたとしたら。
警察は他殺を疑っていなかったから血中成分までは調べないだろう。
パソコンの中が綺麗になっていたこともこれで説明がつく。
姉の交友関係の中に犯人がいるのだ。だから犯人はすべて消去したのだ。
姉を殺し、孤独な人間のように偽装した。だとしたら姉が不憫すぎる。
誰か、生前に姉と交友があった人物と話をしてみたい。職場は警察に聞かないとわからないし、姉の友人にも会ったことはない。とりあえず隣の部屋の人はどうだろう。
立ち上がろうとしたとき、携帯に着信があった。急いで通話ボタンを押した。押したあとに例のストーカーからだと気づいた。
「はい」
『あまり考えすぎないように、と言ったでしょう』
「姉を死に追いやったストーカーがなにを言ってるんですか」
『わしはストーカーなんぞではない。ただの……メッセンジャーだ』
「姉に生前頼まれてたんですか。遺書はなかったけれどメッセージでも託されたんですか」
『生前ではなく死後の知り合いなんだけどね。メッセージはどっかに残したとか言っているよ。場所は教えてくれなかったけど。お姉さんはあなたを心配してるんだよ。考えすぎる癖があるからってね』
老人の声に変な音が混じる。『キーキー』と軋む音。
「姉はどこかにダイイングメッセージを残したんですね。あなたはそれが見つかるのを怖れている」
キーキー音は部屋の中にも反響していた。音が重なる。どこかに盗聴器があるのだろうか。
姉が残したというメッセージにはきっとストーカーの名前が書かれているのだ。
『メッセージの内容は知らないが、たしかに気にはなっている。なんなら一緒に探してあげようか』
ミステリによくある展開だ。親切なふりをして近づく凶悪犯。メッセージを見つけたら隠滅する気だ。その次はわたしを殺すのだ。姉のなくなった部屋で衝動的にあとを追う妹。シングルで中年を迎えた姉妹が老後を悲観して自死。不自然さはない。
『答えがわかれば楽になれるでしょ』
「……楽にしてくれるなら、お願いしたいけど」
キーキーと耳障りな音が消えた。電話の向こうからもだ。まわりを見回してみる。
「でもけっこうです。ひとりで真相を探ってみたいから。あなたにとっては都合が悪いでしょうけれど」
通話を切った。
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