第一章 愛犬 2

「「え」」


 仙師とぼくの声がリエゾンした。


「なんてこと言うんですか。そんなだから経営が苦しいんですよ」


 仙師が少女に抗議した。

 口ぶりから推測するに、祖父と孫という関係性ではなさそうだ。少女はソファに寝転がったままで尊大な態度を取っている。


「練習だと思えばいいでしょ。あんた、まだ半人前なんだから」

「いつまでたってもわしを認めてくれないんですねえ」

「だからその機会をくれてやるってこと」

「……わかりました。全力を出して必ずやあなたに認めさせてやりましょう」

「あの……お二人はどういうご関係なんですか?」


 くちばしを突っ込まずにはいられなかった。


「わしはアルバイトでな、除霊や解呪を勉強中の身だ。あちらにおわすのはわしの雇い主にして師匠、双和双葉ふたわふたば先生である!」


 虚洞仙師は小鼻を膨らませて少女を紹介したが、双和双葉師匠は「帰りにアイス買ってきて。あずきバー以外で」と言って身体を丸めた。


 結局、仙師はいまからぼくのマンションに来るという。勝手に決められた。ぼくの了解はどうでもいいらしい。

 半人前のアルバイトのくせに『虚洞仙師』なんてご大層な名前を名乗るもんだ。中二病の老人かよ。




「ほんとうにあのが師匠なんですか。なんて言いましたっけ、双葉……」


 ぼくは半地下の駐車場に連れ込まれ、仙師が運転するおんぼろの車に詰め込まれた。車種はよくわからないがガラスは曇っているし車内は窮屈だ。どうにも息苦しい。


「ああ、ちょっと黙って。気が散るから」

「あ、すみません」


 仙師の年齢はよくわからないが、余裕で『高齢者』の部類に入る。事故でも起こされたら大変だ。

 シート回りを手探りしていた仙師は「あったあった」とうれしそうに言って、なにかをどこかに突っ込んだ。おそらく、なにかとはカセットテープだと思う。

 生まれて初めて実物を見た。いまどきカセットテープなんて、きっと昔の演歌だな、との予想は爆音に裏切られた。


「へびいめたるだ」


 おんぼろ車は意外にも軽快に走り出した。同時に、仙師ののど自慢大会が始まった。天然のデスボイスだ。




 ぐったりと消耗して帰宅した。

 ザビエルは仙師に尻尾を振った。それもぶんぶん。大歓迎だ。少しだけ落胆する。


「おー、これはかわいらしい。こんなになつっこいのに、双葉師匠は犬の良さがわからないんですよ。幽霊は怖くないのに、犬は怖がるんですよ」


 仙師の膝の上にザビエルはちょこんと乗った。自分のほうに来させようと思い、「おいで」と言ったのに無視された。


「あれえ、もしかして……。飼い主なのに嫌われているんです?」

「んんっなわけ、ないですよ。ザビエルはお客さんにフレンドリーな性格なだけですけど」

「そうですか。ん、虐待とかされてないですね」

「しゅるわけないでひょ」


 なんて失礼な。声が裏返りそうになった。そこでピンときた。


「もしや、虐待を疑ってたんですか。だからザビエルを確認に来たとか?」


 ザビエルの体調が悪いのは呪いではなく、飼い主の虐待かもしれないと思ったのか。


「予想より元気そうですね。よかったよかった」


 ザビエルをなでなでする仙師の手は愛情たっぷりに見えた。疑いが晴れたのなら、まあよしとしよう。きっと仙師は動物好きなのだ。虐待の可能性が頭に浮かんで、いてもたってもいられなかったのだろう。

 そう考えると急な来訪を迷惑と考えるわけにはいかない。犬好きとして、気持ちはわかる。


「誤解が解けてよかったです。……で、どうです。呪いかどうか、わかります?」

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