第一章 愛犬 1
「どうぞ~」
若い女性の許可。こほんと喉を鳴らしてからドアノブを回す。
「失礼しま──」
「せめて交通費ぐらいもらってきてくれませんか」
狭い事務所の中には机がひとつしかない。そこを占有している老人がパソコンを前にしてぼやいている。
「そんなこといってもさあ、幽霊じゃなかったんだからお祓いできないし」
後ろのソファにだらしなく伸びているのは虎柄のワンピースを着た女の子。
老人と女の子……経営者とその孫だろうか。
「黙っていたらわからないじゃないですか。塩と酒でも撒いて『除霊終わりました』と言えば喜ばれますよ。あ、依頼のかた? そこに座って」
「はい……」
指定された丸椅子は不安定に揺れる。ビスでも緩んでいるのか、両足を開いて座り、バランスを取る。
「そういう演技は得意だよね、
「お客さん来たから、
「は、はい」
この老人は見覚えがある。
『どんなしつこい悪霊もプロのお祓い師におまかせください!』
そんなキャッチコピーと並んで陰陽師の格好をしてサイトの載っていた
だが枯れた老人というよりも旧約聖書のモーゼのような迫力を、初めてサイトの画面を見たときに感じたのだ。頼もしいと思った。
だから虚洞仙師に除霊を依頼したくて来たのだ。だが目の前の仙師は──
「なんじゃ、なにをじろじろ見ておる」
「Tシャツ、ポケモンですね」
「ポケモン、可愛かろ」
さすがに普段着が陰陽師の装束のわけがないか、とそこは納得するしかない。
いや、考えようによってはふさわしいかもしれない。だって、モンスターは調伏対象のはずだから。
「で、どした?」
「呪いって本当にあるんでしょうか」
「なにがあったんだね。自覚症状があるなら教えてくれたまえ」
仙師は顎を突き出して促してくる。ちょっと戸惑った。というのも、呪われているのはぼくではなくて……。
「犬? 君んちの犬が呪われてるって?」
「……はあ」
犬の名前はザビエル。子犬のとき頭頂部の毛が薄かったのが名前の由来だ。犬種はチワプー。チワワとトイプードルのミックス。
飼い主の
それがここ二週間ほどようすがおかしい。虚空に向かって吠えているかと思ったら、隅にうずくまって怯えていたり、大好きな散歩に出たがらなくなるし、一日中ぐったりと寝ていることもある。
「病院につれていったらどうです?」
「もちろんつれていきましたよ。異常なしでした」
「失礼だが、老犬なのかな。わしのような……?」
「二歳ですよ。チワプーは比較的新しい犬種ですけど、寿命は十年以上あると言われています」
「自宅で飼ってるのかな」
「ええ、賃貸のマンションです。もちろんペット可のところです」
「となると」仙師は少女を振り返った。「見に行くしかないよねえ」
「え、やだ。わたしはパス!」
少女は顔をしかめた。
「ちょっと待ってください。うちに来るんですか? お札とかでなんとかなりません?」
仙師は、物わかりの悪い子供を見るような目でぼくを見た。
「ワンちゃんが心配でしょ。善は急げっていうし。いますぐこれからダッシュで伺いますね」
「え、きゅ、急ですね」
こちらの都合は考えてくれないらしい。
「急だと困ることでも?」
「……ちなみに費用はいかほど……」
金額を聞いてから「金欠なので今回は辞退します……」と帰っちゃえばいい。
ザビエルのことは心配だが、どうにも
さっきまでは気にならなかったことが妙に気になってくる。インチキかもしれない。本当にお祓いなんかできるのかな。不安がむくむくとわいてきた。
断る気満々でかまえていると、
「ただでいいよ」
と少女が言い放った。
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