Side Gile?♯1

「すごっ……えっちょっ声高っ!?」


初めての第一声は意外な形で潰された。


単純に浮かれていた。中学高校と一緒だったやつと久しぶりに会うことになったカイト。ゲーム内で会うのだが、どうせなら驚かしてやりたい。そう思ってた中、自分の中性さを活かしてキャラクリで女性寄りにしたら驚かせるんじゃないかって思った。


TGOを始めてキャラクリに移行した後、そう、どうせならという感覚で、パチッとした桜色の瞳に、流れるような桜色の長髪。初期装備も長さを変えられるようで萌え袖風に整えたり、スカートなんかも履けるようでなんだかんだロングにするか膝丈にするか迷ったりもした。膝丈にするならニーソにするかも考えたし、なんならタイツの冷たい感触に鳥肌が立った。


この感触は中学の時のミスコン以来、という訳ではなく、女装すると癖になるという言葉がある通り、大学で一人暮らしをするようになってから、少しずつ服を買い揃えて着てみた。ズボン、レディースだとパンツと言うが、履くとお腹辺りまで覆い、ポケットが小さいという発見もあった。これは服によって異なるだろうが、最初の服はそんな驚きがあった。


だからあまり女装することに抵抗はなかった。むしろリアルの自分を人に見られない点で、はっちゃけそうな感じがしていたので、今回みたいに知り合いと会うとなると、セーブがかかっていいのではないだろうか。


ひとまずキャラクリに戻ろう。


なんとなく腰の位置がいつもより高いと感じるのも気のせいで、胸が盛れる調整も、このゲームの仕様だと全く疑わなかった。盛れるんだぁぐらいの感覚だ。やけにリアル寄りのアバターなのに喉仏がないのも、そういうものなんだと勝手に判断していた。


だからどうせならと、できる限り自分なりのかわいいを注ぎ込んでみた。身長は少し減らして160を超えない、154と調整できるギリギリを目指したり、遠くから見てなんか頭がでっかい、みたいな雑な調整にならないように、何度も光と影を落としてどの角度から見てもおかしくないよな?と思える調整をしたり。


見た目女子じゃん、なんて思える姿カッコでこれから練り歩くんだと考えると少しだけ気分が高揚した。だってそうだろう。自分のかわいいと思える要素を詰め込んだもので、これから長い時間をかけて唯一無二の存在にしていくのだから。


これが三人称視点のゲームだったら完璧だった。だって冒険するならかわいい姿のキャラが活躍する瞬間を自分の目で見てみたい。しかし、これから行うのは、自分が目となり冒険をするのだ。だから変な気分になる。自分がかわいくならないと、このキャラクターは可愛くならないのだ。


そうして瞼を開いて顎を引いて下を向く。双丘はなんか膨らんでる感じが無くはないですよって主張している。自然と口角が上がる。


なぜ?


自分の感情がよく分からない。よく分からないが状況を楽しんでいるというより、喜んでいることから来る感情だ。胸があると喜ぶのか?でも自然と笑ってしまうのだ。


そして1歩歩こうとして、ニーソ風の踵の高い長靴を選んだのが悪かったのかコケてしまう。身長が今までより低くバランスを崩したのと知らない履き物に歩き慣れないことから来る不安定さ。思わず「すごっ」と声が漏れてしまった。漏れてしまったらその声が自分から出たものとは考えられない声色をしていた。意味不明な現実にそのままコケた。


その後は無駄に声出しの練習をしてしまった。


1音1音上げては下げる、ら↑ら↑ら↑ら↑ら↓ら↓らら↓ら↓〜と声を出していた。有名な女性ボーカルのアニソンなんかも口ずさんで自分が自分でない感覚に虜になってしまった。もっと聴きたいもっと知りたい自分の身体を。


そして歩き方も見直してしまった。無意識的に内股で歩く。それはとても難しいように思えたけれど、何故かその歩き方はしっくりした。今までそうして歩いてきましたっていう風にしっくりした。


その場で何となく飛び跳ねたり、ちょっと無理して走ってみたり、だんだんと自分の身体にマッチしていくような感覚に酔いしれてしまっていた。


楽しい。なんだかすごく楽しいのだ。


その場で両手を伸ばして、ブーンと飛行機みたいに小走りしながら考える。この身体、どうして女性アバターなのだろうか。普通は女性アバターではなく男性アバターであるはずなのに。


しかし些細なことのように思えてきた。


そんなことより、この姿をカイトが見た時どんな反応をするのだろうか。それを想像するとワクワクした胸躍る感情と否定されたらどうしようという感情が入り交じり始めた。無意識的に両腕を自身の体に巻き付けた。


どうしてこんなに感情に振り回されてる感覚に陥っているのだろう。そういった気分は今まで感じたことなかったはずなのに、という思考がパッと思いつくが消えていく。


それよりも誰かに見せたい、という気持ちがはやるのを感じる。


街に降り立つ。


見ると自分の他にも街に来たばかりという新米プレイヤーが笑顔でゲームを始めているのが分かる。そのプレイヤー達に続けて走ろうかな、なんて考えが浮かんでくる。


「おーい今来たばかりの嬢ちゃん、そこ段差あるから気をつけな〜」


声をかけられてから気づく。男として見られていない。そこはかとなく背徳感が背筋を駆ける。この気持ちはなんだろうか。


初期リスポ地点のすぐそばに段差があるらしかった。これでは何も気づかない人はコケてしまうんじゃないかって思う。そんなことよりも。


「すみません、女の子に見えますか〜?」


「何を言って……女の子だぜ〜?ここはゲームだ〜気兼ねなく自分の自由を、もちろん迷惑かけない程度で、自分色出していいんだぜ〜!」


「ありがとう、おじさん!」


駆け出しの冒険者に絡みそうなガタイのいいおじさんに励まされた。しかし、1歩目を踏み出そうとしてつんのめった。身長を低くしたのがやっぱりだめだったらしい。歩きづらい。


おじさんに笑われてしまった。


そんなあまりに見ていられない姿を晒してしまったのか、見かねたのか、猫が横切る。ゲームの中なのにリアル準拠の猫がこちらを振り返りなんか文句あると言わんばかりにジッとこちらを向いている。


思わずしゃがんで手を伸ばして、こっちに来ないか試していた。よしよしだなんて喋りながらこっちに来ないかひたすら試していた。


するとトテトテと歩いてきて手にその毛を擦り付けて来るではないか。指の間に毛がモサモサと絡まる感覚。ふわふわで気持ちがいい。野良猫だから、もしかしたら触った手が臭くなるかもしれないなんて考えてしまったのはしばらく戯れてからだった。


案の定指は臭かった。


臭いまで作りこんでいるこの世界はいささかどうなっているんだろう。すごい技術力だ。


そんなこんなで時間がだいぶ過ぎてしまって、そういえば今日会う約束してたんだっけと思い時間を確認すれば、13時頃だった。全く探そうともしてなくてごめんよと思いながらも、まぁカイトだからいいかという安心感もあった。


するとカイトからメッセージが届いてたようだ。


フレンドコードを交換すればフレ同士で現在位置がわかることを事前に調べていたので、交換の旨を伝える。


だからこの道を辿ればカイトに会えるんだろうって思った。思ったけど釣りをしていたようだった。


なんて声をかけようかな。


第一声はどんな形にしよう。


やっぱり印象は大事だろう。


ぐるぐると頭の中を色んな言葉がわちゃわちゃする。逆にどんな言葉をかけていいのか分からなくなる。


だって今までの連絡も、どこのラーメン屋がおいしいのかとか、新作のゲームの一部の仕様が受け入れられないとか、そんな他愛のない話しを時間を置いて話していた。


それが目の前でレスポンスを早くつけなきゃいけない。その速度感に慣れない。穏やかな時の中でゆったりとした微睡みのようなレスポンスをしていたから。自分の声が喉にへばりついてお腹の中に縮こまってしまった。


でも


「釣りに興味あるのでしたら、あちらの方が詳しいですよ。一期一会の何かの縁、なんならフレンド交換します?」


なんて君は言い出した。


まるで自分が誰か分かっていない、わかっていないのだろう、その距離感が、ほんの少しだけ私の心を軽くしてくれた。


私?


自分もなんだかんだ変になっているようだった。


すると突然、ピコッという弟が鳴り、


25XX/3/12/13:14

カイト:ごめんちゃい(´>∀<`)ゝ


なんで吹き出しがでてくる。


たぶん、この友人の前では気軽な関係のままでいられそうだ。なんだか色々考え込んでた自分がアホらしくなってきた、


「両手出して?」


言われるがままに手を出したら


ザリガニ。


「どうしてそういうことするの!?」


前言撤回。馬鹿だ。こいつはとんでもない馬鹿だ。何も考えなんかいない。たぶん、自分のことも相手のことも。


でも、だから自分が馬鹿なことをしても受け入れてくれそうだ。


「ねぇ、待った?」


すると君は真剣そうな顔つきに。


「久しぶり。」


私はそう呟いた。

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