第四章 メッセージ 2

 引き出しにもかばんの中にも姉の意志は見当たらない。わたしに送って寄こすつもりだった手紙さえない。

 雑誌を縛っているときに大きさの違う本が挟まっていることに気付いた。

 装丁からして図書館の本だ。ジャンルはミステリ。


 わたしと姉は好きなアイドルや音楽がかぶることはなかった。

 女子サッカーチームで外を駆け回るのが好きなわたしとレース編みで人形の洋服を作るのが好きだった姉が並んでいても姉妹には見えなかった。


 だがたったひとつ共通点があった。

 ミステリだ。

 姉も私もミステリ小説が大好きだった。学生の頃は買った本を交換してよく読んだものだと懐かしくなった。社会に出てからはあまり読書に時間を作れなくなっていた。書籍はずっしりと重量があり、手になじむ。ページをめくる。


 返却期限が印字された紙切れが落ちた。期限はとっくに過ぎている。姉が最後にどんな本を読んだのか、あるいは読まなかったかもしれないが、少し残念な気持ちを意識しながら、気晴らしを兼ねて図書館に返しに行こうと立ち上がった。


 図書館はネットで調べたら徒歩で15分くらいのところにあった。姉が急逝したことを伝え、除籍の写しと身分証明書を見せ、姉の登録を削除したところで、忘れ物があると言われた。


「携帯電話?」

「個人情報が含まれるので直接お渡し出来てよかった」

「そそっかしいですね。本人は気づいてなかったのでしょうか」


 若年性認知症という言葉が脳裏で明滅する。


「いえ、そんなことはないんです。すぐに連絡がありましてね、次に行く時まで預かっておいてくださいと言われていたんです」


 なので安心して電源を切って保管しておいたそうだ。だが二週間がすぎたあたりで不安を覚えていたという。


「携帯電話を預けっぱなしにするなんて信じられないですね」

「不便をしていないか心配してました。まさか亡くなられたなんて。ご愁傷さまです」


 カウンタースタッフは目を伏せた。


「いま思い出しましたんですが、不思議なことをおっしゃってました。『わたしが行けないときは妹が行くので取りに来たら渡してほしい。来なかったら捨ててかまわない』と。予言みたいですね」


 まるでミステリの筋書きだ。


 バッテリーがゼロになっていたらしく電源が入らない。充電器を探すのが億劫だったので途中の百均で買った。バッテリーが満たされていくにつれ疑念が膨らんだ。


 姉は私に何かを期待しているのだろうか。パソコンの履歴もすべて消して死んだくせに。遺書も残さなかった。となれば、携帯も初期化されているのではないだろうか。もしそうでなかったとしたら、私は姉のプライバシーを覗くことになる。

 充電完了。まるで計ったようなタイミングで着信が鳴った。


「はい」

『楓さんの妹さん、で合ってますかな』


 しわがれた老年男性の声。楓は姉の名前だ。


「そうですけど……?」

『楓さんからのメッセージを伝えますね。早く引っ越しなさい、キーキーうるさいから、だそうです』

「は? どういう意味ですか」

『あと、あまり考えすぎないように、だそうです。では』


 通話を切られた。悪戯電話だろうか。何度コールバックしても出ることはなかった。

 アドレス帳にものってない番号だった。


「アドレス帳……」


 なにものっていなかった。通話履歴も直近の老人以外にはない。消去したのだろうか。

結局、姉の生きていた記録は携帯にはなかった。

 ただひとつ、写真が一枚だけ保存されていた。

 その写真には──

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