7歩目
「バタバタしたクエストだったね。なんだか自分の言葉を取り消したい。気分転換にちょっと甘いものでも食べに行かない?」
膝を抱え、傘を肩かけ、少し伏し目がちに見遣るアヤメ。目線の先には軒下で野良猫とじゃれているらしき人影。水吸って気持ち悪いね〜とか言ってる。
個人的にはさっきの今で猫に気味の悪さを感じているのでよく触りにいけるなと感心している。
しとしとと雨降る五月雨街にも甘味処がある。温かさを感じさせるオレンジライトで照らされて、落ち着いたJAZZみたいな音楽と共にカフェが陳列されている。
人によってお気に入りのカフェがあるらしく、ブログなどでおすすめカフェ32選とかある。もっと絞れとも思わないが。
TGOがリリースして話題になったことだが、五月雨は現代の6月のことを言うらしい。本当なら6月の街の雰囲気は今のこの街みたいになるはずだったのだが、字面で判断してしまったらしく開発が間違えてしまったと公言している。
リリースしてから気づいたことで既に街のデザイン案も何度か打ち合わせして決めたらしく、今から作り直すのはってなったらしい。
もしかすると街路樹の奥、謎を解き明かした先には本当の五月の街になるのかもしれないし、その向こうにしかないカフェなんかもあるかもしれない。
謎の猫イベントをスレに投稿した途端、実は訳知り顔でこういう店があるというリークが増えた。もしかすると自分だけが知る隠れ名店に憧れたプレイヤー間で秘匿していたのかもしれない。
そうなると迷惑だった可能性もある訳だが、スレ版は好印象なので相方には黙っておこう。
「聞いてる?甘いもの好きじゃない?」
好きです。だから機嫌損ねた感じのずるい顔はやめてください。悪かったってばー。
店はアヤメに任せて、その後ろ姿を追うことにする。左右に揺れる桜色の長髪が目に留まる。それにしても流れてしまったように思うが、アヤメの性別はどちらなのだろう。
どちらかと言うと中性的であるし、特に目立った性を感じるポイントがある訳では無い気がする。
でもいつの間に着替えたのか、紺色ニットベストに白長袖をくぐらせ、カジュアルなショートパンツを履いて生足が出ているのは少し女性的である。
昨日はスカートを履いていた気がするが、今日はもう冒険はやめにしたのだろうか。どちらにせよ生足が良いと思うのは俺の性癖かもしれないので置いておくことにする。
1人で買い物でもしていたのだろうか。今日会うことを見越して?……なんだか服選びにひと悶着面白い様子がありそうで、見れなかったことが残念です。
「今度買い物一緒に行こうな」
キョドったように振り返らないの。邪推してしまうよ?まだ何の買い物かも言ってないのだから。
……花火のようにパッと笑顔が咲くのは見ていて気持ちがいい。だが分からない。分からないのだ。聞いていいことなのか分からないのだ。聞いてしまったら、楽しそうな雰囲気が壊れてしまうんじゃないかって。
MMOでリアルの話が禁止なんてのはよくある話。別段OKだよってところもあるけど、暗くなる話、責任が持てない話、様々。そういう話は疲れてしまうからNGというのが禁止の一端なのだと思う。
今回はそういう雰囲気をひしひしと感じてしまう。もう少し地雷をふむ覚悟で会話した方がいいのか、これぐらいの当たり障りない距離感がいいのか。
……わざわざ楽しみを共有するために甘いものなんて2人で食べに行かないか?でもこいつ、何も考えず食べに行こうと提案している節がある。
話すなら相手から。
……だと思うんだけどなぁ。
「着いたよ。ここ段差あるから気をつけてね。中階段あるからもう少し。」
初めて入る場所だと思うのだけれど、よく内装まで頭に入っているなと感心する。
3階にあがり、少しギシギシと鳴る外開きのドアを開く。
店内は暖色系の光ではなく、普通の白色ライトの明かりである。店の外からは暖色系だったため、景観保持のために光を統一しているのかもしれない。
案内され、水の注がれたコップに影ができる。木製の机に刻まれたシワがいい味を出している。座る椅子はふかふかだ。どれもこれもアンティーク調である。
「ここの苺のスムージーがおすすめでね?なんとスムージーの下に回転台座があって回るみたいなんだよ。」
話の主題が食い物より台座目当てみたいになってますよ。
「ブルーベリーのスムージーもあるのか。」
「私は苺にする。」
というわけで注文した。
注文してからすぐに出るかと思いきや、少し待つみたいだった。リアルに準拠しているからと言って待ち時間も再現しているとは思わなかった。
と、思っていたのは自分だけみたいで、アヤメはそういう店を選んだようだった。
沈黙は会話を催促させるような時があるけれど、今回はそんな時だった。
ゆっくりと水を口に含むと、アヤメが話し始めた。
「……あのさ、てっきり昨日っきりの出会いになるんじゃないかもって思っちゃてさ。」
顔は俯いている。
「性別が女の子になったのは心配してくれるかもって期待しちゃってさ。でも全然そんな素振り見せてくれなかったよね。」
俯いたまま少し言葉尻が笑っている。
「PKには驚いちゃったけど、勘違いされたのは嬉しかったかな。ちょっと勇気出してカイトのこと止めてみたけど……でもなんにも聞いてくれなかったね。」
「……なにを?」
「そうだね。……女の子でいていいかな?」
なりたければ泣きそうな顔をやめればいい。
無理しなければいい。でもこれは、リアルに触れる話なのだろう。
「今の服、どうかな?……ちょっとお金使って模索したのは内緒なんだけど、気合い入れたってことじゃないよ?ただ短ズボンで履きやすさを求めたわけじゃないけど勇気はまだ出るっていうか……ニットベストが良い?うんちょっとニットのカーディガンもいいなって迷って……でもそうなるとスカートの方が合いそうだから勇気がね……女性だと着れる服の種類増えてなんだか楽しいっていうか、うん、楽しいんだ。すごく。昨日からずっとああでもないこうでもないってカタログ眺めちゃてさ。」
そう言ってはにかんだ笑みを浮かべる。
「でも女装するだけじゃなくてさ、ありのままを受け入れてくれることを期待してたんだ。今日だけじゃなくて、明日も。次の日も。その先も。でも2日で話するあたり限界だったのかもしれない。」
なんて自嘲気味に笑う。
「……現実はさ、上手くいかなくて、化粧とか上手くいかなくて、化け物みたいになって、吐いちゃったな。肩幅や足の骨格は男性的で、あぁ、これは変えることが出来ない、後天的には変えることが出来ないんだって。」
うん。
「でもこの世界ならなれるんだって。理想に近づけるんだって。現実が男でもいいやって思えて。……でも本当は誰かに認めて貰いたかっただけなのかもって。昨日今日過ごして思ったんだ。だってそうじゃなきゃカイトに会わなくていいはずだもん。」
うん。
「ありがとね。なんか女装コンテストした時から女の子願望みたいなのできちゃって。女装させられてる時に褒められるとその気になっちゃって、物語のヒロインに憧れみたいなの持っちゃって。」
うん?
「だから無理して合わせなくていいから。」
「無理、してないぞ?だからヒロイン願望ってやつも叶えればいいじゃん。それにネカマはゲームの醍醐味でもあるだろ?別にロールプレイじゃなくて、ロールプレイって思わせてればいいだけじゃねぇの?」
よくわかってない顔をしている。
「だからやりたいシチュがあるなら付き合うよって言ってんの。アヤメがやりたいようにするのが一番俺も楽しめるって言ってんの。付き合うギリ?そんなの考えたこともないね。」
めんどくさいことは犬畜生に食わせてればいい。それより美味しいものだ。美味しいものは俺が食う。スムージーがきたようだ。本当に回ってる。エレクトリカルパレードみたいに俺の心を表している。台座のスイッチを切ると止まるようだ。俺は何か別のものも止めてしまった気がするが気のせいだろう。
アヤメの顔がグニャグニャに歪んでるって表現が正しいような、泣きそうで笑いそうみたいなヘンテコな具合になってる。なんなのこの人はって顔だ。たぶん。
「美味いぞ、店選び、ありがとう。」
まだヘンテコな顔で停止している。
なんでぃ(´・ω・`)
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